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バタフライエフェクトギルド〜異世界のギルド、書類が山積みだったので全部やっておきました〜  作者: くろかっぱ
一章

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第九話:うだつの上がらない男には、理由があった

ゴルドが新人冒険者の面倒をよく見ていることに気づいたのは、台帳を整理していた時だった。

ゴルドの依頼記録を遡っていると、妙なパターンが見えてきた。単独の依頼より、複数人での依頼が多い。しかもパーティーメンバーが毎回違う。

報告書を読むと理由がわかった。「新人の同行依頼を引き受けた」という記述が何度も出てきた。

マーサに確認した。


「ゴルドさん、新人によく声をかけてるんだよ。断れない人だから、頼まれたら全部引き受けちゃってねえ」


「ギルドとして新人育成の仕組みはあるんですか」


「特にないねえ。先輩冒険者に付いて覚える感じで。ゴルドさんが引き受けてくれるもんだから、最近はゴルドさん頼みになってるのよね」


そうか。ギルドが無意識にゴルドに甘えている。

しかも——本当の意味で新人の助けになっているのか?


ゴルドが教えているのは戦い方だった。

剣の振り方。魔獣との距離。盾を出すタイミング。危険な足場。

実戦で生き残る技術だ。


でも——新人たちの報告書を読むと、別の理由で潰れていく者が多かった。

無理な依頼の詰め込み。睡眠不足。焦り。怪我を隠したままの出発。空腹。

魔獣に殺される前に、自分の管理で崩れている。

ゴルドは悪くない。むしろ、かなり面倒見がいい方だと思う。

ただ、この世界にはまだ、「長く働くための技術」を教える文化がない。トールがそうだったように。

そして何より、冒険者の仕事は一歩間違えれば死ぬ。


仕組みを作らないといけない。


その日の夜、帳面を二冊用意した。一冊目に基礎知識をまとめた。二冊目に研修制度の草案を書いた。

座学と実地の二本立て。登録から最初の一ヶ月は必ず経験者と組む。担当はローテーションにする。経験者には報酬を弾む。


座学で教えることは三つだけにした。依頼書の読み方。撤退の判断基準。応急処置の基礎。

難しいことは要らない。まず生きて帰ることが最優先だ。


実地研修は固定制にしなかった。担当をローテーションにする。一人に負担を集中させないためだ。

ただし、基準は必要だった。

新人を連れて帰ってくる技術。無理をさせない依頼選び。危険を察知した時の撤退判断。

このギルドで、それを一番自然にできていた人間がいる。ゴルドだ。

だから実地手引きの基準は、ゴルドの報告書と行動記録を元に作ることにした。


問題は座学だった。細かくて、面倒で、でも重要な部分。

一人、適任がいた。ベックだ。

細かい。融通が利かない。ルールにうるさい。

でも逆に言えば、一番ミスを見逃さない人間でもある。

新人教育で一番危険なのは、「まあいいか」が積み重なることだ。

私は草案に名前を書き加えた。

座学担当——ベック。


もう一人、思い当たる人間がいた。

その日の昼、ギルドの裏手でゲッツを見かけた。処分後、雑用仕事を回されているらしかった。薪運びをしていた。文句を言いながらも、手は止めていなかった。

「おい、そっち積みすぎだ。崩れるぞ」


近くにいた新人冒険者に声をかけていた。口は悪い。でも教え方は妙に具体的だった。

「ロープは先に結び目作っとけ。焦ると指が動かなくなる」


「討伐証明は切る前に確認しろ。帰ってから足りねえと地獄見るぞ」


新人が「なるほど……」と頷いていた。

……意外だった。

不正をする人間は、もっと雑なタイプだと思っていた。でも違う。この男は、ルールを理解した上で穴を突いていた。


つまり——ルールそのものには詳しい。


不正の手口を一番よく知っている人間が、依頼書の読み方とルールを教える側に回る。「俺みたいな手口に引っかかるな」という実体験から話せる。説得力がある。

更生の機会にもなる。まあ、本人次第だが。



翌朝、ガドに見せた。

「新人向けの手引きと、研修制度の草案です」


ガドがしばらく読んだ。

「座学担当はベックか」


「適任だと思います」


「本人が嫌がりそうだが」


「嫌がると思います」


ガドが少し口元を歪めた。


「補助講師のゲッツってのは」


「不正を知っている人間は、不正の防ぎ方も知っています」


「……あいつに更生の機会をやるのか」


「使える人材は使った方が得です」


ガドが草案を閉じた。


「登録から最初の一ヶ月、必ず経験者と組む仕組みです。担当はローテーションにして、報酬を弾みます。ギルドの収益から出します」


「……今の収益で賄えるか」


「試算しました。問題ないです」


「やれ」


「わかりました」



制度が動き始めて一週間が経った。新人がゴルドの周りに群がる光景が減った。代わりに、手引きを読みながらカウンターに質問に来る新人が増えた。

講習初日、ベックは新人たちの前で開口一番こう言った。

「提出書類に不備があると、最悪、報酬は出ません」


新人たちが静かになった。

「だから私はうるさく言います。覚えてください」


隣でゲッツが腕を組んでいた。

「討伐証明は切る前に数えろ。帰ってから足りねえと地獄見るぞ」


ベックが横から冷たく言った。

「経験者です」


「……そうだよ」


新人たちが微妙な顔をした。でも誰も笑わなかった。話が妙に具体的だったからだ。

ゴルドの月の依頼数が平均に近づいた。

トールが手引きを見て言った。

「これ、俺が最初に試したやつじゃないですか」


「そうです」


トールがにこにこし始めた。


「実証済みなので」


トールのにこにこが止まらなかった。


ティナが新人に手引きを渡す係になっていた。

「これ読んでおいてね! 大事なことが全部書いてあるから!」


嬉しそうだった。自分の仕事ができた、という顔だった。



ゴルドが報告書を出しに来たのは、制度が動き始めて十日後だった。


「ケンジさん」


「はい」


「あの手引き、お前が作ったのか」


「そうです」


「新人に同じことを何度も話してたから、まあ、助かるな」


ゴルドが少し笑った。

「……最近、前より疲れなくなった」


その言葉が、妙に印象に残った。


「ゴルドさんが毎回丁寧に教えていたのは知っていました」


「そうか」


「でも消耗しすぎていました」


「まあ、そうかもな」


ゴルドが少し考えるような顔をした。


「俺が本来やるべきことは、新人の世話じゃないと思ってるか」


気づいていたか。


「少し思っていることがあります。でも今日じゃないです」


ゴルドが少し目を細めた。

「なぜだ」


「もう少し後の方がいいと思うので」


ゴルドが少し笑った。


「そうか。まあ、待つよ」


それだけ言って、帰っていった。

翌朝、アンばあさんの食堂で、ゴルドが珍しくトールの隣に座っていた。トールが何か話しかけて、ゴルドが短く答えていた。

アンばあさんが私の隣に来て、こっそり耳打ちした。

「ゴルドさん、最近少し顔色がよくなったねえ」


「依頼の数が減りましたから」


「ケンジさんのおかげだね」


「仕組みを作っただけです」


アンばあさんがにこっと笑った。

「でもその仕組みを作ったのはケンジさんだよ」


私はスープを飲んだ。まあ、そうかもしれないけど。

ゴルドが食堂の出口で振り返った。トールに何か一言言って、出ていった。トールが嬉しそうな顔をしていた。


ゴルドさんは、前に立つだけじゃない場所があることを、少しずつ知り始めていた。

でも今日のところは、これでいい。

悪くない、と思った。

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