#さんのじゅういち
意識が飛んでいた。現実逃避とも言う。
気が付いたら先生ン家の近所のお蕎麦屋さんだった。
お蕎麦屋なのにカツカレーが超美味しいお店だ。
先生が天ざる二つ頼んでるところで我に返ったわけで。
「あ、あたしカツカレー」
…………食べ物が美味しいってのは重要だと思うんだ。
「…じゃあ、天ざる一つと、カツカレーを」
笑いを噛み殺しながらオーダー訂正する先生は、お店のオバちゃんも見ほれちゃうくらいだけどな!
「そんなんには騙されない。これは人の古傷抉るドSだ」
自分に言い聞かせてみた。
「人聞きの悪い。古傷なんか堂々と晒せばいいと言っているだけです」
鬼がいるよ。
「晒せって。……やっぱり鬼畜な事言ってるし」
「克服したいなら正面から向き合うべきだと言っているんです。今なら私もそばにいますよ」
…………。
先生。
今なんか、凄い台詞さらりと仰いませんでしたか。
少女漫画的な。
「どうやら、あなたは問題に直面すると、一歩退く性質のようです」
え?
「身を退く、半歩下がる、顔を伏せる、目を背ける。体の重心が後ろに退くんです。そういう反応をする人物というのは得てして、万事について逃げ腰だ」
ええ?
「積極的に物事にぶつかっていく人間の反応は、顎を引く、身構える、見据える。常に前重心です」
…………だって。
「積極性というものは成功体験の積み重ねですが、それ以上の失敗を乗り越えた証左でもあります。失敗を失敗と思わず、立ち止まらず、方法を模索する。だからこその結果です」
…………だからって。
「ですから。今なら、私がいます。あなたが逃げ出そうとしたら、首に縄をかけてでも逃がしません。これを機会に、是非克服してください」
ぅへ?
「さっさと乗り越えてより良い物を描き上げるまで、許しませんから」
……ちょっ?!?
「大丈夫ですよ。死ぬことはありませんし」
ありえないありえないありえなーい!!!
なんなの!なんなのこの無駄イケメン!! 一瞬トキメキかけたじゃないか!!
この流れでこうクルか普通!! ああ、変態逝け面大作家先生サマは普通じゃない! 全く普通じゃない!!
あ、カツカレーこっちです。天ざるそっち。
じゃあ、いただきます。
ヤケ食いじゃないよ。カツカレーが美味しいのがいけないんだよ。決して何かを期待したわけじゃないんだから!!