第十四話:許可と始まり
翌朝、アンばあさんと執務室に向かった。
「アンさんも話があるんでしたよね」
「そうだよ、ガドさんに直接言いたいことがあってねえ」
扉をノックする。
「なんだ」
扉を開けた。ガドが書類から顔を上げた。アンばあさんを見て、わずかに目が動いた。
「アンさんも来たのか」
「私も話があってねえ」
アンばあさんが椅子に座った。ガドが少し間を置いてから、こちらに顎をしゃくった。
「話せ」
帳面を開いた。
「三つあります。一つ目、アンさんの道具屋を中心にした商品開発と商人組合の設立。二つ目、冒険者と街の住人向けの預かり金制度。三つ目、ギルドの人員補充です」
ガドが少し黙った。
「順番に聞く。組合から言え」
「アンさんの道具屋、バッハの工房、布屋、食材屋が連携して商品を作り、仕入れを共同でやる仕組みです。名前はアンピーク。アンさんが中心になります」
「儲かるか」
「儲かります。冒険者の需要が安定している限り」
ガドがアンばあさんを見た。
「アンさん、本当にやるのか」
「そのつもりだよ」アンばあさんが少し背筋を伸ばした。「一人じゃ無理だから、みんなに声をかけたいんだけどね。正式に動かすには町長の許可がいるんだろう?」
「商人組合なら必要だな」
「じゃあレモさんのとこに行けばいいかい」
「そうなる」
アンばあさんが頷いた。「わかった、後で行ってみるよ」
「二つ目を聞かせろ」
「ベルという制度です」
説明した。積み立て型と共済型の二種類。報酬を預ければ怪我で動けない時に引き出せる。冒険者だけでなく街の住人も商人も加入できる。アンピークの資金とも連携できる。
ガドが黙って聞いていた。
「資金はどうする」
「最初はギルドの収益から少額を出します。加入者が増えれば自走します。試算しました」
帳面を差し出した。ガドが受け取って、数字を見た。
「……保守的な数字か」
「そうです。楽観的な予測は使っていません」
ガドが帳面を閉じた。
「やれ」
「ありがとうございます」
アンばあさんが「ガドさん、ありがとうねえ」と言った。ガドが少し顔を逸らした。
「三つ目は人員の話だ」
「はい。今のギルドの人員では、アンピークとベルが動き出した時に手が回らなくなります」
「何人必要だ」
「三人です」
ガドが少し間を置いた。
「じゃあ三人まで登用していい。ただし採用はお前が判断しろ。俺は最終確認だけする」
「わかりました」
「以上か」
「以上です」
ガドがアンばあさんを見た。
「アンさん、町長への話は早めに行け。あの人、段取りを踏まないと動かない」
「知ってるよ」アンばあさんが笑った。「ガドさんが珍しく饒舌だよ、今日」
「そういうわけじゃない」
「そうかねえ」アンばあさんが少し表情を和らげた。「ケンジさん、ちゃんと根付いてるよ。私が保証する」
ガドが書類に視線を戻した。それが終わりの合図だった。
執務室を出た。廊下でアンばあさんが小さく笑った。
「ケンジさん、ガドさんがああいう顔するの、珍しいんだよ」
「どういう顔ですか」
「安心した顔」
私にはよくわからなかった。
アンばあさんを長屋まで送り、ギルドに戻る。町長への打診は後日でいいということになった。
レモさんというのはアンばあさんや街の人の呼び方で、正式にはレイモンドさんというらしい。
◇
カウンターに戻ると、マーサが隣に来た。
「三人採用するって、本当かい」
「ガドさんに許可をもらいました」
「誰を考えてるんだい」
「まだ決まっていないです。心当たりがあれば教えてください」
マーサが少し間を置いた。
「……一人、心当たりがあるんだよねえ」
「どんな方ですか」
「商家の娘でね。頭がよくて、真面目で。でも次女だから家を継げなくて、自分の居場所を探してるみたいで」
「ここに合うと思いますか」
「うん」マーサが頷いた。「私が見てきた中で一番仕事ができる子だよ。声かけていいかい」
「お願いします」
マーサが少し嬉しそうな顔をして、自分の持ち場に戻っていった。
残り二人はまだわからない。でも焦ることはない。必要な時に、必要な人間が現れる。
今までそうだった。
◇
商品が出来上がったのは、それから十日後だった。
最初に完成したのは旅人の一口だった。
アンばあさんと食材屋のマレクが三日かけて作った。小さな丸い塊。一口で収まる大きさ。蜂蜜の甘み、木の実の香ばしさ、穀物の腹持ちが全部入っている。
「試食してもらっていいですか」
トールが一つ口に入れた。しばらく黙っていた。
「……美味しいです」
「疲れている時にどうですか」
「食べやすいです。噛まなくていい」
「それが目的です」
ブロンが三つ一気に口に入れた。
「うまい!! で、腹持ちはどうだ」
「三個で一時間は持ちます。一日分なら十個程度です。重さは干し肉の半分以下です」
「革袋に入れれば二十日は持ちます。湿気には弱いので気をつけてください」
ブロンが目を丸くした。「遠征に最高じゃないか!!」
アンばあさんが嬉しそうな顔をした。
「名前はどうしますか」
「旅人の一口、なんてどうだい。旅人が一口食べればいい、ってことで」
「いい名前ですね」
アンばあさんが照れくさそうに笑った。
応急キットが完成したのは、その翌日だった。
小さな革袋に、清潔な布と強い酒の小瓶が入っている。使い方を書いた紙も一緒に入れた。
ゴルドが受け取って、中を確認した。
「これだけか」
「それだけで十分です」
「……簡単だな」
「シンプルな方がいいです。難しいことを書いても、怪我をした時には読む余裕がない」
ゴルドが紙を読んだ。それから小さく頷いた。
「次からはこうする」
「次がないのが一番いいですが」
ゴルドが少し口元を緩めた。
革製水筒はバッハが仕上げた。軽い。割れない。蓋がしっかり閉まる。陶器の三分の一以下の重さだった。
ブロンが受け取って、一度放り上げてから受け取った。
「なんだこれ、軽いな」
「軽いです」
ブロンが石畳の上に思いっきり叩きつけた。
ティナが悲鳴を上げた。
水筒は無傷だった。
「ガハハ!! いいな!! 盾の隙間に挟んでも割れない!!」
「乱暴に扱うのは想定内でしたが、そこまでは想定外でした」
「褒めてるんだぞ!!」
ブロンが水筒を高く掲げた。その様子を見ていた冒険者が何人か近づいてきた。
「どこで買えるんだ」
「アンピークだよ!!」
ブロンが元気よく答えた。
トールテックは布屋のエルミが仕上げた。薄い。革鎧の下に着ても動きに支障がなさそうだ。
トールに渡した。
「名前はトールテックにします」
「え、俺の名前ですか」
「最初に試してもらうので」
「いいんですか」
「別に深い意味はないです」
トールがなんとも言えない顔をした。
翌朝、走り込んできた。
「ケンジさん!! あれすごいです!! 全然違います!!」
「よかったです」
「アンばあさん天才じゃないですか!!」
「エルミさんの腕もです」
「全員天才じゃないですか!!」
アンばあさんがにこにこしていた。
◇
旅人の一口とトールテック、革製水筒と応急キットが道具屋の棚に並んだのは、その週のうちだった。
最初に買ったのはカーラだった。
旅人の一口を手に取って、一口食べて、アンばあさんに「これ二十個」と言った。それだけだった。
翌日から、出発前に道具屋に寄る冒険者が増えた。
ゴルドが旅人の一口を袋に詰めながら、アンばあさんに言った。
「これ、もっと早くあればよかった」
「そうだよねえ」とアンばあさんが答えた。「でもケンジさんが来るまで思いつかなかったよ」
「そうか」ゴルドが袋を閉じた。「助かるよ」
ボードに新しく一行書き加えた。
《防寒と行動食と応急キットはアンピークで》
マーサが横から見ていた。
「さりげなく宣伝してるねえ」
「事実です」
マーサが苦笑した。
◇
夜、帳面を開いた。
アンピーク、ベル、組合の許可が下りた。商品が棚に並んだ。人員補充の話も動き始めた。
残っているのは組合の町長許可と、あと二人の採用だ。
窓の外が暗かった。
東の森の話はまだ続いている。でも今夜はそれじゃない。
今日できることは、今日やった。
帳面を閉じた。




