#さんのご(ある意味非常に問題がありますスイマセンごめんなさいもう二度としません)
大人しく、お行儀良く、二人で地下鉄乗って。
結構混んでたけど、二人揃って車両の中ほどに座れた。
ほっと一息ついたところで、先生サマが厳かに仰った。
「先ほどあなたは、『わかりますか、男の先生にわかりますかあの恐怖が!! 分からないなら一回ムキムキマッチョに押し倒されてくださいこの恐怖を実感してください!!!』といいましたが」
うぎゃあ。エキサイトしてるときの言葉って、頭冷えてから聞かされるとちょっとな。
あ、先生の隣に座ってる学生さん、おもむろに音楽プレーヤー弄らなくても。
「その恐怖なら、リアルに分かります。恐らくあなた以上の恐怖だったと思いますが」
え?
「ええ? ちょ、先生そんなこと張り合わないで下さいよ、先生がそんな……そんな、じょ、じょーきょーに、……まさか…?」
「ヤられてません。未遂です」
うえぇえええ!?
あ、前のつり革のOLさん、お目めが落っこちそうですよ。
「あなたの場合は、事故でしょう。それはあなたも分かっていると思いますが。偶々不幸なアクシデントだった。その上で、事故だけど恐怖だった、その気持ちを男性陣から否定されたからトラウマになったのではないですか? その時悶絶していたモデルが即座に非を認めて謝ったとしたらどうです? 悪いことをしたと頭を下げられていたら、ここまで引きずりましたか?」
え? ……確かに、あの時、悔しかった。
何で男のヒトたちみんな、あっちの肩を持つのか。
事故だ、わざとじゃない、しょうがない、なのに蹴飛ばすのはやりすぎだ、と口々に言った。
怖かったのに。なのに皆、股間押さえてるモデルを可哀相だと庇った。
「まあ、その状況で状態で、彼は到底謝れなかっただろうとも思いますが……。とにかく事故であれ何であれ、押さえ込まれることが怖いというその心境は、分かります。だから否定などしません。共感します」
……。
何となく、気持ちが、軽くなったような……。
「……私の場合、あれは、まだ二冊ほど本が出て、でも全く売れない時期のことでした……」
え?
先生、なにやら苦渋の声音で、語り始めた。
『emergency emergency!! 読者様に、特に男性の読者様にお知らせです!! この先の先生の語りに不穏なものを嗅ぎ取った方は直ちにブラウザを閉じることをお勧めいたします!!』
当時、まだ全く無名で、風呂無しトイレ共同の狭い下宿にいた大作家先生は、近所というには少し遠い銭湯に通っていたそうな。
昔ながらのオバちゃんが切り盛りする銭湯で、でも近くに繁華街があって、酒に酔った客が入湯を断られたり、刺青の客がいたり、それなりにイザコザもあるような所だった。
だから先生は、自由業の強みで昼間の空いている時間に通うようにしていた。
そうすると、もともと地元の客が多い銭湯のこと、顔見知りも多少はできる。良く顔をあわせるなかに、ガテン系のオッサンがいた。
深夜から早朝にかけて現場で働いて、ひと風呂浴びてから帰るのが日課だったらしい。
え。なんかそれなりに混んでいたはずの車両が、微妙にこの付近、空いてないですか。
あれ? なんかみんな息詰めてる気配?
とある日。
いつものように先生が銭湯に行くと、偶々他のお客さんが全然いなかった。男湯には例のガテンのオッサンと先生だけだった。
「……せ、せんせー…? あ、あの、ですね…? ちょ、そこらで」
「でも、当時私は、この顔ですから女性にはそこそこもてていましたが、オトコにまでそう言う目で見られることは無かったんです。だから油断していました」
続行しないでくださいよ、あたしの隣の人、席立っちゃいましたよ!?
銭湯のマナーに則って、先生は、先ず洗い場で頭と体を洗った。
すると、他がガラガラにも関わらず、ガテンのオッサンが隣に来た。
「や、やめましょう先生。ほ、ほら、電車って、密室なんですよ、密閉空間なんですよ? ミナサン、次の駅まで降りられないんですよ!?」
「それでも私は気付いていなかったんです。話し好きな人もいますからね。世間話でもしたいのかと、適当に相槌をうって相手していました」
先生! この状況にも気付いてください、先生を中心に半径二メートル、危険地帯になってます!!
次の駅、まだなの!? ちょっと区間長くない!?
頭と体を洗い終えて、先生が湯船に向かおうとした、その時。
なぜか足元に石鹸が。
すってーん、とすっ転ぶ先生。
あいててて、頭打った、何でこんな所に石鹸が。
おい、大丈夫か兄ちゃん。
あ、どうもご親切に。
いやいやいいってことよ。
(中略 でも大丈夫)
(中略 まだ大丈夫)
(中略 ギリ大丈夫?)
…………。
「先生、タクシーは運転手さんお一人ですけど、電車だと他のお客さんいっぱいいるんです。誤爆が恐ろしい被害です、クラスター爆弾です」
宙を見据えて話し続ける先生は、懇願も聞いちゃくれない。
「これは駄目かと諦めかけたとき……」
諦めかけたとき……? どうした、どうなったんだ!!
プシュー、『お出口は右側~右側でぇす~ お乗換えは………』
え!? 駅!?
やった、駅だ! みんな降りて! 逃げ出して!!!
なのに、誰一人動こうとしない。どういうこと? 石化?
……いや、顛末を最後まで聞かないと逆に怖くて降りられないんだ!
聞くのも怖い聞かないのも怖い! なんてホラー!!
何も知らずに乗り込んじゃったお客さんごめんなさい!!
『ドアが~閉まりまぁす』
「せ、先生…?」
「これは駄目かと諦めかけたとき……」
まさかのリピートぉ!!!
いや、この流れなら、救いの手が差し伸べられるはず!!
「圧し掛かっていたオトコの体がグラリと………」
救いの手は現れた。
デッキブラシ持った番台のオバちゃんだった。
「大丈夫かい!?」
その手のデッキブラシで、見事ガテン系オッサンを成敗して、先生を救出してくれた。
オバちゃんブラボー! ハラショー!! アンタがタイショー!!!
どこからとも無く、というか、車両中から、安堵のため息が。
「全く、前にもこっぴどく懲らしめてやったのに、まだ懲りてないのかい! もうアンタは出入禁止だ! アタシの目の黒いうちは、二度と暖簾をくぐらせやしないよ!」
そう言って、オバちゃんは男を蹴り飛ばした。強い。
前にも。
そうなのだ。このオトコ、痴漢行為の常習犯だった。そんならむしろ警察に突き出してほしい。
先生はふらふらになりながらも、オバちゃんにお礼を述べた。
すると、オバちゃんは豪快に言い放った。
「アンタもねぇ。そんな顔であのクズの好みにばっちり当てはまっちゃったんだねぇ。そんな華奢なナリしてちゃ襲ってくださいと言わんばかりじゃないか。アッハッハ! キレーな顔しちゃって、アタシも若かったらお願いしたいね!」
アイタタター…………
車両内、心は一つだった。先生除く。




