第二十五話:森の家族
ルウが先に歩いた。
「ついてこい」
ポウがにこにこしながら隣を歩いた。
「ついてこーーい」
「黙れ」
「えーなんでー」
誰も何も言えなかった。
◇
森の中を歩いた。
道はなかった。ルウが迷わず進む。獣道すら見えないところを、足元を確かめながら歩いていた。
木の根が張り出している。石が多い。傾斜がある。
ブロンが「歩きにくいな」と小声で言った。ゴルドが「黙って歩け」と言った。
リアだけが静かについていた。足音がしない。ルウが一度だけ振り返ってリアを見た。何も言わなかった。
ポウがリアの隣に来た。
「おねえさん、はやいね」
リアが少し目を細めた。
「そう?」
「うん。ルウよりはやくない?」
「黙れ」
ルウが言った。ポウがアハハと笑った。
◇
開けた場所に出た。
木々の間に、小さな家があった。石と木で組まれていた。煙突から煙が上がっている。裏手に黒ずんだ土の盛り上がりがあった。土窯だった。
ルウが家の前で止まった。
「ここで待て」
全員が止まった。
ルウが扉を叩いた。
しばらくして、扉が開いた。
女性だった。三十代ほど、髪を後ろで束ねている。腹が少し大きかった。腰に鉈を下げていた。目が鋭かった。
こちらを見た。
「誰だ」
「ゲオルクさんの紹介で来ました。アンピーク組合の顧問を務めています、ケンジと申します。本職はギルドの受付です」
女性がしばらくこちらを見た。
「……一人だけ入れ」
◇
中は思ったより広かった。
土間に作業台がある。棚に道具が並んでいる。奥に炉がある。
男が一人、作業台の前に立っていた。四十代ほど、がっしりした体格だった。腕に古い傷がある。こちらを見たが何も言わなかった。
女性が向かいに座った。
「ティエだ。あれはソルだ。奥のはムウ」
「ケンジです。よろしくお願いします」
奥の椅子に、老婆が座っていた。目を閉じている。寝ているのか、聞いているのか、わからなかった。
「用件を言え」
ティエが言った。
「炭の取引を増やしたいと思っています。生産量と提供量を、今より増やせないかと」
「手を抜いて作っているつもりはないぞ」
ティエの目が鋭くなった。
「存じています。だから話しに来ました。設備を増やすための費用はアンピークで持ちます」
ティエがしばらく黙った。
「……なぜ組合がそこまでする」
「街の需要が上がっています。これから先、もっと上がります」
「なぜ」
「炭の使い道が広がるからです。屋台や食堂の調理に使えます。火が安定するので料理の質が上がる。冬の暖にも使える。冒険者の野営にも最適です。煙が少ないので夜間でも安全に火が使える」
「それだけか」
「トイレの灰が肥料になります。畑に使えます。消臭にも使える。それと」
続けた。
「炭を焼く時に出る液があります。土窯だと染み出て捨てているものです」
ソルが少し動いた。
「……あれか」
「売れます」
ソルがティエを見た。ティエがソルを見た。
「防虫にも土壌改良にも使えます。今は厄介なものとして捨てているかもしれませんが、欲しがる人間は必ずいます」
「……捨てていた」
ソルが低く言った。
「鉄釜なら回収できます」
◇
「生産量を増やすには設備がいる」
ティエが言った。
「費用を持つと言ったが、街全体が動けばの話だろう」
「そうです。だから動いています」
ティエが少し止まった。
「鉄釜を使った作り方があります。今の土窯でも良い炭は作れています。ただ、温度管理が難しいので品質にばらつきが出やすい」
続けた。
「鉄釜なら温度の管理がしやすい。品質が安定します。生産量も今の二倍以上にできます。鍛冶屋のゲオルクさんに作ってもらえるはずです。家族で回せる規模で十分だと思っています」
部屋が静かになった。
ティエが低い声で言った。
「その知識はどこから来た」
「故郷で見たことがあります」
「故郷はどこだ」
「遠いところです。もう戻れない場所です」
「……なぜ教える。奪えばいい」
「奪っても作れません。作り方を知っている人間が必要です」
「それがお前か」
「私には木を見る目がありません。この知識を最大限に活かせるのはあなた方家族だけです。この森で暮らし続けてきた理由がそこにあるのだと思っています」
ソルが動いた。
作業台から離れて、こちらの向かいに座った。
それだけだった。でもそれで十分だった。
◇
「もう一つ話があります」
続けた。
「街が不穏です。隣国ランバルトの動きが活発になっています。王都からの視察も近い」
ソルの目が変わった。
ティエが「……森もざわついている」と言った。
「最近、魔獣の動きが変わった。奥から押し出されるように出てくる」
「ランバルトの影響だと思います。街が備えを作っている理由もそこにあります。炭の備蓄もその一つです」
部屋がしばらく静かだった。
炉の火が、小さく鳴った。
ソルが低く言った。
「……街は本気か」
「本気です」
◇
「一組合の顧問が」
ティエが言った。
「なぜそこまで街のために動く」
少し止まった。
「ギルドの職員として、できることをしていただけです」
間があった。
ティエが吹き出した。
ソルが少し目を丸くした。
その時、奥から声がした。
「ジンという子を知らないか」
目を閉じたまま、ムウが言った。
「知っています。最近ギルドに入りました」
ムウがゆっくり目を開いた。
「あれのババアが、最近やたら楽しそうに話す」
ケンジが少し首を傾げた。
「“字を覚え始めた”だの、“仕事を覚えた”だの。飯の時にずっと自慢しとる」
老婆が鼻を鳴らした。
「うるさいったらありゃしない」
ティエがケンジを見た。
「……あの子の職場か」
ティエがまだ笑っていた。ソルが小さく息を吐いた。
◇
その時、奥から足音がした。
扉が開いた。
老人だった。
背が高くはなかった。白髪で、皺が深い。腰が少し曲がっている。武器を持っていなかった。
ただ、入ってきた瞬間、空気が変わった。
老人がこちらを見た。
「ゲオルクの紹介か」
「はい」
「街から来たか」
「はい」
老人がしばらく黙った。
「ケンジ、と言ったな」
「はい」
それからティエに向いた。
「追い返すな」
ティエが少し目を細めた。
老人が続けた。
「客人だ」
部屋が静かだった。
老人がこちらを見た。
「ジャウだ。よく来た」
◇
外では、声がしていた。
「よしこい!!」
ブロンの声だった。
「うん!」
ポウの声だった。
どすん、という音がした。
しばらく何も聞こえなかった。
トールが「ブロンさん!?」と言った。ゴルドが「……やると思った」と言った。リアがポウを見た。
ポウがにこにこしていた。
アハハ、と笑った。




