#さいごの、に
子供の頃から絵が好きだった。
つたないクレヨン画でも母親に見せれば喜んで褒めてくれた。褒められるのが嬉しくてどんどん描いた。
描けば、それなりには上達する。
周囲の大人は口々に褒めた。子供にしては上手い。小学生にしては上手。
そうやって、自分は絵が上手いんだと思い込んだ。
絵に自信があって、ただ漠然と、将来は絵描きになるのだと考えた。
中学では美術部に入った。そこでも、教師が教える基礎基本を直ぐにモノにして、どんどん上達した。
一年生にして、中学生の美術コンクールに入賞した。
鼻高々で、どんどん絵を描いた。描くことが好きで、描いて褒められることが好き。
3年になって、初めて壁にぶつかる。上手だけど、絵の技術は中学生レベルを超えているけれど、それだけ。コンクールでも、一番にはなれない。
描くことに疑問を持つ。
何で描くのか。何を描くのか。何のために描くのか。
一度疑問に思ったら、今度は、何も描けなくなる。
中学生の女の子の話。
書きかけの4作目。
「テーマ自体はありきたりでしょう。よくある話です。ここから、かつての何も考えずただ描くだけだった自分を否定していくわけですが」
先生が、読み終えたのを見計らって口を開く。
何を言っているのか、耳では聞こえているのに、よく分からない。
「どんな風に、叩きのめしていこうかと、思案中です」
……叩きのめ…。
「何を否定するか。どこまで否定できるか。そして、この主人公が最終的にどう結論を出すのか」
……なにを、先生、そんな淡々と言ってるの。
「……私は、それが知りたい」
…………。
悪魔を描けって言われたら、今の先生の顔を描く。
神様の絵を描けって言われても、多分、今の先生を描くだろう。
そうだ。
先生の書く話の中では、先生が、唯一絶対の創造主だ。
……だからって。
「だからって、何であたし!?!」
こんな、人を丸裸にするような真似、していいはずが無いじゃないか!
「言ったはずです。あなたは、私が負けを認めた人間だと。………一度負けたからといって、以降粛々と頭を垂れるとは限りませんよ」
爽やかエセ紳士スマイル、でも、目が、怖い。
「そしてこうも言ったはずだ。さっさと腹を括れ、相応の成果を出せ、とね」
穏やかに笑ってるだけのはずなのに。
「こんな覚悟も無い人間に自分が負けるなど許せない。……才能だけに胡坐をかいて、そこそこの成果で満足するような人間に用はありません」
先生が、畳み掛ける。
「私は、仕事として執筆活動をしている。金を稼ぐという意味なら、確かに作家活動を仕事と言っていい」
エセ紳士スマイルすら止めて。
「ですが、例え一銭も稼げなくても、例え誰一人読む人がいなくても、例えあれは物狂いだと後ろ指差されても、死ぬ瞬間まで、書くことを止めません。私は書くために生きているんです。それが私の覚悟だ」
それが神への誓いであるかのように真摯に。
「あなたに問います。……何故、描くのか」
最後だけ、まるで甘い睦言でもささやくかのように、問いを紡いだ。