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萌え絵師への道  作者: 昔昔亭或処@休眠中
さんさつめのおしごと
42/59

#さんのじゅうろく


「一先ず、様子見で」


 書斎から出てきた先生サマは、開口一番、気の抜けることを言った。


「ええー? あんだけ人脅しといて、様子見?」


 何なんだよ醜聞沙汰がどうとか言ってたのは。


「仕方ありません。今の時点で実際に何か記事になったわけでもなし、芸能人でもない一作家と一般人女性がどうなろうと記事にする価値は低そうです」


 そうか。悪い方にばっかり考えてたけど、大したことないのかもしれない。だといいな。


「が、万が一のために、一応形ばかりは取り繕っておきましょう」


 は。


 なにをどうとりつくろうの。


「ご両親に挨拶に行きます。連絡してもらえますか」


 へ。


 なにがどうしてそうなる?




 あたしのおかーさんという人は、なんというか、可愛い人だ。


 実家の居間で、大作家先生サマを前にあたふたとお茶とケーキなんか出して、まぁあそうなのー、それでなれ初めは? なんて嬉しそうに話してる。


 先生サマも爽やかな笑顔で嘘八百、いつから先生とあたしがお付き合いなんかしてるってゆーんですか。


 説明してもらったし納得もしたけどね。


 もし万が一記事になったときに一番ショックなのは両親だから、正式にちゃんと交際してると先に話しておく。それなら記事になっても何かの誤解と思ってもらえるってね。んで最悪の醜聞に仕立て上げられても、きちんとしたお付き合いですよと反論もできる。


 理屈はわかるよ。……でも、他でもないお母さんを騙してるんだし。お父さんまで騙すつもりだし。


「……んもう、いいでしょお母さん! そんなアレコレ聞かないでよ!」


 先生もそこまで愛想振りまかなくてもいいじゃんか。その顔充分有効利用してるよ。


 お母さんがお夕飯ご一緒に、とか言い出す前に、何とか先生引っ張って居間の外に出た。


 お父さんにまで遭遇させるのは嫌だ。お父さん前々から彼氏連れてきたら一発は覚悟しろって言ってる。むしろ手薬煉引いて待ち構えてるけど。


「一発ぐらい、甘んじて受けますよ。大事なお嬢さんでしょう」


「イヤイヤイヤイヤ先生そんな漢前発言今全く必要ありません」


「……必要でしょう?」


 ホラ、と指差されて、居間のドアの隙間から覗く母親と目が合った。


 キラッキラしてるし。ワックワクしてるし。


「もお、この娘ったら恥ずかしがらないでいいのに! キャ、お母さんが照れちゃうわ!」


 …………お父さん。このお母さんの暴走を止められるのはアナタだけです。


「おかーさん。とにかく、そんな訳で。あたししばらくは仕事でこっち来ないけど、元気だから」


「私が責任を持って、きちんと様子を見ます」


 先生余計なこと言わなくていいし!


「こんな人がいてくれたらもうお母さん心配しなくていいわー。ちょっとぼんやりな娘ですけど、よろしくお願いしますね」


 お母さん今アナタは愛娘を悪魔に売り渡しましたよ!!


「はい。こちらこそ。……自分は物書きの道を選んで親に勘当されましたから、……温かい家庭というのは良いですね。少し羨ましい」


 先生その鉄壁の猫胡散臭いことこの上ないから!!


「まあぁあ」


 ホラお母さんコロッと騙されてる!


「いつでも遊びに来てくださいね! 大歓迎よ! あ、今度はすき焼きでもしましょうか、一人じゃ中々家庭料理も食べられないでしょう? お庭でバーベキューなんていかが? 冬には鍋もいいわね! お酒はいける口かしら? お父さんの晩酌に付き合ってくれたら嬉しいわ」


「もーいいから! じゃ、お母さん、もう行くね! ほら、先生も!」


 無理やり先生をぐいぐい押して玄関までがまた長い…。


「あ、これ持っていきなさいな。お母さんのビーフシチュー。ちゃんと器に移してチンするのよ? これも。この前お料理教室で習ったの。梅シソのドレッシング。さっぱりしてなんにでも合うから。三食ちゃんと食べてね? 面倒だからってご飯抜いたりしちゃ…」


「はいはい分かった分かったありがとうじゃあまたねおかーさん!!」


 玄関を出てからもまた…。


「あ、待って待って、これ今日焼いたパウンドケーキなんだけど」


「もーいーから!! じゃあね!!」



 追いかけてくる声が無くなって、ホッと息をつくと、先生サマがくすくす笑ってるし。


「ああいうご家庭で、こう育つんですね。……お父様にも是非お会いしたかったのですが」


 どういう意味だよ!


「もう目的は済んだでしょう! いいじゃないですかあたしのお母さんがどんなでも! 何なんですか先生あんな愛想振りまいちゃって! お母さんがタイプなら、残念ですけどあの両親未だにラブラブですよ、娘のあたしが邪魔扱いされちゃうくらい」


「いえそれは。しかしお父様はさぞ色々苦労なさったのでは?」


 だからどういう意味さソレ。お父さんは未だに朝行って来ますのチュウしてるくらいだ。お母さん前にすると鼻の下伸び切ってる。 


「なるほど。夫婦のあるべき姿ですね。理想的な」


「もー子供が恥ずかしいほどのラブラブ夫婦です。未だに恋愛中です。年甲斐も無く」


 だからあんまり人に言いたくないんだ。恥ずかしい。


「そんな憎まれ口を。嫌いではないのでしょう? 素敵なご両親です」


 ……そりゃね。恥ずかしいけど、嫌いなわけじゃないし。


「あんな素直な方を騙すのは心苦しいですね。…羨ましいと思ったのは本心ですよ」


「……変な記事が出なければいいんです。ソレを祈っててください」



 ホントね。お母さん、先生のこと気に入っちゃってたんだから。これで実は…なんて、言える訳がない。


 お母さんガッカリさせるのが一番嫌だなぁ。




 とか思ってたら、帰りに寄り道でキラキラしいお店に連れて行かれた。


 店員さんが次々とお勧めをトレイに取って見せてくれる。ダメだ。まばゆさに眩暈が。


「先生が選んでくれたのが良いです」


 早々に戦線離脱した。セールストークとか催眠術だアレ。ドレもコレも素晴らしいお品物です。ハイ。うそっこのエンゲージリングなんて真剣に選ぶ気になれません。


 お金出すの先生だし。先生が自分の嘘にいくら出すのかの問題だ。


 ……嘘のために婚約指輪までいらないと思うけどね、っつーかそこまでやっちゃってむしろ先生、後からどうする気だろうな。


 よろよろと一歩下がって眺めていたら、先生はハートにカットされたピンクサファイアのリングをお選びになりました。ああそう。周りには小粒のダイヤ。そりゃあご立派な。あ、お値段は聞きたくありませんよ恐ろしい。


 ハイハイ、指のサイズは9号です、どういうわけかピッタリですか、お直しの必要がありませんですか。


 このデザインは結婚指輪もお揃いである。二つ重ねると違った趣に、ほー、へー。


 ええ? なんで結婚指輪? え? なんでソレまで? あ、セットでお安く。違う、いらないですから、むしろ不要ですから! ちょ、先生そこは頷いちゃいけないトコじゃ!


 ぅえ? 婚約指輪だって内側にイニシャルなんか入れたら返品できないじゃないか、やりすぎじゃね? 先生サマどこまでやるの?


「……私も、あのお母様には、非常に罪悪感を刺激されたということです」


 お店出てから、先生サマがボソッと仰った。


 ココまで準備しておけば、確かに万が一の時にもお母さんも安心だろう。



 うん。うちのおかーさん最強かもしんない。




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