#さいごの、よん
目の前のコーヒーが冷め切って、先生も顔を覆ったままで動かなくて。
「やり方を考えないと。帰納法か演繹法か……」
ブツブツと、なんか言ってる。
とりあえず。
「……先生が、アホってことはないと思いますけど」
思ったことを口にしてみた。
「分かってます。あたしが駄目ってこと。本当はもうずっと分かってた。でも認めたくなかったから考えないようにしていたんです」
湯気もないカップのコーヒーの水面を見る。ちょうどデザイン性の高いルームライトを映しこんで見える。
「ちょっと待ってください。駄目、とはこの場合何を指しているんですか」
先生が、顔を上げて身を乗り出す。
「だから、あたしがです」
ムカ。嫌なことをわざわざ言わせないで欲しい。
「それは違いますね。あなたが駄目なわけではない。あなたの何が駄目なのか。そこを突き詰める必要があります」
……ああもう。先生サマはイチイチ。
「だから! 漫画が駄目ってことです! 技術ばっかりあっても駄目なんです! 絵が描けるだけじゃ駄目!」
つい、怒鳴ってしまった。ずっと心のどこかで思っていて、でも否定し続けてきたことだ。
「皆がワクワクして面白くて感動できる話が描きたいって、思うだけで、全然駄目で、だから、……だから、ずっと、それだけは考えないようにして」
駄目じゃない、頑張って描き続ければ、自分が諦めなければ、そうすればいつかはって思い込もうとして。
先生がティッシュ取ってくれた。遠慮なく鼻をかんだ。……泣いてないから。涙なんか拭いてないから。
「あなたが否定するものが一つ分かりましたね」
微笑んで言うものだから、一気に頭に血が上った。
「なんでっ! 知りたいからって、そんな、あたしがどうだろうとっ」
「関係あります」
先生が更に身を乗り出すから、その分身を引いたらソファの背に当たってしまった。間にテーブルがあってよかった。…と思ったら先生サマがあろうことか立ち上がってテーブルに膝をついてまで身を乗り出してきた。いくら膝の高さのカフェテーブルとはいえ、乗りあがるのはお行儀が悪いよ!
「ほら。あなたは、こういう時、身を退く。押されればそれだけ引いてしまう」
付け込まれるだけです。
……とか言われても。
逃げ場を探して左右を窺ったら。
「逃がさない、と言ったはずです。首に縄をつけてでも逃がしません」
それ、今じゃないし。マッチョの時の話だし。
「考えるヒントは、今までに充分すぎるほどあった。だから、考えなさい。あなたが、あなた自身の結論を導き出すまで」
先生は、噛んで含めるように言って、あたしの上から退いてくれた。
「どうして、描くのか」