#にのに
後悔先に立たずってこういうことですね。
なんであたしは大作家先生と直にお話してるんでしょうか。いやそれは藤埜サンがあたしをここに連れてきて置いていったんだけどさ。
「あの矯正器具のアイデアは非常に感心しました。周囲が望む言葉しか言えない主人公の実情が、一目で説得力を持ちました」
大作家先生は、こんなオサレな和風モダンレストランで、矯正器具を褒め称えている。どうしてあたしがソレを聞かなきゃいけないんだ。
「……そんなに矯正器具お好きなんですか。あまり公言しないほうがいいご趣味かと思いますが……」
小声で、ぼそっとな。
さっきから隣のテーブルの視線が気になるんだもん。
「誰が矯正器具を好きなんですか。私は矯正器具を思いついた貴女の感性を褒めているのです。言葉は精確に聞き取っていただきたい。あなたのイラストで、私は絵の説得力を再認識しました。文筆業をしていると、文章で読者の想像力を如何に掻き立てるかを重視してしまいます。子供の想像力の低下は、アニメやCGの進化の悪しき弊害だと考えていました」
あ。矯正器具萌えじゃないんだ。これは朗報だ。よかったよかった。濃ゆいご趣味の方と二人でご飯なんて、食が進まないじゃないか。もぐもぐ。
で、ふつーの会話で何でそんなに熟語が多いんでしょうか。めんどくさいしゃべり方ですね。『この白身魚のフライ美味しいですね』は、どう訳したらいいですか。
「ですが、違った。口元から僅かに除く矯正器具。これだけで主人公が言葉一つ正直に言えない環境を想起させる。全く脱帽です。あなたのおかげで、あの小説は完成度の高い物になりました。お礼申し上げます」
お礼を言うために、人をこんなところに呼び出したのか。電話で充分なのに。ご飯オゴリはうれしいけど。
「ですから、次回作は最初の段階からご協力いただきたい、と考えております」
うぐ。炊き込みご飯が気管に。あ、味噌汁慌てて肘でひっくり返し……。
「大丈夫ですか?」
おしぼりを差し出す手も優雅な大作家先生は、慌てず騒がず、ウェイターを呼んだ。
最初から協力、って、どういう意味ですか。
ゲホゴホグシュン、あ、鼻からご飯粒が。