#にのじゅうなな
先生は、頭の中でアレコレ練って、書き始めるまでが大変なんだけど、いざ書き始めたら筆が早いんだって。
藤埜さんが教えてくれた。
まともなコーヒーを淹れて、藤埜さんと先生サマが話してる。この調子で書き進めたら、優等生で締め切り前に原稿上がりそうだってさ。絵でイメージできると筆もノるみたいだ。
編集的要望としては、あのラフのとおりでほぼOK。でも、絵面をもうちょっと華やかに、だそうだ。
そりゃあね。二次元的にお目め大きくぱっちり、手足もスラッと、美少女が求められてるんだろうけどね。でもさ、先生の書くキャラって、どこにでもいる普通のむしろコンプレックスだらけの少年少女、じゃないのかな。
華やかな容姿してるヒロインが自己否定でウジウジ悩んでる、って、それ、納得いかなくない? なくなくない?
「……と、思うんですけど。先生もそう思いませんか?」
先生に話を振ってみた。先生サマの鶴の一声なら、藤埜さんだってぐうの音も無いだろう。
「そうですね。ですから、あのラフのイメージを壊さない範囲で、編集の意向を尊重してください」
……へ?
「大丈夫ですよ。今回は取り掛かりが早かったので、締め切りまでは余裕です。先生の方は順調のようですし、後は挿絵だけですね」
…………ほ?
先生サマは当然の如く淡々と、藤埜さんは上機嫌に、無茶な注文をほざいて下さりやがりましたよ。
「ちょ、平凡、且つ、華やか、って矛盾してませんか?」
どんだけハードル上げる気だ。無茶振りって言葉を知っているか。
「大丈夫です。頑張ってください」
オイ! ニコニコとなんて無責任な励ましをくれるだ編集サマ!!
「あなたは、どうやら追い詰められた方がいい仕事をするようです。もっと追い込まれてください」
なんつーこと言ってくれちゃうんだ先生サマ!!
「そうなんですか? 緒峯さんは、プレッシャーに弱いタイプで中々成長できないと言っていましたが」
え? オネーサンがそんなことを?
「踏みつけ方が甘かったんでしょう。麦ではなく雑草です。結構図太いですよ。いきなり連れて来られた他人の家で、すっかり寛げるようですし」
しっつれーな! 誰が雑草!?
「なるほど。確かに血色は前よりよさそうですが」
そりゃココ来てからご飯が美味しいからね!! 外食と出前ばっかだけど、一人暮らしのときより食生活は格段に上だ。でも藤埜サンに言われたくないよ、ゾンビだったじゃん。
「これも作品のための投資です。珍獣一匹飼ったと思えばコレぐらい」
…………チンジュウ。
「ちょっとちょっとちょっとさっきから黙って聞いていれば好き勝手なことを!! 誰が飼われてるんですか! あたしがここにいるのはオシゴトのためでしょ!? もーイイですさっさと描き上げます描いて終わらせます、そんでバイバイです!!」
憤然と与えられた作業部屋に戻って、はた、と我に返った。
…………なんかあたし操縦されてないか?