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「前回は詳しくお話できなかったんですが、この企画は一年を通して4冊ほどの発行を考えています」
はい、そうですか。大作家先生、周囲から浮きまくってますね。
「春夏秋冬、それぞれのシーズンを描く予定で」
なるほど、そして女子の注目集めてますよ。
「一貫したテーマは自己否定なのですが」
女子、っつーか、これは腐女子だな。ツレがあたしでごめんなさい。実は男の娘なんだよ、て妄想変換オネガイします。
「次は、コスプレにのめり込む少女を主人公に据えようと考えています」
……ああ。だから、此処なんですね。
「すみませんが、あたしはそっち方面さほど詳しくありません。もし良ければコスプレイヤー何人かは紹介できますが」
聖地は平日でもこれだけ賑わっているんですね。履きなれないヒールが怖いです。
「必要ありません。私は個人への取材はほとんどしません。人間観察が主ですね」
そう仰る大作家先生は、歩行者天国を眺めて動かない。
注視されている変形メイド服の子が、こっちを気にしている。
うん。このヘンタイイケメン、カオだけは、……いや、スタイルもファッションも良いんだけどさ。
「貴女はどうですか。その服、さほど抵抗なく着たようですが、普段からそういったテイストのものを着ているわけではないでしょう?」
うおおおお! 人が必死に意識しないようにしていることを!!
お店出て駅まで歩くだけで3回こけそうになって大作家先生の手を煩わせてしまったこととか、記憶から抹消したい。
電車が揺れてつり革つかまろうとしたらワンピースの肩がずれて、大作家先生に指摘されてブラ紐見えてることに気付いたとか。駅の階段普通に登ったら大作家先生にスカート押さえるように注意されちゃったとか。
こんなミニスカート普段着ないし!! ガーターベルトが見えてしまいます、なんて一々言い方がヤラシイんだよ!
「て、抵抗はありまくりましたけど! でも、しょうがないじゃないですか。それにコレはコスプレ服じゃありません」
「そうですか? 日常とは異なる、という意味では同じ括りでしょう。新たな自分になった気はしますか?」
あらたなジブン。……そりゃ、ちょっとは、異性の視線が気になったりはしますが。
「コスプレをする、という心理はどういうものですか。外見を変えて自己解放? ならば普段の自分とは何なのでしょうか。解放しなきゃならない、つまりは、抑圧されている。何にです? コスプレという手段でどうしようというのか。結局は既存のキャラクターの模倣で」
ブツブツと、考えこむ大作家先生。
……ええーと。タイトルは『哲学者の彫像』 ダンボールでもあれば書いて横に置くんだけど。
で、あたしはいつまでこれにお付き合いしなきゃならないんでしょうか。
ああ。あの赤い軍服(でも超ミニ)のツインテール、さっきも見たな。何往復目だろう。ビラ配りのメイド服はずっと視界にいるし。撮影会始まっちゃった和服っぽい一団、禁止されているはずの路上パフォーマンスは、平日は規制がゆるいんだろうか。
とにかく、この周辺だけ混雑してるような気がするけど、気のせいかな。全ての元凶がこの哲学者の彫像じゃないかってのは、あたしの穿ち過ぎかな。
………しかしそろそろ肌寒くなってきた。
恐らくは春の新作、春風にヒラヒラと浮かれ気分のモテカワコーデ、大抵の見た目重視ファッションは我慢が付き物だと思うが、これは春先に着るには少し薄着過ぎると思うんだ。
奢ってもらった和風創作ランチは、途中でお味噌汁ひっくり返したせいで完食できなかった。お腹すいてきた。
……そういえば、今日は実家に顔を出す予定だ。一人暮らしのアパートから駅三つ離れてる実家へは、ここからなら乗り継ぎどうなってたっけ。
先週お母さんが、春キャベツが旬だから次はロールキャベツなんかいいわね、と言っていた気がする。
メニューを思い浮かべたら、途端に空腹が我慢できなくなってきた。
「……先生。あの、そろそろ、移動しませんか? 考え事なら、どこかお店ででも……」
恐る恐る声をかけたら、先生は、はっとしてこっちを見た。
「あ、ああ。いたんですね。失礼しました」
いたんですね、だと? なんだあたしは帰ってもよかったのか。
「その、そろそろ肌寒くなってきましたし、いつまでもここで彫像…いや、ぼーっとしてるのもナンですから……」
うひゃぉ! 逝け面!!
「……そろそろ、ここへ来てから3時間ほどですか。その間、貴女はただぼーっとしていたんですか?」
え? いやいや、だって、先生動かないし! しゃべらないし!!
「……まあ、いいでしょう。放っておいて申し訳ない。唇が青くなっていますね。その格好では寒かったでしょう。どこかで温かい物を…」
あ。戻った。大作家先生の負のスイッチが分からない。
「あ、いえ。今日のところは。この後実家に行く予定だったんです。毎週一回は顔を見せる約束で」
……あれ? 急に寒くなった? 日が落ちたから?
「毎週顔を出す? お住まいはご実家と近いんですか?」
「え、えと。近所というほどでは…、駅三つ離れてますし」
「…………なるほど」
逝く、逝くよ。なんなのこの逝け面、なんでそんな冷気発生させてるの!?
「あ、あの、その、えと」
「ご実家に、今日は行けなくなったと電話してください。もう少しお付き合いいただきますよ。これは仕事ですから」
大作家先生はご自分の携帯電話を胸ポケットから取り出してあたしに握らせた。
「え? で、でも」
「いいですか? 貴女は、あの矯正器具のアイデアで、この私に原稿の手直しをさせたんですよ? 完成原稿は誤字ですらミスのなかった私に、本文そのものの修正をさせたんです! 人に渡すときには常に完璧でなければならないという私のモットーを覆して!!」
モ、モットーだと? 知らんがなそんなモン!!
「………その責任は、取っていただきます」
……バイバイ、お母さんのロールキャベツ。明日まで残しておいてくれたらいいんだけど。
※ 作者はコスプレに偏見はないです。むしろジャスティス。