#さんのじゅうさん
くっそう。
あのドS変態逝け面が、ぎゃふんと言うトコ見てみたい。
とはいえ。
……どーしたものか。
今までに判明している先生の弱点は、パパラッチとマッチョだ。
うん。どうしようもないね。
と、ゆーわけで。
他の弱点を探すことにします。
呉羽隆生観察日記。
初日。
朝。9時起床。起き抜けにコーヒーを一杯飲む。ブラック。かつてのスティックシュガー5本入りコーヒーは相当なダメージを与えていたんじゃないだろうか。二度と同じ手は使えないだろうけど。
その後、書斎でお仕事。覗いたらすっげー目で邪魔って言われた。ムカ。
そのまま3時間篭る。
昼。散歩がてら昼食。今日は和食な気分だったらしい。地鶏の照り焼き定食。
そのまま小一時間、公園や表通りを散策。美人さんの秋波は見事シャットアウトしたくせにティッシュ配りは3つも貰ってた。二つはあたしにくれた。……一つは自分用なのか。
帰ったら、先ずきっちりうがい手洗いして、また書斎にお篭り。
チラっと見えた感じ、先生は、アイデアを練っている段階ではほぼ脳内でのみアレコレ考えているらしい。書き始める前にざっとノートに大筋書き出して、後は原稿用紙だ。
……今どき、手書き。ポリシーなんだろうか。でも高級な万年筆とかは使ってない。普通のボールペン。
書斎に篭ってるときは、お茶もコーヒーも飲まない。書斎には飲食物持ち込まないらしい。
夕。仕事がおしてるみたいで、デリバリーのお惣菜屋さん。サラダ多め。一応栄養バランス考えてはいるのかな。でもその分量じゃ一日30品目には到底足りないけどな。せめて朝ごはん食べれば、もう少しバランス良くなりそうだけど。
ご飯の後お風呂、で、また書斎。明け方まで篭っていたみたいだ。付き合ってらんないからあたしは途中で寝た。
二日目。
朝、10時起床。先生、一日25時間制なんだろうか。起き抜けにコーヒー。ブラック。
そして書斎。
昼。ちゃんと12時に昼食。おしゃれなカフェ。でも食欲は無かったらしい。ターキーのバケットサンドは、半分以上あたしの胃の中に消えた。コーヒーはおかわりしてた。二杯目にはミルク入れた。
その後散歩。コースは決まってないみたいだ。昨日とは全然別方向。やっぱりティッシュ配りには引っかかっていた。
帰宅して、うがい手洗い、ごーとぅー書斎。何がそんなに引っかかってるのか、やっぱり筆は進んでないみたい。
夕。気分転換したいのか、外食。車でちょっと離れた海沿いの夜景が見えるおしゃれなレストラン。
しかし先生、こういうとこ良く知ってるなー。いわゆるデートスポット。
……別に、あたしに気を使ってこういうトコ連れて来るような人じゃないことは重々承知している。ってことは、自分が来たいトコに来てるんだろうな。
あたしはただのおまけ。だとすると、…先生一人のときにも来てたんだろうか。
……皆さんにどんな目で見られていたのか非常に気になるところだ。うん、人目を気にする人じゃないってことも嫌って程分かってるけどね。
そして湾岸線グルっとまわって帰ってきた。ドライブしたかったのか。車内でのBGMはテキトーなラジオ。音楽に拘りはないらしい。
そして帰宅。お風呂。書斎。そして多分明け方に就寝。
三日目
朝、11時起床。ブラックコーヒー。
今日はさっと部屋の掃除してからお昼。蕎麦屋。盛り蕎麦。常連さんにサービスって、サラダおまけしてくれた。オバちゃん、多分先生が野菜不足だと見抜いてる。
散歩は公園内をぐるぐる。でも帰り道にまたティッシュ二個ゲット。
帰宅してうがい手洗い。書斎。
夜、あたしが声かけるまで時間を忘れていたらしい。ご飯はデリバリーでピザ。イヨイヨオシゴトセッパツマッテル?
お風呂。昨日一昨日よりも長め。湯船で寝たまま溺れてんじゃないだろうかと心配になる頃出てきた。濡れた髪も乾かさずに、書斎。
……え? トイレ? もちろん何度か行ってるけど、流石にそこまでは記録しないさ。いくらなんでも。便秘気味だろ絶対、とか考えてないデス。
……三日間の観察結果。
何とも収穫のないレポートだ。レポートとか、こういうの昔から下手だったんだよね。何書いていいのかわからない。
……弱点、このままで見つかるんだろうか。
無理っぽい気がする。
書斎に篭られちゃどうしようもないし。ここはさっさとお仕事片付けてもらわないと。
………よし。
スケッチブック片手に、書斎に突撃だ。
「先生! 今回はナニに詰まってるんですか!」
ギロ、と睨まれたけど、ココで怯んでなるものか。
「書斎に篭ってても、解決しないです! 一宿一飯の恩、返させて貰おうじゃないですか!!」
一宿一飯どころじゃないけどね。恩っつーか強制だけどね。とにかく絵がイメージアップに役立つのなら、役立ててください。そして早く弱点を探らせてください。
スケッチブックを掲げて、睨みあう事暫し。
「…………子供、です」
やったぜ、先生が折れた!
「はいはい。男の子? 女の子? 何歳くらいですか。どんな感じで」
いそいそとスケッチブックを広げる。
オーダーは、素直な女の子。幼稚園くらい。転んで、泣くのを我慢。
おうおう。なんだかありがちな。先生そんなシーン考えてるんですか。
「やっぱりそう思いますか……」
ありがち、とは思ってたんですね。
「今どきの子は、むしろ警戒心強いんじゃないですか。物騒な事件もあるし、保護者も注意してるでしょうから。むしろ通りすがりに声かけられたら誘拐犯扱いとか」
言いながら、いかにも誘拐されちゃいそうな可愛い女の子を描いてみる。親がたくさん手をかけて健康に綺麗に大事にされてるような。
髪はちゃんと結ってて、清潔な服。成長を見越して少し大きめ。靴も汚れたり踵潰れてたりしない。
「……ちょっと違いますね。元気よく駆け回っていそうな」
じゃあ、キュロットスカート。髪はポニーテール。
「習い事は、スイミング。前歯が一本抜けて生え変わる時期……って感じ?」
自転車は補助輪付き。でも、そろそろ外したいかなー。って頃かな。
子供用自転車に乗ってる女の子を描く。すきっ歯で大口開けて笑ってる。
「……もう少し、ボーイッシュに」
んー、じゃあ、髪はショート。短パン。
膝小僧に絆創膏もサービスだ。
「お兄ちゃんがいるような? そしたら服もお下がりかな。見た目、男の子に間違われちゃうくらいでいいですか」
んでも、頬の辺りに女の子らしさも残してみた。触りたくなるほっぺだ。
「…………元気良く駆けてきて、見知らぬ大人にぶつかって転んだとしたら、どうします?」
この子が?
「うーん。その大人が直ぐにごめんねと謝って、立ち上がるのに手を貸せば、『大丈夫』って言うんじゃないですか?」
「不機嫌ににらまれたとしたら?」
「ぼけっと突っ立ってるのが悪いんだ!とか? 素直に、好意には好意を、悪意には悪意を返す感じで?」
ふむ、と先生が考え込む。
子供とぶつかって、睨んじゃうような大人か。
ふんふん、とそのシーンを描いてみた。
外だろうな。見通しの悪い角だろうか。それとも、建物から出てきたとこかな。よし、お店のドアから出てきたら、ドッカン。
軽い子供の方が転がっちゃって、ノーダメージでしかも睨んじゃうくらいだから大柄な男の人かな。でも子供が脅えるほどには柄が悪くない。子供慣れしてない独身男だな。そーすっと、服とか無頓着でくたびれてる。無精ひげかもしれない。
子供が転んでも黙って見下ろして、手もポケットに入れたまま。アオリの構図で子供目線の絵だなコレ。
勝手なイメージで描いてると、先生がじっとスケブ眺めてる。
「うーん。睨むってゆーか、どうしていいか分からなくて固まってる感じかな? 大柄で無愛想、勘違いされやすいタイプ?」
ちょっと目元に困惑を足してみた。どーだ。
「……だから、なんでそう……」
「あ、スイマセン。ご注文は子供のほうですよね」
同じシーンを、今度は大人目線で描く。しりもちついちゃった見た目男の子中身女の子。痛いけど我慢!って顔。急いで、遊びに行く途中だったとしたら、ボールか何か持ってるかもだ。
うんうん。公園でお友達が待ってるんだね。ボール持っていく約束だから遅れたら大変だ。でも家でおやつ食べてたら遅くなっちゃって慌ててたんだ。きっとお母さんの手作りおやつだ。ちょっと失敗作混じってる。
……よーし、こんな感じ?
先生に見せると、また、はぁ、と頭を抱えた。
「そのシーン、客観も描いてください」
はいはい。じゃあ真横からの構図で。
さらさらと鉛筆を動かすのを、先生がじっと見ている。これで少しはオシゴト進むだろうか。
ゼヒ、さっさと天岩戸から出てきてください、そして弱点探しにあたしが付け入るスキをプリーズ。