#さんのじゅうなな
上手いこと自分を騙せれば、この状況、少女漫画なシチュエーションなんだろうな。
美形の作家。同居。婚約指輪。更に逆境もスパイスだろスキャンダル。
しかし現実はそう甘くないってことだ。
第一に、お互いがお互いを異性と見ていない。致命的だ。
この先どうあっても甘い展開は無い。ありえない。
現に今だって、大作家先生サマは容赦なくマッチョの絵をご所望だ。
うん。先生の書くものは、尊敬する。凄い。
けど人間としての大作家先生サマは、……なんつーか、人間として、やはりちょっとな。24時間7日間付き合うにはメンドクサイ人種だと思うな。
つまりは、先生の才能に惚れても、人間性には惚れられない。いっそ藤埜さんレベルで惚れ込んじゃえば、人間性なんかどうでもよくなるのかもしれない。
……やっぱりワンコ編集×美形ドS作……。
ゲイン、と脳天に衝撃が。
「…私もあなたの絵の才能は非常に評価しますよ。負けを認めたと言うのは本気です。が、その妄想に付き合う気はありません」
そりゃそうですよねー! あたしだってリアルに先生と藤埜さんがピーだったらちょっと引く。
「でも表向きフィアンセの頭、拳骨で殴るって酷くないですか」
「表向き婚約者でホモ妄想繰り広げるのは良いんですか?」
だからさ。克服したとはいえ、やっぱりマッチョは描いてても楽しくは無いわけですよ。現実逃避ですよ。
「……じゃあ、ココであたしの友人の実話をご披露いたしましょうか」
ギロリと先生が睨むもんだから、手は動かしてるよ。んで口も動かすよ。
お友達のBちゃんは、イワユル隠れ腐女子だ。
見た目は、全然オタっぽくない。おしゃれに気を使っていてスタイルもいい。そしてどっちかってーと肉食系だ。
そんなBちゃんが彼氏をゲトしました。
彼氏のCサンはちょっと地味目な草食系。しかしBちゃんの見る目は正しい。Bちゃんが少ーし見た目に手を加えるとあっという間に垢抜けた爽やかサンに変身した。
Bちゃんという素敵な彼女と、客観的にも平均以上の外見を手に入れ、Cサンは自分に自信が付きました。
すると仕事も上手くいきます。ますます自分に自信が付きます。もう良いこと尽くめ!
素敵な彼女は積極的であれこれリードしてくれます。エッチだって上手で色々してくれちゃいます。Cサンは何の苦労もなくいい気持ちにさせてもらえるわけです。
何でもかんでも男が仕切んなきゃヘタレとか文句言っちゃう他の女子とは違います。なんて素晴らしい彼女!
もうCサンはBちゃんの言いなりです。彼女の言うとおりにすれば間違いない!コレは最早崇拝!!
……そこまでCサンを手懐けたBちゃんは、オモムロニこう切り出します。
『……ホンットあなたって素直で従順で、理想の受だわ。ねえ、今度素敵な彼氏をゲットしてみない? 俺様でドSな鬼畜攻。きっとあなたの隠された才能が開花するわ。私、一皮向けたあなたも見てみたい』
(ココで先生サマがそんな馬鹿な男がいるんですかと突っ込んだけど、実話だ)
もちろん、Bちゃんには鬼畜攻の心当たりがあるのです。
しかーし、Cサンが途中で正気に帰って、断固拒否った。まあ当然だな。
Bちゃんは、それならもうアンタ用なしよ、とあっさり別れた。…Bちゃん的には当然だな。
……Cサンがその後どうなったのかは知りません。草食系女子に癒されてるといいなと思います。子ウサギちゃんゲットが上手く行かなければ二次元に逃げ込むのが次善かもしれません。オンナはこりごりだと男に走ったら、ソレはそれでBちゃんの思う壺。
「……とまあ、男女間には、さまざまな悲劇喜劇が起こりうるわけですよ」
「それが実話なら、Cが馬鹿すぎるのと、Bが酷すぎで恐ろしすぎます。時々女性が、男は女の気持ちが分かっていないと嘆きますが、女性だって男の内面を無視している」
「ですから男女間というものは、計り知れない溝があるのです。相互理解なんて幻想です。お互い想い合ってる男女でもそうなのに、ましてや偽りの婚約者の間で、たかがBL妄想ぐらい」
「百歩譲って脳内で止めるならまだしも、口に出すのは止めてください。地味にダメージです。おぞましくて悪夢にうなされそうです」
「薔薇の湯の出来事も糧となさる先生です。きっと男男間の壁も克服します」
「……あなた、そんなに私が嫌いですか」
「誰がそんなこと言ってるんですか。先生の作品は尊敬してます。先生の文才だけは尊重します。こんなドS変態逝け面とその場しのぎとはいえ婚約だなんてあたしの人生終わったとか、考えてませんから」
「……それは、イケメンってところだけは評価していただいているんでしょうか」
なに間抜けなこと言ってんだ大作家先生サマ。言葉は精確にって自分で言ったじゃん!
「漢字です。逝け、面、です! 見るものに不幸を呼ぶツラってことです!」
「…………この顔で色々苦労もしてきましたが、そう言う評価は初めてです」
うん? 先生サマ自分の顔別に好きじゃないよね? 何をショックうけてるんだ?
「万万が一の時には、責任を取ることもやぶさかでないと考えていたのですが……そこまで」
「なんの話ですか? とりあえずほとぼり冷めるまでは大人しくお仕事でしょう。ほら、できました」
小話を披露しているうちに、マッスルの絵が完成。トレーニングマシーンでフッハッの図。
うん。良い現実逃避だった。あ、Bちゃんの話はマジだから。そこンとこヨロシク!