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バタフライエフェクトギルド〜異世界のギルド、書類が山積みだったので全部やっておきました〜  作者: くろかっぱ
二章

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第二十一話:街のため、人のため

祭りから五日が経った。

バッハパックとレイクロークの予約台帳は、すでに二十人を超えていた。

旅人の一口の補充分も、アンばあさんとマレクが動き始めている。応急キットは昨日また五つ出た。


生産が追いつかない。

帳面を閉じた。土地の話をアンばあさんに持ちかけようと思っていた矢先だった。


ギルドの扉が開いた。


「あ、レモさんだ」

トールの声がした。


「珍しいな」

とゴルドが言った。


「ギルドに何しに来たんだ」

と別の冒険者が言った。


少し猫背で、やたらと愛想のいい男が入ってきた。レイモンドだった。普段着で、一人だった。

「いやあ、ちょっとね、ちょっとね」


レイモンドがペコペコしながら手を振った。冒険者に声をかけられるたびに丁寧に返している。


カウンターに近づいてきた。

「ケンジさんはいますかねえ」


「います」


「あらまあよかった。少しお時間いただけますか」


「どうぞ」



空いている部屋に案内した。

レイモンドが椅子に座った。背筋が少し伸びた。ほんの少しだけ、さっきと空気が変わった。

「単刀直入に申しますね」


「どうぞ」


「アンピークのことです」

レイモンドが懐から折りたたんだ紙を取り出した。広げると、数字が並んでいた。

「祭りの売上、今後の販売予測、ベルの加入者数。それと周辺の街への波及効果の試算です」

数字を見た。

この人、ちゃんと調べてきている。


一番上に旅人の一口とあった。

消耗品は強い。

改めてそう思った。


「雇用が生まれています」

とレイモンドが言った。


「バッハさん、エルミさん、マレクさん、ルードさん。それぞれの工房や店が潤えば、そこで働く人間も増える。街全体の信用と健全性が上がります」


「そうですね」


「収益も出ています。組合として機能すれば、この街の経済の柱になり得ます」


レイモンドが紙を折りたたんだ。

「ただ」


「リスクの話ですか」


「おわかりですか」


「模倣品と供給遅れと、王都絡みの商会の話だと思います」


レイモンドが少し目を細めた。

「さすがですねえ」


ペコペコが戻ってきた。でも目は笑っていなかった。

「模倣品は技術が広まれば必ず出ます。供給が追いつかない間は特に。それと」


レイモンドが少し間を置いた。


「王都は遠いですが、噂は早いんですよ」


さらっと言って、次の言葉に移った。


この人、怖い。

悪い意味じゃない。でも怖い。


「王都の商会がこの動きに気づけば、妬みや嫌がらせのリスクが生まれます。特に既存の利権を持っている連中は面白くないでしょう」


「わかっています」


「ここは勝負所だと思いまして」

レイモンドがそこだけ、ペコペコじゃない顔で言った。


「条件が多くて警戒させてしまうかもしれませんが」

レイモンドが続けた。

「私はケンジさんの味方ですよ。街の味方でもありますし」


「わかっています」


「本当ですか」


「はい」


レイモンドが少し笑った。


「土地、人材、資金。出せるものは出します。何が必要ですか」


少し考えた。


「順番があります」


「どういう順番ですか」


「今すぐ必要なのは土地です。工房を広げる場所がないと生産が増やせない。バッハさんもエルミさんも、今の場所では限界が来ています」


「では土地から」


「人材はアンさんたちに心当たりがあるか確認してからです。知らない人間を入れると軋轢が生まれる。急ぎません」


「なるほど」


「資金は最後です。仕組みが固まる前に資金だけ増えても使いどころがない」


レイモンドがしばらく黙った。

紙を見ていた。それから顔を上げた。

「……ケンジさん、あなた本当に面白い人ですねえ」


ペコペコが戻ってきた。

「ガドさんが珍しく饒舌になるわけだ」


何も言えなかった。


「それと」

レイモンドが続けた。


「旅人の一口、試算では一番上に来ています」


「消耗品は強いですね」


「ええ。ただ」


レイモンドが少し間を置いた。


「夏は、どうしますか」


少し止まった。


今は冬に向けての需要で売れている。暖を取りながら食べられる、腹持ちがいい、携帯しやすい。夏になれば条件が変わる。

「……考えていませんでした」


「そうでしょうね」

レイモンドがにこっと笑った。


「急ぎませんが、マレクさんと話しておく価値はあると思いますよ」


「……マレクさんに聞いてみます」


「それがよろしいかと。もう一つだけ、よろしいですか」

声のトーンが少し変わった。


「どうぞ」


「ケンジさん、あなた自身のことも少し考えておいた方がいいですよ」


「どういう意味ですか」


「街が大きくなれば、作った人間にも目が向きます。素性の話です」


少し間があった。


「……書類が必要ですか」


「いずれは。今すぐではないですが」


レイモンドがそこだけ、真顔で言った。

「私にできることは土地と書類だけですから」


懐からさっきとは違う紙を取り出し、立ち上がった。

「即答は難しいでしょうから、皆さんと相談してください」


受け取った。

それだけ言って、扉を開けた。



ギルドの中を歩いていくレイモンドに、冒険者が声をかけた。

「レモさん、また来てよ」


「はあ、もう、そうでございますよねえ」

ペコペコしながら手を振って、出ていった。


扉が閉まった。


手の中の紙を広げた。


土地の候補が三箇所、地図付きで整理されていた。場所、広さ、現在の用途、取得にかかる時間の目安。全部書いてある。

昨日今日で用意した資料じゃない。

いつから準備していたのか、聞きそびれた。

いや、聞いても教えてくれなかっただろう。


マーサが横に来た。

「どうだった、ケンジさん」


「……怖い人です」


マーサが少し首を傾げた。

「怖いのかい? 何か怒られたのかい?」


「怒られてはいないです」


「じゃあ怖くないじゃないか」

マーサが不思議そうな顔のまま、自分の持ち場に戻っていった。



夜、アンばあさんの食堂だった。

夕食が終わりかけた頃、紙を取り出した。

「アンさん、少しいいですか」


「なんだい」


「今日、レモさんが来まして」


アンばあさんが少し目を丸くした。

「レモさんが? ギルドに?」


「はい」


紙を渡した。


アンばあさんが受け取って、広げた。しばらく黙って見ていた。

「……あらまあ」


それだけだった。


「明日、皆さんに見せてください」


「そうするよ」


アンばあさんがもう一度、紙を見た。

「レモさん、こんなに調べてたんだねえ」


「そうみたいです」


「いい人だよ、あの人は」


「そうですね」


怖い人でもありますが。


心の中だけでそう思った。


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