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萌え絵師への道  作者: 昔昔亭或処@休眠中
さいごのおしごと
54/59

#さいごの、ご



 考えろって。


 なんで描くのかって。


 そんなの、描きたいからだ。


 だって気が付けば描いてるんだからしょうがないじゃないか。手元に筆記具が無くても、頭の中では見るもの全部が絵になってる。


 言葉を聞けば絵が浮かぶ。音楽を聴けば絵に変換される。


「…そんなの、わかんない。なんでかなんて知らない」


 先生が、正面から移動して隣に座った。真っ向から見られるよりも圧迫感が無くなって、だから、言葉がするりと出た。


「先生は何で書くんですか。書くために生きるって、じゃあ生きる目的はわかったけど、書く目的はなんなんですか。言葉って何かを伝える手段でしょう?」


 誰一人読まなくてもって、そんな覚悟、誰も受け取ってくれない言葉でもいいの。


「何で書くことなんです。他のなにかじゃ駄目なの? どうしてかって、そんなの口で言えるようなことなの? 説明できるんですか」


 ……もしかしたら先生サマなら説明できるのかもしれない。


「描かずにはいられないんだから、しょうがないじゃない」


 じっと両手を見た。もしこの手が、なんて考えたくも無い。筆を口で銜えて絵を描く画家もいたっけ。うん。この右手がもし怪我でもして動かなくなったら、左手でも、足でも口でも使う。


「……先生が、書くために生きるって言うなら、あたしは、……描いてないと息できない、みたいな」


 口にしたら、スコンと納得した。


 そうだ。呼吸するみたいに、受け取った刺激を絵にして吐き出す。泳ぎ続けなきゃ息できない魚みたいに、描けなかったら死ぬ、……とまでは言わないけど……いや、描かない自分を想像すらできない。


「そうですね」


 先生が、よく出来ましたとでも言うように頭を撫でたからびくっとした。え。なにこの距離。いつの間に。


「あなたはいつだってスケッチブックを手放さない。いつだって何かを描いてる。何故描くのか。簡単だ。描かずにいられないから」


 あのジムのトレーナーと同じですね、と付け加えられて、愕然とした。


 いや、ちょ、それは! 同じにされたくない! 改めて思い出すと確かにあのトレーナーさんが言ってたことと一緒だけど、でも全然違う!! 違わないかもしれないけど、でも断じて違う!!


「その芯を見失わなければ、後は余計なことを殺ぎ落としていけばいいでしょう。例えば、なぜ少女漫画なのです」


 フェイントかよ!! 気を逸らしといて切り込むあたり先生取り調べの刑事サンですか!?


 もう虚勢とかどうでも良くなって、だから、素直に応えた。


「……ええと。好きな漫画があって。だから、あたしもあんなのが描きたいナー、と」


 うえ。口にするといかにも子供っぽい動機だ。単純な。


「いいんじゃないですか。最初はみんなそのようなものでしょう。ですが、あなたの適性は、多分少女漫画ではないですよ。少なくとも物語を構成する、という部分では致命的な気がしますが」


 ……ぐ。……もうちょっと容赦してください。


「……構成が駄目なら少女漫画に限らず漫画全般駄目じゃないですか」


「そうですね。しかし、適性だけで物事が決まるわけではない。適性が無くともやりたいことを選ぶ人も大勢居るでしょう」


 うん。


「ですが、商業誌では難しいでしょうね。仕事としては成り立たない」


 ……だよねー……。


「……でも。あの、あたしは高校生のときに、雑誌の新人賞に応募して、それで佳作に入って、オネーサンが担当についてくれて、ずっと漫画描いてて。美大に行ったのも漫画のためで、……漫画を描くってことしか考えてこなくて。だから、今更」


「今更、『大人になったら何になりたい?』を考えるのは無理だと?」


 ……先生サマはイチイチ全くグサグサと。


「そうじゃなくて。他の道があったって、あたしは、この道を選びたいんだってことです」


 だってまだこの道が無くなったわけじゃないんだから。細くて頼りなくてもまだ先があるんだから。


「ふむ。他の可能性は選びたくない。また一つ否定するものが見えてきた」


 ……先生と話してると、ぐちゃぐちゃに絡まってるいろんなことが、ばっさり断ち切られていくみたいだ。


 はっきり目標が見えていれば、結構間違わないものですよ。


 気軽に言ってた先生の声を思い出す。


 芯さえ見失わなければ。


 うん。


 あたしは、ただ絵を描くことが好きで、絵を描いていられれば良くて。でも、描かされるのは嫌なんだ。


 ……仕事をえり好みしてたのも、そこだ。自由度のあるカットなら請ける。でも原作付きは制約が多くていやで、マッチョは描きたくない。


 それが分かっちゃうと、仕事と口では言いながらも、結局好きなことを好きなようにやっていただけって分かる。


 先生が、甘ったれだと言うのも当然だ。


 あたしは、『仕事』なんてしてこなかったんだから。


「そこは、私も同じです。好きなことをやって、それが偶々仕事として成り立った。それだけの幸運な人間です。売文稼業と割り切っていたら、仕事を整理したりしない」


 ……ああ。そうですね。大作家先生サマはね。


「……自己否定、というのは」


 省みて考え込んでたら、先生が声音を和らげてポツリと言う。


「過ぎればただの馬鹿ですが、成長のためには必要なものでもあります。自分のここが嫌だと思う。だから直そうとする、より良い方へ努力しようとする。正しく自己否定ができれば、その人は成長するでしょう」


 歯並び矯正少女もコスプレ少女もボディビル少女も。先生の話の中で、みんな最後には笑顔だった。


「今回、いつもより低年齢の読者層であることを考慮して選んだテーマがそれでした。……しかし、二十代女性にも応用できるようですね」


 ムッカ。一瞬流石大作家先生サマと尊敬しかけたのに。最後に茶化すように付け加えられて、ポイントマイナス。


「あなたがあくまで少女漫画を選ぶのか、描くことなら別の手段もあるのか。後はじっくり考えればいい話です。ですが私としては、今後私の本の挿絵はあなたを指名したい。その余地だけは残しておいて欲しいと思います」


 ……うん。結論がどうなるにしても、描くことは大前提だし。


 先生の小説は、正直、面白いし。描かせてもらえるなら、それは光栄なことだ。 





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