Phase3 血まみれの少女
一体自分がどのくらい歩いたのかわからない。
途中でやっぱり野宿をすることも考えたがいつコケのようなものや、それ以外の何か危険なものに遭遇してしまうのではないかと恐ろしくてたまに休憩を入れつつ、歩き続けるしかなかった。
歩いていて段々心が麻痺して来た頃、建物 のようなものが見えた。この世界に来てしまってから初めて見る人工的なものに 興奮を隠せない。
しかし、建物のようなものに近づくにつれて、何かがおかしいことに気がついた。
あたりは真夜中、月明かりしかない状況下で嫌に建物が赤茶色に見える。ドアも赤く、腐った血の色をしている。
「うわ」
中では恐らく四十歳くらいの男と女が倒れていた。
顔はよく見えないが、どちらとも背中から血を大量に流して、着ている服を汚している。
その中心で人形のように無表情な少女がこちらを見ていた。初めて見る血まみれの惨状に、胃の中からせりあがってくる吐き気に耐えきれなくなりそうだ。
それでも体はこの場から離れるために動こうとするが、足がすくんでしまって動けない。
「お前はなんだ、なんなんだよ。意味がわからない」
少女は立ち上がって気だるげに言った。
「依頼」
「依頼?人を殺すのがか?」
「こいつらは人じゃない。見てわからない?」
この子の話し方はゆっくりだし、最低限の事しか言ってくれないから少し話しにくいが、普通の日本語のように聞こえる。一応話は通じるみたいだでよかった。
しかし人じゃないってどういう事だろうか。どちらも人間に見える。
そう思っていると少女は男の顔をこちらに向けた。
顔の皮がない。のっぺりとしたなにかがそこにいて、今度こそ耐えきれなく吐いてしまった。
「そいつは人間に成り代わる魔物。討伐しに来た」
吐いている俺を無視できなくなったのか血まみれな手で背中をさすってくれたが、血がグロテスクで余計に吐いてしまった。
汚物と血で建物内部はかなり酷いことになってしまったが、やっと吐き気が落ち着いてきたので気になっていたことを聞くことにした。
「お前は魔物を狩っただけなのか?」
「あんまりにも暴れるから血が飛び散っちゃったけど」
少女は溜息をつきながらそう言ったが、真顔で言われても反応に困る。
声も小さくて聞きとりにくいが、聞いていて心地よい感じがする。
「ここにいてもあれだし、外に出ないか?」
頷いたので了承したってことだろう。
建物の外、心なしか血なまぐさい匂いがする。
少女の外見は、俗に言う美少女である。銀髪で白く絹のように透き通った肌をしているが唇は紅く、所作に気品が出ているように感じられる。
初めて見たときは無表情で淡白な感じに見えたが、完全に無表情というわけではなく、頬の形の変化など細かいところで表情が動いていることがわかる。
「私はレミア、ただのレミア。冒険者ギルドに所属している」
種族は吸血鬼らしい。人間以外の種族も存在しているみたいだが、正直人間と何ら区別がつかない。強いて言うなら人間にしては人形のように均整が取れすぎていることくらいか。
「俺はカナメでいい。ここがどこかわかるか?」
「カヌザーヤ国の外れ、メイキンからそれなりに離れているところ」
こちらが聞いたことにはちゃんと答えてくれる。
全く聞いたことがない地名だが、国らしいし人間もいるだろう。
「俺はこっちの方向から来たのだが、何かあるのか?」
「その姿で肉の迷宮の近くにいるなんて自殺志願者?」
「死にたくなんて無いけど、そもそも肉の迷宮って?」
「それなりに危険な迷宮」
端的すぎてよく意味を解釈できないが危険らしい。もう少し説明して欲しかったので他の角度から聞いてみると、国の管理していない迷宮の一つらしく、気持ち悪いところらしい。
「危険そうなのはコケっぽいやつにしか会わなかったぞ?」
「あなたの言うコケっぽいものはスライム、危険度はそれなり」
俺のスライムのイメージと違ったが、亜種らしい。ちゃんと普通のスライムもいるようだ。
他にも色々と話を聞いてみるととんでもないとこにいたなあなんて他人事のように思ってしまった。
「あなたはこれからメイキンに戻るの?」
俺を見上げながら上目遣いで言われた。身長差があるとどうしても見上げる形になるだろうししょうがないのだが少しクラっとくる。
迷ったが、自分の境遇を話すことにした。
「メイキンって言う街はよくわからないし、多分異世界ってやつから来たみたいだ」
「地球ってやつ? おとぎもいいところね」
信じてもらえないのも無理もない。手持ちのもので説得できそうなものがないかバックを見ると、時計があったので見せてみた。デジタル式だしこっちにはないだろう。
レミアはしばらく俺の時計を回したり、力を入れたり色々なことをしていたが、納得してくれたようだ。
「おとぎ話ってことは一応地球から来た人もいたの?」
「古いけど多少記録は残っている」
やはりこの世界にきている同郷の士はいたみたいだ。まだ生きているなら会いたかったが、レミアの口ぶりからするにもう亡くなられているのだろう。
しばらく話していて、この世界のことをもっと知らないとやばいことに気がついた。
「俺には常識がない。なにもわからない。メイキンってとこにつくまで多少でいいから常識とかそういうことを教えてくれないか?」
レミアに代価はなんでも払うから色々なことを教えてほしい。頭を下げてお願いをした。
「条件がある」
レミアは俺の目をまっすぐ見て言った。
「血をちょうだい」
えらく物騒なことを言われたが、レミアは吸血鬼。血をあげるだけで色々と教えてもらえるのなら安いものだろう。
「わかった。じゃあメイキンってとこに向かおうか」
そう言って歩き出そうとしたが腕を掴まれた。
「待って、私がカナメを持って飛んでいったほうが早い」
飛べるらしい。人生で初めて女の子の手を握ったが、感動に浸る間もなく急上昇、急加速されて不覚にも気を失ってしまった。