#にのいち
……どうしてこうなった。
いつも打ち合わせに使っている出版社近くの定番カフェ。
カフェと看板を出しているにも関わらず、人気メニューは緑茶。
そしてあたしは困惑していた。
「お待たせしました。早速ですが、次作の話をしても?」
颯爽とやってきて向かいの席に座る、このお兄さんはどなたでしょうか。
「……あの、打ち合わせの相手は、藤埜サンだったはずでは……?」
そう。電話で日時を指定してきたのは、忘れたいのに忘れられないとあるオシゴトでお世話になった編集さんだ。
ゾンビかと見紛う不健康そうな華奢な青年だったと記憶している。
だが実際現れたのは、いかにも「スポーツはテニスを嗜む程度ですが週一でジムに通って健康管理しています」と言い出しそうなお兄さんだ。
パリッとスーツが仕事のできる男オーラを醸している。
「はい。私です。お電話でもそうお話したかと思いますが」
ニコニコとお兄さんは頷いた。
脳内の、生ける屍の顔を探り出す。如何せん、ヘンタイイケメン大作家先生の衝撃が大きくて、影が薄い。
あのゾンビから、餌のいらないクマ二匹を引いて、顔色を修正して、落ち窪んだ眼窩を正常に直して、充血した目に目薬、こけた頬をふっくら、無精ひげをマイナス、髪を美容師にお任せで。
…………。
「人間って生き物の可能性を再認識しました」
アレから二ヶ月。ひょっとしてコレが常態なのか。アレが非常時か。
……編集さんって、文字通り身を削ってるんだな。
「は?」
「いいえ。私は藤埜サンの味方です。(例え藤埜サンがあたしの味方じゃなくても)」
「なにかありましたか?」
心配そうな顔されちゃったよ。アナタの寿命のほうが心配だよ。
「いえ、これから何かあるような……」
予感と言うか、悪寒と言うか。
「なるほど。では、仕事の話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
ほらほら、そのオシゴトがね?
「そのことなんですが、一身上の都合によりこのオシゴトを続けるわけには……」
「契約書にちゃんと書いてありますよね?」
にこやかに、しかし『逃げんじゃねぇ』と心の声付きで、藤埜サンは仰った。ほら、やっぱりあたしの味方じゃないよ。
「……で、お仕事のお話をオネガイします」




