そしてこうなった。
結局表紙は、いくらなんでもと編集ストップで、大作家先生指定の主人公(ネガver.)と最終的に一皮向けた主人公(ポジver.)が背中合わせの構図で決定した。
絵柄も普段の少女漫画チックなものじゃなく多少デフォルメしたものにして、でもデッサンは大作家先生の強い要望により現実の頭身に近く、しかし生々しくない程度には現実離れさせた。
大作家先生の注文と、編集の意向と、ギリギリのすり合わせで出来上がったイラストは、萌え絵という曖昧なカテゴリの隅っこにギリギリ引っかかるかも知れない程度の仕上がりだった。
ちゃんとした契約も後回しに、自分史上最速で、表紙とカラー口絵、本文挿絵数点と宣伝用のカット数枚を描きあげると、流石の大作家先生もご納得のご様子で微笑んで居られた。無駄に逝け面。徹夜明けにその笑顔は逝けってことだろ。
うっかりワタクシが提案してしまった歯並び矯正器具のアイデアは大作家先生の意欲を刺激したらしく、第一稿の後、更に手直しが入ったとか。やばい方向に背中押してしまった気がしてならない。関係者の方々に土下座したい。
ともあれ、無事(?)発売日に店頭に本が並んだ。作家を除く関係者全員が死力を尽くした結果だ。出版業界ってツクヅク恐ろしいところだ。
藤埜サンの体重が最終的にどれだけ削られたのか、知りたくない。人間って意外とシブトイ生き物だと実証された。
取り合えず、あたしは二度とあのイケメン大作家先生とは関わりたくない。
ド変態であることを差し引いてもお釣りがきそうな美形であることは認める。が、膝下スカートと眼鏡のこだわりはそこそこ市民権を得るかもしれないが、矯正器具萌えってどんだけコアなんだ。他にどんなマニアックな趣味隠し持ってるのか妄想の余地ありまくりだ。
ああいうものは寄らず触らず関わらず遠くから眺めるに限る。
そうして、ろくに契約も確認せずにこのお仕事を終え、今まで「カット数点纏めていくら」が主だったあたしは、今日振り込まれた報酬にビビッているわけデス。
これはあぶく銭だよ、悪銭身につかずだよ、こんな非常識なオシゴト今後無いし。
あ、結局あの大作家先生のお名前なんだっけ。
偽装ペンネームが高尾紅葉だってことは出来上がった本貰ったから知ってるけどね。
さて。
……夕飯、久々に、お肉とか、贅沢できるかな? お肉、大特価じゃなくても良いかな? 一段高い棚の和牛買っちゃって良いかな?
清水の舞台から飛び降りるつもりで、国産牛(でも切り落とし)を買って帰ると、留守電がピコピコ光っていた。
メッセージを再生させる。
「こんにちわ。藤埜です。先日はありがとうございました。例の本が好評で増刷が決まりました。次回もよろしくお願いいたします。まずはご連絡まで」
つー、つー、つー、……。
あれ?
次回?