表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
萌え絵師への道  作者: 昔昔亭或処@休眠中
さんさつめのおしごと
35/59

#さんのきゅう



 当初の予定より遅い時間に訪れたジムは、ホントーに閑散としていた。店番代わりにいたのが、ここの職員のトレーナーさん一人。……一人でも充分暑苦しい人だ。


 都内有数の設備とやらで、どうやって使うのかさっぱり分からない計測機器やらなにやら、モノモノしいマシーンがいっぱいだ。


 先生は、案内してくれた中年のマッスル許容範囲ギリギリアウトなトレーナーさんと話し込んでいる。


 こんなもの見る機会はそうそう無いだろうから、あたしは一人写真を好き勝手に撮らせてもらった。


 壁にマシーンの使い方の説明イラストとか張ってあるんだけど。参考にそれも写真撮ったけど。


 ……なんでこんなイラストまでマッチョで描く必要があるんだ。マッスル教か。


 おっと。


 先生が、なにやらマシーンに座っております。


 上からぶら下っているバーのような物を引っ張るようです。


 トレーナーさんが、万歳するポーズから肘を曲げて頭の後ろに手を下ろしている。先生がバーを持ったまま同じように手を下げた。


 ガッション、と、ワイヤーでつながった錘が上下した。


 なるほど。やっぱり動かしているところを見ないとな。


 これはココの筋肉を意識してください、とか。トレーナーさんが解説している。


 そしてまたポーズを変えて、ガッション。


 ホウホウ、総合マシーンとやらは、コレだけでいろいろな運動ができるようになっているんですね。なるほど。


 先生が姿勢を変えて、今度は足にフックを引っ掛けている。


 ガッション。


 へぇえええー。さすが、機能性を追及する日本人。一台で30通り以上のやり方があるんですか。


 …………ところで、先生。さっきから一番軽い錘だけしか動いてないですよね。いや、先生がマッチョになったら困りますけど。


「……ついでに家でできる腰の内筋鍛える運動教えてもらったらいかがでしょうか。腰痛対策に」


 先生、書き始めると本当に机にかじりつきだしね。腰痛とかヘルニアとか心配した方がいいよねきっと。お腹回り鍛えると便秘も改善するんだよ。後は食事だけどさ。


 ……ちなみにあたしは、椅子がわりにバランスボールを愛用している。あの不安定なものにのっかり続けるのは結構筋肉使うのだ。あたしも一時期腰痛に悩まされ、先輩漫画家さんのお勧めで試してみたら、あらびっくり効くじゃん!とゆー。インドアな職業の方に耳寄り情報だ。酷くなった腰痛には逆効果なのでその場合は病院に行って下さい。


 そんな健康情報を思い浮かべていると、トレーナーさんは、なにやら先生に耳打ちしていた。ニヤニヤと。先生が苦笑して首を振る。


「それ以外なら、こういうストレッチも良いですよ。ゆっくり息を吐きながらしゃがんで、吸いながら戻る。7回5セットを、毎日朝夕に」


 と、トレーナーさんが珍妙なポーズで奇妙な動きを見せてくれたので、それも写真に撮っておいた。ラジオ体操第二の中にありそうな、変なポーズだ。


「まあ、ざっとは分かりました。あと、日常のことも伺いたいんですが」


「はいはい。聞いてますよ」


 トレーナーさんは隅っこの休憩場所らしきベンチに案内して、いくつかのカタログとか缶とかを持ってきた。


 うわぁ。プロテインとかいろいろ。


「食事とかね。参考までに、今回大会にエントリーしたメンバーの献立票がこれです。大会前のものがこっちで、こちらは普段のものですね」


 プリントアウトされた表には、カロリーや栄養素の細かい数字までぎっしり。とはいえ肝心のメニューはといえば。


 野菜とフルーツと玉子の白身と鳥のささ身、それに栄養剤とプロテイン。


 ……これが食事か。しかもこれ一食じゃなくて一日の分量なんだよ。


 食材と薬物が横並びって、プロテインは食事なのか。このでっかい缶が一週間分って何の冗談だ。


「当然間食もしませんし、お茶の類も飲みませんよ。酒もやりません。水だけです」


 トレーナーさんはなぜか鼻高々に胸を張った。


「ボディビルに必要なのは、自分を如何に追い込めるかという才能です」


 ……そりゃね。確かにスポーツマンとか、追い込んだトレーニングするんだろうけどさ。


「ま、究極のマゾですよ」


 え。それ自分たちで言っちゃうんですか。


「あ、でも自分の肉体を苛めるってことはサドかな。まあ普通の人には中々理解できないようですが」


 ……あれ。あたしそんなに態度に出してたかな。失礼しました。


 カラカラと笑うトレーナーさんは、一般的にみんなそうですと事も無げに言った。


「……じゃあ、なんでボディビルやってるんですか」


 あまりにも平然と言うものだから、つい、不躾なことを聞いてしまった。


「さぁねぇ。なんででしょうね。気が付いたらスクワットしてるような。『呼吸する』=『鍛える』みたいな」


 …………さっぱり理解不能だ。


「まあ、鍛えずにはいられないように生まれついたんですよ。でなきゃこんな苦しいことやりません」


「ああ」


 ぽん、と先生が手を打った。


「分かります。それは分かります。非常に」


 えええええ!


 なんで先生イキナリ理解示してるんですか! 先生だってマッチョ見たくないって言ってたくせに!!


「ありがとうございました。非常に有意義なお話を聞けました。これで、迷い無く書けます」


 爽やかな笑顔でトレーナーさんと握手なんかしてるし。


「いいえ。こちらこそ。小説とかでボディビルのことを広く知ってもらうのも良いことだと思います。またいつでも来てください。……もっといろいろ教えて差し上げますよ」


 最後だけこそこそと声を潜める意味はナンだろうな。あたしには関係ない関係ない。不穏なものには触らずスルー。


 ……腰の内筋とか、言わなきゃよかった。小さな親切のつもりが、巨大な迷惑を。


 先生にびーえる妄想話ふった罰が当たったようだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ