第九話:うだつの上がらない男には、理由があった
ゴルドが新人冒険者の面倒をよく見ていることに気づいたのは、台帳を整理していた時だった。
ゴルドの依頼記録を遡っていると、妙なパターンが見えてきた。単独の依頼より、複数人での依頼が多い。しかもパーティーメンバーが毎回違う。
報告書を読むと理由がわかった。「新人の同行依頼を引き受けた」という記述が何度も出てきた。
マーサに確認した。
「ゴルドさん、新人によく声をかけてるんだよ。断れない人だから、頼まれたら全部引き受けちゃってねえ」
「ギルドとして新人育成の仕組みはあるんですか」
「特にないねえ。先輩冒険者に付いて覚える感じで。ゴルドさんが引き受けてくれるもんだから、最近はゴルドさん頼みになってるのよね」
そうか。ギルドが無意識にゴルドに甘えている。
しかも——本当の意味で新人の助けになっているのか?
ゴルドが教えているのは戦い方だった。
剣の振り方。魔獣との距離。盾を出すタイミング。危険な足場。
実戦で生き残る技術だ。
でも——新人たちの報告書を読むと、別の理由で潰れていく者が多かった。
無理な依頼の詰め込み。睡眠不足。焦り。怪我を隠したままの出発。空腹。
魔獣に殺される前に、自分の管理で崩れている。
ゴルドは悪くない。むしろ、かなり面倒見がいい方だと思う。
ただ、この世界にはまだ、「長く働くための技術」を教える文化がない。トールがそうだったように。
そして何より、冒険者の仕事は一歩間違えれば死ぬ。
仕組みを作らないといけない。
その日の夜、帳面を二冊用意した。一冊目に基礎知識をまとめた。二冊目に研修制度の草案を書いた。
座学と実地の二本立て。登録から最初の一ヶ月は必ず経験者と組む。担当はローテーションにする。経験者には報酬を弾む。
座学で教えることは三つだけにした。依頼書の読み方。撤退の判断基準。応急処置の基礎。
難しいことは要らない。まず生きて帰ることが最優先だ。
実地研修は固定制にしなかった。担当をローテーションにする。一人に負担を集中させないためだ。
ただし、基準は必要だった。
新人を連れて帰ってくる技術。無理をさせない依頼選び。危険を察知した時の撤退判断。
このギルドで、それを一番自然にできていた人間がいる。ゴルドだ。
だから実地手引きの基準は、ゴルドの報告書と行動記録を元に作ることにした。
問題は座学だった。細かくて、面倒で、でも重要な部分。
一人、適任がいた。ベックだ。
細かい。融通が利かない。ルールにうるさい。
でも逆に言えば、一番ミスを見逃さない人間でもある。
新人教育で一番危険なのは、「まあいいか」が積み重なることだ。
私は草案に名前を書き加えた。
座学担当——ベック。
もう一人、思い当たる人間がいた。
その日の昼、ギルドの裏手でゲッツを見かけた。処分後、雑用仕事を回されているらしかった。薪運びをしていた。文句を言いながらも、手は止めていなかった。
「おい、そっち積みすぎだ。崩れるぞ」
近くにいた新人冒険者に声をかけていた。口は悪い。でも教え方は妙に具体的だった。
「ロープは先に結び目作っとけ。焦ると指が動かなくなる」
「討伐証明は切る前に確認しろ。帰ってから足りねえと地獄見るぞ」
新人が「なるほど……」と頷いていた。
……意外だった。
不正をする人間は、もっと雑なタイプだと思っていた。でも違う。この男は、ルールを理解した上で穴を突いていた。
つまり——ルールそのものには詳しい。
不正の手口を一番よく知っている人間が、依頼書の読み方とルールを教える側に回る。「俺みたいな手口に引っかかるな」という実体験から話せる。説得力がある。
更生の機会にもなる。まあ、本人次第だが。
◇
翌朝、ガドに見せた。
「新人向けの手引きと、研修制度の草案です」
ガドがしばらく読んだ。
「座学担当はベックか」
「適任だと思います」
「本人が嫌がりそうだが」
「嫌がると思います」
ガドが少し口元を歪めた。
「補助講師のゲッツってのは」
「不正を知っている人間は、不正の防ぎ方も知っています」
「……あいつに更生の機会をやるのか」
「使える人材は使った方が得です」
ガドが草案を閉じた。
「登録から最初の一ヶ月、必ず経験者と組む仕組みです。担当はローテーションにして、報酬を弾みます。ギルドの収益から出します」
「……今の収益で賄えるか」
「試算しました。問題ないです」
「やれ」
「わかりました」
◇
制度が動き始めて一週間が経った。新人がゴルドの周りに群がる光景が減った。代わりに、手引きを読みながらカウンターに質問に来る新人が増えた。
講習初日、ベックは新人たちの前で開口一番こう言った。
「提出書類に不備があると、最悪、報酬は出ません」
新人たちが静かになった。
「だから私はうるさく言います。覚えてください」
隣でゲッツが腕を組んでいた。
「討伐証明は切る前に数えろ。帰ってから足りねえと地獄見るぞ」
ベックが横から冷たく言った。
「経験者です」
「……そうだよ」
新人たちが微妙な顔をした。でも誰も笑わなかった。話が妙に具体的だったからだ。
ゴルドの月の依頼数が平均に近づいた。
トールが手引きを見て言った。
「これ、俺が最初に試したやつじゃないですか」
「そうです」
トールがにこにこし始めた。
「実証済みなので」
トールのにこにこが止まらなかった。
ティナが新人に手引きを渡す係になっていた。
「これ読んでおいてね! 大事なことが全部書いてあるから!」
嬉しそうだった。自分の仕事ができた、という顔だった。
◇
ゴルドが報告書を出しに来たのは、制度が動き始めて十日後だった。
「ケンジさん」
「はい」
「あの手引き、お前が作ったのか」
「そうです」
「新人に同じことを何度も話してたから、まあ、助かるな」
ゴルドが少し笑った。
「……最近、前より疲れなくなった」
その言葉が、妙に印象に残った。
「ゴルドさんが毎回丁寧に教えていたのは知っていました」
「そうか」
「でも消耗しすぎていました」
「まあ、そうかもな」
ゴルドが少し考えるような顔をした。
「俺が本来やるべきことは、新人の世話じゃないと思ってるか」
気づいていたか。
「少し思っていることがあります。でも今日じゃないです」
ゴルドが少し目を細めた。
「なぜだ」
「もう少し後の方がいいと思うので」
ゴルドが少し笑った。
「そうか。まあ、待つよ」
それだけ言って、帰っていった。
翌朝、アンばあさんの食堂で、ゴルドが珍しくトールの隣に座っていた。トールが何か話しかけて、ゴルドが短く答えていた。
アンばあさんが私の隣に来て、こっそり耳打ちした。
「ゴルドさん、最近少し顔色がよくなったねえ」
「依頼の数が減りましたから」
「ケンジさんのおかげだね」
「仕組みを作っただけです」
アンばあさんがにこっと笑った。
「でもその仕組みを作ったのはケンジさんだよ」
私はスープを飲んだ。まあ、そうかもしれないけど。
ゴルドが食堂の出口で振り返った。トールに何か一言言って、出ていった。トールが嬉しそうな顔をしていた。
ゴルドさんは、前に立つだけじゃない場所があることを、少しずつ知り始めていた。
でも今日のところは、これでいい。
悪くない、と思った。




