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兎にも角にも時間が押しているということで、大作家先生を待つ20分も惜しい。
主人公とその他数名、藤埜サンの曖昧な説明で大雑把に描きだす。
制服がセーラーという話なので、主人公の制服も数パターン描いた。男子は詰襟だそうな。何となく、昭和の香りが漂う。大作家先生って失礼ながらお年を召しておいでなのだろうか。そんな大御所が今風ラノベなんて大丈夫なのか?
「あ、そういえば、作家の先生って、どなたなんですか。私もお名前くらいは知っている方でしょうか」
「まだお伝えしていませんでしたか。失礼しました。呉羽隆生先生です」
……知らない。しょうがないじゃないか、あたしは普段純文学なんて…どころか文芸書全般読まないんだから。読むのは漫画おんりー。国語の教科書で読んだ名作があたしの読書暦の全てだ。
「知らないでしょう? そういう顔をしていますよ」
不意に頭上から涼やかな声が降ってきた。冷ややか、とも言える。首を捻って見上げると、場違いなイケメンがそこにいて、呆気に取られた。
「あ、先生。本日はご足労頂き申し訳ございません」
がたん、と起立し直角にお辞儀した藤埜サン。
「いいえ。構いませんよ。もともと私がいろいろお願いしたんですから」
柔らかく微笑んで、丁寧に応じるイケメン。
ありえねぇ。できすぎている。少女漫画なら確実に腹黒キャラだ。
なんだこの無駄に爽やかな超美形。その絶妙な眉と目と鼻のバランス、今度是非モデルになって欲しい。薄い唇は滑らかに皮肉を発するのに適していそうだ。今聞いた声も柔らかい美声で、キッツイ一言も美辞麗句の如く響くだろう。
カジュアルなセルフレームの眼鏡とすっきり短い髪型、いかにも爽やかですと描いてある薄青の綿シャツは襟と袖におしゃれな青ラインステッチ、袖から覗く銀色は恐らく某高級老舗時計ブランドで、仕立てのよさそうな黒いズボンはぴっちりプレスで余計なシワもなく、磨き上げられた革靴は光を反射する。
休日にちょっとそこまで散歩してました、なファッションながらも、どこにも隙が見当たらない。現実にこんな人いるのか。
「こちらがイラストレーターの方です。あの桜吹雪のカットの」
イラストレーターじゃないです漫画家です、と言いたい。が、恐ろしいことに気付いてしまった。
え。まさかこの若いイケメンが大作家先生なのですか。
名前今聞いたばかりなのに忘れたよ、カオのインパクトで。
「そうですか。はじめまして。今回は急な話を受けていただいてありがとうございます」
にこやかに微笑んで堂々と右手を差し出され、自分が座ったままだったことに遅ればせながら気付いた。
慌てて立ち上がって、頭を下げた。
「はじめまして」
日本人の挨拶はお辞儀だ。シェイクハンズなんてニアな距離感は無理。特にこの男相手は絶対無理。初対面ならなおさら。
大作家先生は、無視された手をさりげなく戻し、にこやかな顔をキープしたまま頷いた。
……この男、デキる。