癒里ちゃん☆
「癒里ちゃん、俺の肩大丈夫そう?」
「ええ。大丈夫よ。けど、どうしたらこんなふうになるのかしら?」
「それは、アゲハがこう………握り潰したんだ」
ジェスチャーを交えながら、肩が死にかけたときの状況を説明する。あぁ………思い出すだけでも震えてしまいそうだ。
「あらら。二人共仲がいいのね」
小さく微笑んでそう言ったのは、未空学園保健室在住の養護教諭、緑根癒里先生だ。違和感を覚えたかもしれないがリアルな話で、ここに住んでいるらしい。保健室は区切られていて、生徒を診察する空間と『立入禁止 勝手に入ったら婿・嫁には行けなくしてアゲル♡』と書かれた張り紙をしてある空間に分けられている。………勝手に入ったら一体何をされるのだろう。
アゲハが言うには、花の絵がちりばめられた薄い緑色の壁に四つ葉のクローバーで装飾された私物のベッドがあって、なんか自然の香り(?)がするんだとか。てか、いつの間に見せてもらったのだろう。癒里ちゃんはフレンドリーな性格だし、アゲハとは入学早々仲良くなっていたからな。部屋を見せてもらっていたとしても不思議ではない。
「ああっ 悔しい!ねえアゲハちゃん、もう一回やりましょ?」
三人しかいない保健室には、しゅっ、たっという静かな音だけが鳴り響いている。
「いいですよ。でも何度やっても結果は変わりませんけどね」
「そんなことないわ。今度は私が勝ってみせるんだから」
「おいアゲハ。健斗が待ってるんだ。早く戻ろうぜ?」
「ごめんカラス。あと一回だけっ あと一回やったらやめるから。なんならカラスだけ先に戻ってて」
一体何をしているのかというと、連続した数字のカードを素早く出していき、先に手札のなくなった方が勝ちというトランプゲーム、スピードだ。
なぜそんなことをしているのか。実は昨日もアゲハがここに遊びに来ていて、今と同じようにスピードをやっていたらしい。しかし、その途中で怪我をした生徒が連れてこられて、癒里ちゃんは0勝16敗という驚異的なほど見事に完敗したままやめざるを得なくなったそうだ。そのため、アゲハに再選を申し込んだというわけだ。
「あと一回だけだぞ?」
「うん」
そう返事をして、手札を切る二人。それにしても癒里ちゃん、これだけ負けてもまだ諦めずに勝負を挑むなんて無謀にも程がある。さっきの一戦を見るだけでも分かる。二人の実力はアクションゲームとシュミレーションゲームくらいの差がある。………つまり、アゲハの方が圧倒的に強いということだ。いい加減勝てないと認めたらいいのに。いい加減手を抜いてやったらいいのに。
………言うまでもなくアゲハの圧勝に終わった。早く帰ろうとアゲハを急かして保健室の戸に手をかけた。
「癒里先生っ ありがとうございました!とっても楽しかったよ」
「あらそう。それは良かったわね。私は全然全くもって楽しくなかったけど」
「一応言っておくが、アゲハとやり合うのはもうやめた方がいいぞ。二人の差は歴然だ。」
「いいえ、諦めません。今度はしっかりと作戦を練ってから挑戦するから、覚悟しておくことね」
「はいっ 楽しみにしてます!」
今にも破壊活動を始めそうなほどに険悪な表情の癒里ちゃんに対して、勝ち誇った極上の笑みを返すアゲハ。この戦い、いつまで続くのだろう。
一歩保健室から出ると、気分がとても良くなった。保健室の空気が重すぎたせいだろう。俺は保健室の戸を閉め、どこからか聞こえてくる声に耳を傾けた。
『あらかじめアゲハちゃんの座る椅子の足に切り込みを入れておいて壊れるようにしておく………いや、これでは壊れるタイミングが予測できないからダメね。じゃあお茶か何かを用意しておいて、わざと零すなんてどうかしら?そしたらアゲハちゃんの気がそれていい感じになるんじゃないかしら………』
………保健室の中から敗者が酷くて卑劣な作戦を考えているような声が聞こえてくるのは、きっと気のせいなのだろう。