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Phase1 転移

 泥に飲み込まれていた嫌な感覚が自分から離れない。

 自分の中に自分以外の誰かがいるような、体を陵辱されたような感覚に吐いてしまった。しばらくすると吐き気がおさまってくれたので、現状を確認することにした。

 俺は確かにさっきまで、合格発表を見に行っていたはずだ。しかし今、何でこんな建物一つない草原にいるかわからない。少し整理してみよう。



 俺は友人の伊藤と本命の大学の合格発表を見に行っていた。伊藤は三年間クラスが同じで、よく一緒に遊び、勉強していた友人だ。いつもは学ランの第一ボタンなんてしめないのに、俺も伊藤も今日はしっかりとしめていた。


 駅の改札を抜けるとあたりは合格発表を見に行く受験生で溢れかえっていた。自信があるような顔つきをしているやつか不安そうな顔をしているやつ、この二通りが大半を占めていた。



「どうせお前は受かっているだろ?」


 一緒に勉強していたからわかった。伊藤はいつも飲み込みが早くて、物事をそつなくこなすし、才能にあふれているというやつだろう。伊藤に勝ったことがあるのはゲームとかそういう将来役に立たないものばかりで、模試とか、勉強に関することで勝った試しはあまりない。


「まあ見てみるまで分からないし」


 そう言いつつやはり伊藤は受かる自信があるような顔つきをしていた。こいつが失敗したところなんて数えるくらいにしかないと思う。

 自分が受かっているか落ちているかわからない不安が襲いかかってきて耐え切れなくなり会話をする余裕がなくなってきた。

 しばらく無言が続いたが、大学に着き、周りは喜んでいる人や泣いている人がいっぱいいて無言でも気にならなかった。自分の番号があるか不安でたまらなくて重圧に押しつぶされそうな気分だ。

 予定では掲示の十分前には着いて発表を待つつもりだったが、予定時間よりも早く掲示が掲げられたらしく、俺は左から、伊藤は右から自分の番号を探した。


「ない、やはり俺は伊藤にはかなわないのか。 いや、俺は番号を読み違えているのか?」


 俺は掲示と自分の番号を見比べながら思わず呟いてしまった。そして一番上の位が違うことに気づいた。掲示の逆側の方に自分の番号があるみたいだ。

 まだ自分が落ちていることは確定していないことに安心したが、結果を早く知りたい気持ちのせいで心臓が破裂しそうだ。


「まだだ、まだ落ちたわけじゃない。」


 声になっていたかわからないが、思わずそう言ってしまった。周りの人が何事かと変な目で見てくるが、そんなこと気にしている場合じゃない。俺は高校みたいに伊藤と一緒に大学生活を送りたいのだ。



 急いで伊藤の居る側の掲示に向かうが、人が多くてなかなか進めない。視界に勝手に入ってくる自分の番号を見つけた奴らが憎たらしい。受かっているのか落ちているのか早く知りたい。


 途中、伊藤を見つけたが何か様子がおかしかった。だけどそんなことを気にしている場合じゃない。


「あった。」 


 自分の番号があった。本当に自分の番号なのか何回も確認して本当に受かっていることを確信し、全身から汗が出てきた。伊藤はまだ掲示の前にいるようなので伊藤のところに向かい、合格の喜びを分かち合う事にした。


「伊藤、お前と一緒に大学生活送れるぞ」


 しかし返事はなかった。


「伊藤?」


「悪いな、要と一緒じゃないみたいだ。」


 伊藤の言葉の意味がわからなかった。伊藤は俺よりも頭がいいはずだし、俺が受かっていて伊藤が受からないわけがない。わけがわからなくて混乱した。


「いつもそうだよな、肝心なとこで要に負けるのか俺は」


 それはゲームの話であって、勉強の実力は伊藤のほうが上だ。頭が真っ白になってきた。そこからはどうやって駅についたか覚えていない。ただ、非常に気まずい沈黙が場を支配していた。


「じゃあな」


 駅の改札で伊藤にそう言われ、返事をしようとしたが言葉が声にならず、そのまま俺は階段を登った。俺は受かっていて喜ぶべきなのにもやもやとした感情が心の底からはい出てきて、自分が何を考えているかわからなくなった。



 俺は確かに階段を登っていたはずだ。それなのに足が階段に埋まっている。意味がわからないので足をあげようとするが離してくれない。段々と階段が泥のように溶けてきて、体が中に取りこまれていく。


「おい、冗談だろ」


 そんな言葉を言ったと思う。けどそうつぶやいた時には足が、胴が、腕が、頭が、すべて飲み込まれてしまった後だった。俺は泥の中でも半狂乱になって暴れたが、泥は俺を逃さず、下に、下に引きずり込まれていく感覚だけがした。


n回目の改稿

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