#さんのなな
もうさ。だいさっかせんせぇサマはさ。ジブンネタきりうりするんなら、そのままびーえるのれーべるにてんこうしたらどうかな。
脳筋ガテンと理屈屋物書きなんて、いかにもありそうじゃないか。本能だけで押せ押せの脳筋に、引きずられる理屈屋。
そしてびーえる界に新風を巻き起こすんだ。期待の大型新人! 衝撃の問題作!!
「……その場合、挿絵はあなたにお願いすることにしましょう」
あーじゃあ攻はせめてスポーツマンでお願いしますマッチョは嫌です受はそりゃもー美形に描いて差し上げますから。
……て。
あれ? 心の声に、返事が?
「……てれぱしー……?」
「全部口に出しています。妄想も大概にしてください」
これから向かう先が、ナニなものですから。妄想に逃げるくらい許してください。
「……じゃあ、ワンコ系編集者攻と文筆業美形ドS様誘い受で」
大作家先生はぴたりと足を止めた。
「黙れ」
あらやだ逝け面。でも今はマッチョの恐怖に勝る物は無い。
「黙ったら行くの許してくれるんですか。マッチョは嫌マッチョは嫌」
あたしがヘタレてたからか、イタイ妄想があまりにもだったのか、先生は駅を出た先のコーヒースタンドに立ち寄ってくれた。
フラペチーノとベーグルサンドを買ってくれたのは、黙らせようという目論見だろうか。
「……そんなに駄目なんですか」
食欲なんかあるはずも無く、目の前に置かれた美味しそうなそれに手も伸ばさないあたしに、先生サマが言う。
何を今更。嫌だ嫌だとアレだけ言ったじゃないか。
「駄目です。本気で駄目です」
訴えれば聞き入れてくれるかもしれない、という微かな期待にすがった。
「大体ですね、ウェイトトレーニングというものは、ですよ」
ココは、頑張って理路整然と、訴えてみようではないか!
「本来、肉体を鍛えるというのは、目的があると思うんですよ。スポーツ選手が鍛えるのは、競技のためでしょう。野球なら、サッカーなら、柔道なら、短距離ランナーなら、卓球なら、ジョッキーなら、ピアニストなら、パイロットなら、自衛隊なら、忍びなら、暗殺者なら、勇者なら。その競技によって、どこを重点に鍛えるか、どういうトレーニングが必要なのか、いろいろ考え抜いて、その競技に適している体に仕上げるわけですよね」
競技じゃないのも混ざった気がするけど。
「ですが、ボディビルは、本末転倒なんですよ。何かのために鍛えるんじゃない、鍛えるためだけに鍛えるんです。おかしいでしょうそんなの! しかもその鍛え上げた体は、例えば腕をまっすぐ体に沿わせて下におろすこともできないんですよ、筋肉がじゃまして常に肘を張った状態になっちゃうんです、人体ってそう言うものじゃないのに!」
ゴホン。理路整然、理路整然。
「ヒトの体というものは、非常に精密に美しくできているとあたしは思うんです! 造形もさることながら、その成長が凄いんです。先生の手なんかいい例です」
コレは前から思っていた。先生の手は高ポイントだ。
「まっすぐすんなり伸びた指、手荒れ一つ無い綺麗な手ですけど、指の腹が平らになっていてペンダコがくっきり。肉体労働とか家事とかまるで無縁の物書きの手ですよ。ホントこのヒトは書くことだけに集中してるヒトなんだと分かります。ついでに上体の筋肉が全体的に薄いとか、先生肩こり酷いでしょう、肩こりからくる頭痛は尾を引きますよ。それに腰の内筋もうちょっと鍛えとかないと年とってから腰痛酷くなります。あと腹直筋、先生便通悪いでしょう。便秘はいろんな体調不良の元になります。薔薇の湯のオバちゃんじゃないですけど、あたしも先生はもう少し鍛えたほうが全体的に健康になるだろうと思います」
……あれ? 話がズレた。
「それは置いといて、あたしの手だって所々インク付いたペン刺して刺青になっちゃってるのとか、消しゴム握りすぎて親指直角に反っちゃうとか、左手の小指外側紙に押し当てる癖があるから硬くなってるとか、全然綺麗な手じゃないけど、あたしはこの手気に入ってるんです。描く手ですから。そんな風に、体はその人その人で作られるんです。スポーツ選手だって体型見たら大体何やってる人かって予想が付くでしょう? そう言う風に鍛え上げられた体なら、あたしだってカッコいいと思います」
先生聞いてる? ちゃんと、一生懸命話してるんだよあたし。
「でも! ボディビルは、その名の通り、ぼでぃをびるでぃんぐしちゃうんですよ。鍛えることだけが目的なんですよ! 目的と手段がおかしいんです! そんでもって作り上げたその筋肉でやることは、たかが震度4で自分が逃げ出すだけ!! ナルナルとポーズして自己満足!! オリンピックは何のためにあるんですか!!」
……イカンいかん。エキサイトしちゃ駄目だ。理路整然。
「なので、あたしは、ボディビルというものがですね、全く! 理解できないわけです」
どーだ! 多少イロイロおかしいけど、言いたいことは言ったぞ!
言い切って、折角買ってもらったフラペチーノに手を伸ばした。全部とけきっていた。
先生は、沈思黙考の彫像だ。
はあ。珍しく頑張ってしゃべったからお腹すいた。生ハムとクリームチーズのベーグルサンド。先生のチョイスは外さないな。
しかしベーグルサンドって、顎が疲れるよね。会話しながら食べられる物じゃない。
あたしの言葉を咀嚼しているらしい先生と、ベーグルサンド咀嚼しているあたしと。
賑やかなコーヒースタンド。有線の軽妙なDJの声が上滑りしているなぁ。
ただの薄味アイスコーヒーとなったフラペチーノを最後まで飲んで、ごちそうさまでした、と手を合わせた。
……先生。そろそろ帰ってきてください。