#ろく
大作家先生は、ヒジョウにゲイジュツにゾウケイがフカくあらせられました。
「違います。スカート丈がなんでそんなに短いんですか。これはセーラー服なんですよ」
制服デザインの全身ラフを指差して一言。
「え、でもこれでも膝上5cm程度ですけど」
今どきの制服、一般的なスカート丈はもうチョイ上目でも良いだろう。
「なぜ膝上なんです。太腿が見えてしまうでしょう。膝下10cmです」
どうしよう。イケメン大作家先生は、ひょっとして変態サンかもしれません。そういえばあの桜吹雪のカット、セーラー服のスカート丈長めだったような。いやアレは風に揺れるプリーツスカートがあんまり短いわけにも行かなかったからで、丈はこだわりポイントではなかった。そこを評価されたんなら、今まで首になった売れっ子萌え絵師皆さんになんと申し開きを。この大作家先生の萌えツボは世間一般から乖離しているようです皆さんは悪くないですよ絶対。
考えていることがバレたはずもないが、大作家先生はチラ、とラフ絵から目を上げた。
「いいですか? この物語は、抑圧された主人公の成長物語です。自己を確立しようと足掻く青春ストーリーです。主人公は、社会の中で孤独を感じています。それは誰しもが同じように感じていることではありますが、主人公は自分だけと思っている。その内面を、このスカート丈が示しているのです」
……………ええーとぉ。
ちら、と藤埜サンに助けを求めた。が、うんうんと感心して頷いている。駄目だ。味方がいない。
「心を隠す鎧がごときスカート丈。周囲を直視できない象徴の眼鏡。これは重要なポイントですよ」
確定? 確定だよねコレ? ザ・ヘンタイ!!
「……ではソックスは白で三つ折、黒革ローファー、髪はみつあみお下げですか」
むしろそこまで行くとギャグじゃないかと思う。
「あなた、読んでませんね? 今からでも読んでください。30分もあれば充分です。それからきちんと話しましょう」
ぎくり。
校正前の第一稿とやらが目の前に差し出される。
「……あの。30分で、これを読めと?」
自慢じゃないが、あたしは文字を読むのが苦手だ。文字があたしを嫌っている。
恐る恐る手に取ったそれは、紙の質量以上の重さを感じさせる。
「大した量じゃありません。直ぐです」
ヘンタイイケメンの威圧的な眼差しに促され、あたしは嫌々タイトルのみの一枚目を捲った。
気を利かせた藤埜サンがコーヒーを持ってきてくれて、大作家先生が一度席を外して戻ってきて、更にオネーサンが様子見に顔を出して引っ込んで、そして藤埜サンがどこからか軽食用にサンドウィッチを買ってきてくれて大作家先生と藤埜サンがそれらを平らげて、時計の長針が一回転半して、最後の一枚を読み終えた。
気が付いたらティッシュの箱が目の前に置いてある。取り合えず鼻をかんだ。泣いてない。泣いてないからね断じて。
鼻すっきりして、一言。すげぇ。
スイマセンっした大作家先生。イケメンだとか変態だとか二度と言いません。
成長物語? 青春ストーリー? そんな言葉で片付くのかコレが?
ページ一面の文字を見ると眠くなるあたしが、なんと最後まで読めた。読みきった。しかも全然苦痛でなくむしろ先へ先へと引っ張られた。
ラノベにありがちなファンタジー設定がこうも活かされるとは。非日常でしか叫べなかった主人公が現実で声を上げた瞬間は拍手喝さいしたくなったよ。
「はい。スカートは膝下10cm、了解しました。是非とも色は紺じゃなく黒にしたいと思います。スカーフは緑でリボン結びじゃなくタイ結びです。髪の毛はストレートロングを後ろで一つに結わえて前髪はパッツン、眼鏡は黒縁。ついでに作中にはないですが、前歯に矯正器具つけていいですか」
よろしい、と、大作家先生は頷いた。
…………相当キワなマニアを喜ばせそうだ。




