#さんのに
あたしが本気で拒否ってるのに、マジ泣きなのに、大作家先生は訊いてもいない3作目について説明してくれやがった。
1作目は精神の、2作目は外見の、そして3作目が肉体の、『自己否定』とゆーコトらしい。
この3作目で自傷行為までも含めるから、2作目でピアスはNGだったのだとか。
ああそうですか。そんならどうしてボディビルなんですか。ボディビルってむしろマッスル礼賛肉体サイコーじゃないのか。
「では、ジムに行ってみますか。ボディビルダーがどんな日常を過ごしているか。知れば認識が変わるでしょう」
この上ジムに行ってまでマッスルを見ろと。
「先生。ホントにホンキで、マッスルなんですか」
「当然本気です。ですが、主人公は筋骨隆々というわけではありませんよ」
え。
グズ、と鼻をすすりながら、変態逝け面大作家先生を見上げる。
「主人公はボディビルに憧れる女子中学生です。成長途中で鍛えたところで高が知れているでしょう」
…………早く言って欲しかった。
「……スイマセンちょっと失礼します」
っつーかさ。今まだマッスル地獄と壁一枚隔てた会場ロビーなんだけどさ。
こんなところでマジ泣きのオンナと見てくれだけはイケメンがいたらさ、注目浴びちゃうの当然だよね。
先生の言葉に一安心したら、周囲を見回す余裕ができた。そして興味津々な視線に気付いた。
先生に一言断って、女子トイレに逃げ込んだ。
何たる不覚。大作家先生サマの前で無様に泣き出すとは。
手洗い場の鏡で見たら、なんとも情けない顔の自分がいる。
バシャバシャと勢い良く顔を洗った。
気を取り直して、気合を入れ直して、ついでに化粧も直してトイレを出ると、ロビーの景色が一変していた。
会場内にいたはずの筋肉ダルマが、ロビーに溢れている。大会が終わったのか、それとも休憩か。とにかく筋肉のイモ洗いになっている。
トイレから出られずに右往左往していると、女子トイレにも筋肉…失礼、女性のボディビルダーさんがやってきた。
…………いるんだ。女の人でもマッスルがいるんだ。盛り上がった腕の筋肉。Tシャツの首がきつそうだよ僧帽筋。普通女子の胸は脂肪のはずだけどソレはどう見ても大胸筋。その見事な大腿筋にミニスカートは……。
女子トイレも楽園ではなくなった。慌ててトイレを出る。が、そこの光景にひるんで足が動かない。
もし今、蜘蛛の糸が垂れてきたら。あたしは迷わず飛びついて登る。どんな頼りない糸だろうとこの地獄から逃れられるなら。
「どうしました。遅いので様子を見に来たんですが」
……………………クモノイト。
どうしよう。先生に後光が。
華奢にさえ見える大作家先生サマは、まるで砂漠のオアシスだ。
比較対照がナニだと、たとえ変態でも逝け面でも、清涼剤となってしまう。なんて恐ろしい光景だ。
「先生。お願いです。出ましょう」
うっかり変態逝け面にときめかないうちに。