科学部★
物理室の戸を開けると、触っていたノートパソコンを閉じて科学部部長の紅飛鳥先輩が俺たちを迎えてくれた。
「みなさん、お揃いですね」
「飛鳥さん ケンケンも連れてき―――」
「飛鳥様ぁっ!!!会えて嬉しいっっ」
アゲハの声を掻き消して、天音が飛鳥に飛びついた。今日もさっそくツンデレっぷりを発揮してるな。………っと、健斗が固まっている。かなり衝撃的だったのだろう。まあ無理もない。天音は普段とはまるで違う、別人のような振る舞いをしているのだから。
「すいません、美来ちゃん。話しにくいので、ちょっと離れてもらえませんか?」
「ふにゅ〜………わかった」
すごく名残惜しそうに飛鳥の身体から離れる天音。しかし、いきなり付き合ってもいない男子に飛び付くなんて、コイツは常識が分かってない。飛鳥も避けようとする素振りを全く見せないとは、優しいのか女に甘いのか………う〜ん
「みなさんは、球技大会の話は聞きましたか?」
「ああ、聞いたぞ」
俺が返事をするのに合わせて3人も頷いた。
「球技大会が行われるのは今日からちょうど一週間後の金曜日。この一週間の間にFクラスが優勝できるように、あなた方4人を鍛えます。」
「どういうことですか、飛鳥様?」
飛鳥の言葉にハテナ?を浮かべる3人。一週間かけて鍛えてまで優勝する理由が見当たらない。だが、アゲハは飛鳥と同じセキュリティプログラム、全て分かっているようだ。
「学園長に会ってきたんだね」
「ええ。科学部をつくるなら、球技大会で優勝するように、と言われました。」
「ちょっと待てよっ 科学部ってあるんじゃなかったのか?」
「うん、ないよ。見ての通り、わかるでしょ?」
アゲハがさらっと答えた。………確かに今ここにいるメンバー以外の部員は見てないし、顧問の先生だって知らない。飛鳥が科学部部長だと聞かされたからてっきり科学部はあるものだと思っていたが、これは部活が成り立っているような状態ではないよな。
「本来ならそんなに練習しなくとも優勝できるはずなのですが………」
「本来なら?」
鋭いな、天音は。おそらく飛鳥の言う"本来なら"というのは、この世界がバグに侵されていない状態のことを言っているのだろう。天音や健斗はここが小説の世界で、バグのせいで乱れていることは知らないから何の事か分からないのも無理はない。しかし、二人も同じ科学部で一緒に活動する仲間だ。このことはちゃんと話しておくべきだろう。
「本来ならっていうのはな、この世かぃうっ!………ぐふっ!?」
一瞬息が苦しくなり、俺は宙を舞った。ふぅ~なんかふわふわする。………っと危ない危ない。
「おいアゲハ!いきなり何するんだよ!?身体と意識が飛びそうになったんだが!」
「身体は飛んでたよ」
「ああ、分かってる。だから何でそんなことするんだよ?」
「えっと………ほら、あれよ!よくあるでしょ、カラスを飛ばしたくなることっ」
「あるあるだよねっ」
健斗………オマエは俺の不幸がそんなに楽しいか?そんなことあるわけないだろ。てか、認めたくない。いきなり喉を突かれ、鳩尾に張り手喰らわされるのがよくあることだというのなら、俺は人気の少ないところでひっそりと生きてやる。
「喧嘩するほど仲がいいって言う」
「っ!?」
天音の言葉に反応して健斗が襲ってきた。なんとか健斗の拳は免れたが、受け止めた手が痺れる。華奢なくせに力だけは無駄に強いな………
「喧嘩したら説也ともっと仲良くなれるよね?」
「ケンケン!それは喧嘩じゃなくて暴力だからやっちゃダメ!」
「そうなの?………うん、わかった」
俺以外が相手だとなんて素直なやつなんだ。納得いかんぞ、俺は。
とにかくありがとう、アゲハ。このまま健斗とやり合ったら俺の身体は持たなかっただろう。
「喧嘩はね、こうやってやるんだよ」
俺の生きる道は断たれた。逃げよう―――
「待って、カラスっ!」
物理室を出ようとする俺の足をアゲハが勢いよく引っ張った。ん?つい最近同じようなことがあった気がする。だが同じ過ちは犯さない。扉に手を付いて、顔面強打を避けた。
「甘いぞ、アゲハ。俺はそう何度も」
………俺の腕は伸びきり、手は扉の上をするすると駆け下りたと思った矢先、鼻先から猛烈な痛みが全身を一気に駆け巡った。
「ふぐぅ!」
そこまで引っ張られるとは思わなかった。くそっ、アゲハの方が一枚上手だったということか。それにしても俺ってこんなに運動神経悪いのか。普通手が先に床に着いて顔を打つことなんてないだろうに。
「足引っ張られたぐらいで顔を床にぶつけたりするかしら?普通手が先に―――」
「飛鳥!ごめんな、話の途中だったのに脱線させて」
天音の話を遮るように少し大きめの声で喋った。言うな天音。自分で思うのはまだいいが、人に言われるのは避けたい。
「ありがとう、カラスくん。それでは、話を続けさせていただきますね。実はこの球技大会には、先生だけで構成されたチームも出場するんです。」
「先生たちも出るの?」
「ええ。これが一番厄介なんです。この動画を見てください。」
そう言って飛鳥がノートパソコンを開いて動画を見せてくれた。