#いち
「やーごっめんねー? 急に呼び出してダイジョウブだった?」
7つ年上のオネーサンは、最初に雑誌社の新人賞に応募したときからの付き合いだ。あたしが夕方から深夜のコンビニのバイト以外には決まった予定などないと当然知っている。
『オネーサン』と呼んでいるが、本名は『緒峯』さんだ。
出版社近くのカフェは、外で打ち合わせるときの定番。カフェと看板を出しながらも、今テーブルに運ばれてきたのが緑茶なのも、定番。
「全然平気です。で、お仕事の話、だそうですけれど?」
つい先日もネームを持ち込んでクソミソに駄目出しされたばかりだ。まだ新しいネームはできていない。
「うん。時間も無いことだし、チャキチャキ進めましょうか」
アタシは時間有り余ってるんだけどね。でもやり手の編集サンとか急なお声がかりのお仕事とかの方には時間が無い。
「はい。で、どんなカットですか。サイズと枚数は?」
差し詰め雑誌の小カットだろうと聞くと、オネーサンは首を振った。
「違うのよ。説明するとちょっと面倒なんだけど、盥回しに回ってきた話でね。嫌なら断ってくれてもいいんだけど」
と、前置きされて、どんな無理難題が、と身構えた話は、挿絵のお仕事だった。
なんだそんなことなら、と軽く頷いたが最後、ガッシと腕をつかまれて、そのまま出版社に引きずられた。
「アナタなら引き受けてくれると思ったのよ大丈夫よアナタならきっと簡単だわ詳しい話は担当がするから」
と言いつつ、この逃がすまいとする態度。ここに至って鈍いあたしの脳味噌が危険を察知したけれど、オネーサンが今更逃がしてくれるはずも無かった。