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萌え絵師への道  作者: 昔昔亭或処@休眠中
さいごのおしごと
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#さいごの、なな



「先生。あの。確か前に、暖かい家庭は、傍で見る分には良いけど自分には関係ない、てなことを言ってなかったですか」


 確かにこの耳で聞いたぞ。


「言いましたね」


「それって、つまり、先生は結婚に夢も希望もないって意味ですよね?」


 そうだと言ってくれ。結婚とか家庭とか、先生サマがまさかそんな。


「いえ。むしろ理想があるから、書くために生きる自分には分不相応なものだと思っています」


 両親にとって良い息子ではありませんでしたし。


 自嘲する顔は、そりゃー鑑賞に値するもんだけどな! でもこの至近距離で見たくないよ危険物って張り紙で隠したいくらいだ。


「しかし、あなたなら大丈夫だと思ったんです」


 ちょ、どーゆー言い草だ!?


「大丈夫ってなに!? そんなんで指輪とか、変でしょ!?」


 ただのファッションリングじゃない、この指輪、体裁はエンゲージリングなんだ。そんなものを受け取れるはずが無い。ピンクサファイア何カラットあった、小粒のダイヤ散りばめたデザインで台はプラチナ、ホイホイ首にぶら下げられるか!?


「何度も言いますが逃がすつもりは無いので、そこは諦めてください」


 首に縄ってそう言う意味なのか!?!


「あたしはだから恋愛とか結婚とか夢も希望もあるんです」


 お父さんとお母さんみたいなイチャイチャはいくらなんでもだけど。でもちゃんと恋愛ってものに憧れが。


 先生サマが至近距離でまっすぐ眼を見るから、目を逸らしたりつぶったりしたら大変なことになりそうな気がする。


 蛇に睨まれた蛙の図だ。


 いやいやいやいや、待て違うその捕食関係の例えは今洒落にならない。


「そのうち可もなく不可もない見合い相手と結婚するか生涯独身かその程度だという、夢や希望?」


「うっわ、そんなこと覚えてないで下さいよ!」


 なんで嘘でも高学歴高収入高身長な結婚相手募集とか言わなかったんだあたし!


 ……その方がもっとヤバイのか。大作家先生サマは紛れも無く高学歴高収入高身長おまけにイケメン。


「あなたはどうやら男性恐怖症というか嫌悪症というか、異性を忌避する傾向があるようですが。『男の範疇除外』の私なら可も無く不可もないでしょう?」


「ちょ、まさかそれ気にしてたとか言わないで下さいよ、そんな車酔いで朦朧としてうっかりポロッと言っちゃったような」


「うっかりポロっと本音を言った、ですよね? 流石にここまで意識されないとなると、どうしてくれようかと思ったものですが」


 ……いくらなんでも具合の悪い女性に無体を働くわけにも行きませんし。


「って今すんげー不穏なことほざいた!!」


「私は今までにも何度か意思表示してきた。それをまるっきり無視してきたのがあなたでしょう」


「いや、そんなん知らないし!!」


 マジ知らん。意思表示ってなんだ、そんなの欠片も無かった!!


「ではハッキリ言いましょう。私はあなたが欲しいんです」


 …ぇ、…ぅええぇー……?


「………先生。この状況で、この体勢で、その台詞で、その言い方って、……なんかイロイロ間違ってます」


「……訂正。正直に言い過ぎました。あなたが好きなんです」


 ちょ、正直なのかよ!!!


 いくらなんでも唖然としていると、先生は身を起こして、ついでにあたしも引き起こしてくれて、普通に座った。


「……ちょっと待ってください。これでも緊張しているんです。立て直しますから」


 拳を額に当てて、苦悩している。


 ……あれ、ひょっとして今、逃げるチャンス?


 こそーっと10cmほど移動したら、手首をつかまれた。


「だから、逃がしません」


 今、目ぇ瞑ってたじゃんかどうして分かった!


「最初から説明します。聞いてください」


 意を決したように、先生サマが顔を上げた。


 うん。手握られてるから逃げないし。だからこの至近距離でなくても話はできるよ。日本人的なパーソナルスペースってもんはね、もーちょっと距離感をダイジにね。


「つまりは、一目惚れなんです」


「先生。辞書貸して下さい」


「『一目惚れ』とは。一度見ただけで、ほれること。ちょっと見ただけで好きになること。…という意味です」


 …………先生の言ってる一目惚れって一般的な一目惚れか。他にトンでもない意味が隠されてたりしないのか。


「最初に、原稿を読んで物語の世界に入り込んで、主人公と一緒に泣いて笑う、あなたのその素直な感情に好感を持ちました。その後、キャラクターを非常に的確に捉えていることにも感心して、文章以上の説得力あるイラストを見たときに完全に落ちたんです」


 やっぱり矯正器具が敗因……。


「ええと。つまりそれは、イラストに惚れたってことですよね? 絵、ですよね?」


「イラストも当然ですが、先に読者としてのあなたがある。……あの時、ただ素直に物語を受け入れてくれていると感じたんです」


 ……。


 そういや、あの時先生は捻くれてたんだっけ。砂漠で一杯の水の恩ってやつだろうか。


「その上、創作意欲を刺激してくれる絵を描ける。こんな人が一番に私の書くものを読んでくれて、いつでも絵を描いてくれたら良いのに、と思いました」


「先生。やっぱりそれを一目惚れっていうのはおかしいです。だって異性として惚れてるわけじゃないし」


 うん。恋愛要素はどこにも無い。


「私は、書くことが生きることだと言ったでしょう。つまりは、一生を共にしたい。そう思ったんです」


 先生。一生を誓うその前にいろいろ段階があるはずですよ。


「これがもし男性だったなら如何ともし難いですが、幸い年齢的にもちょうどいい女性だったので、もう結婚するしかないかと」


「飛躍っぷりが超絶技巧だな!!」


 どうしよう。最初の印象は間違ってない。大作家先生サマは変だよ。変態だよ。


「後は、どうやって外堀を埋めるか」


「先生そう言うときは普通先ず相手の意向を確認するんです!!」


 何なんだ大作家先生サマ、いろいろメンドクサクなってきた、ちょっとマジ黙って欲しい。


「あなたの担当の、…緒峯、と言いましたか。彼女が、真っ向から挑むと必ず逃げられると断言したもので」


 オネーサぁあン!! 余計なことを、っつーかもしかしてその後の拉致とカンヅメの糸引いてたのはまさか!!


「しばらく一緒にいて警戒心を解いてから押しの一手で落とせ、と言われました」


「先生それ絶対オネーサンに騙されてる! っつかあたしも騙されてる! 諸悪の根源が判明した以上、先生はこんなところで油売ってないで巨悪に立ち向かうべきです!!」


 だからその手を離して! 目ぇ覚まして!! いつもの冷静なへ理屈屋はどこいったんだ!!


「色々協力してもらって、感謝していますよ」


「協力ってナニ!? 色々ってなに!」


「恋愛においてはあらゆる手段が正当化されるんです」


「そーゆー話なの!?」


「あれこれ言ったところで、目標ははっきりしている。私はあなたが欲しい。それだけだ」


 先生は捕まえたままだったあたしの手を、すっと持ち上げて。


 ……手の甲に、く、く、く、くち、口がくっ付いた!!



 いろいろ説教臭いこと言ってた先生サマにも弱点はある。


 ……先生の著作、真っ向ストレートに恋愛がテーマってのは無い。

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