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萌え絵師への道  作者: 昔昔亭或処@休眠中
さんさつめのおしごと
32/59

#さんのろく



 こういうとき、なんて声かけたらいいんだろうか。


 慰める?


 なんて?


 むしろ古傷抉っちゃったらどうしたら……?


「せ、先生。あの……」


 沈痛に顔を伏せていた先生は、ふぅー、と深々と息を吐いた。


「……ですから、私は、この体験を最大限生かそうと考えたんですよ」


 はい?


「文筆業なんてね。身を削ってナンボ、自分ネタなんか切り売りしてナンボです」


 へ?


「あの遣る瀬無さをぶつけた三作目が賞をとって、おかげさまで風呂付のアパートに引っ越すことができました」


 ええ?


「作品として昇華したため、私は変にトラウマになることも無く、むしろステップアップできたという訳です」


 あの出来事には、今や感謝さえしています。


 ……などと晴れ晴れと先生は仰った。


 えええ~!?


 車両内、今みんな目が点だ。この一体感はナンなんだ。


「だってそうでしょう? 賞を取るほどのインスピレーションとモチベーション、根拠の無い矜持をそれと知らしめてくれたこともプラスです。以後は危険回避に気をつけるようになりましたしね」


 ちょっ、あの、……ぇえ…えええええ~?


「ですから」


 呆気にとられて言葉も無いあたしに、大作家先生は、厳かにのたまった。


「あなたも、是非、描くべきです」


 ……なんでそーなるっ……?


「これから行くジムは、去年の全国大会優勝者が所属しているところですよ」


「え」


 言われた言葉を理解するのに数秒かかった。


 血の気が引く、って、こういうことだ。


「大丈夫です。私が一緒ですから」


 にこやかに駄目押しする先生。


 大丈夫に聞こえない。先生が一緒だから逃げ出せない、と脳内変換される。


「……せ、先生、あの、あ、あたし、お、お腹、お腹痛い、アイタタタ、ほんとーに痛い、痛いからここで失礼しますっ!!」


 我ながらわざとらしい。でも本気でお腹痛いような気もする。


「そうですか。ではちょうど次の駅ですから、ジムのほうで少し休ませてもらいますか?」


 そりゃ、こんな見え見えの言い訳が通用するはずも無いけどさ。


「いえそんなご迷惑をおかけするわけにはいきません、アタシならダイジョウブです一人で帰ります帰れますからっ」


 このまま連行されたらどんな地獄が……。


「具合の悪い女性を一人で帰すわけにはいきませんよ」


 この似非紳士!!


「じゃ、じゃあ、ジムのほうは後日に……」


 お願い。お願いします!!


「いいえ。折角都合をつけてくれているんですからね」


 一人で行け!!


「じゃ、や、やっぱりあたし」


 一瞬でも先生に同情したあたしが馬鹿だった!!


「では。自宅にボディビルダーを大勢呼んで取材しますか?」


 ぅひいぃぃぃ!!


「…………今行けば、もう絶対行かないでいいって、約束してください……」


 白旗振ったあたしに、変態逝け面大作家先生(←受認定)が、爽やかに笑った。


「そうですね。必要なことがきちんと取材できれば」


 ……うそ臭い笑顔だ。約束なんて破る気満々だ。っつか、一言も約束とかしてねぇし。


 逃げられないようにがっちりホールドされて駅に降りたとき、車両内から妙に生暖かい眼差しが。






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