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ギロチン回避は無理ゲーですか? 〜モブ令嬢に転生したので、史実通りにフラグをへし折ります〜  作者: 紅茶


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 逃走資金を稼ぐ。


 そう高らかに宣言したものの、具体的にどうやって金を作るかという大問題が立ちはだかっていた。


 俺の脳内ハードディスク(大学の西洋史専攻で培った知識)を検索した結果、真っ先にヒットしたのは、いわゆる「内政チート」である。


 転生モノの定番といえばこれだ。


 現代の進んだ農業知識を中世レベルの異世界に持ち込み、爆発的に収穫量を増やして領地を豊かにする。


 完璧なシナリオじゃないか。ルクレール家には猫の額ほどの領地と、そこで細々と麦を作っている領民がいる。


 これを利用しない手はない。


「というわけでジャン、今日から我が領地では『ノーフォーク農法』を導入するわ」


 数日後。


 俺は書斎のデスクにふんぞり返り、手書きの図解を交えながらジャンに得意げに説明していた。


「ノーフォーク……農法、ですか?」


「ええ。小麦、カブ、大麦、クローバーを一年ごとに順番に植えていく四輪作のことよ。これなら土地を休ませる必要がないし、カブとクローバーは家畜の冬の飼料になる。さらに家畜の糞尿を肥料に回せば、農業と牧畜の素晴らしいサイクルが完成するというわけ」


 どうだ、と俺は内心でドヤ顔をキメた。


 これは18世紀のイギリスで確立され、農業革命の原動力となった画期的なシステムだ。


 フランスで一般化するのはもう少し先のはずだから、今これを導入すれば先行者利益で大儲け間違いなしである。


 しかし、俺の熱弁を聞き終えたジャンは、感心するどころか、ひどく冷ややかな目で俺の手書きの図解を見下ろしていた。


「……お嬢様。いくつかよろしいでしょうか」


「何かしら」


「まず、その『クローバー』なる牧草ですが。一体どこから種を調達するおつもりですか? 我が領地の周辺でそのようなものを大量に売っている商人など、聞いたことがありませんが」


「えっ」


 ……あ。


 言われてみれば、そうだ。ホームセンターの園芸コーナーに行けば一袋数百円で売っている種も、この時代では手に入らない可能性が高い。


「それに、カブです。農民たちは代々、自分たちが食べるための麦を作ってきました。それを突然、『今年からカブを植えろ』と言われて、はいそうですかと従うでしょうか。彼らにも生活があるのですよ。失敗した時の保証は誰がするのですか? 我が家にそんな余裕はないはずですが」


「う……」


「さらに言えば、新しい農法を文字の読めない農民たちに一から教え込むための時間と労力、いわゆる教育コストは計算に入っておりますか? 私たちは『近いうちに』逃げるのですよね?」


「…………」


 ぐうの音も出ない。


 ジャンの指摘は、冷酷なまでに論理的で、そして正しかった。


 俺は致命的な勘違いをしていたのだ。


 知識があることと、それを実行できる環境があることはイコールではない。


 現代の農業がなぜあんなに効率的かといえば、品種改良された頑丈な種、トラクターという重機、そして何より「化学肥料」と「農薬」というチートアイテムが存在するからだ。


 何もないこの18世紀の片田舎で、ノートに書いた理論だけで農作物がポンポン育つわけがない。


 よく考えたら、俺自身、ベランダでミニトマトすらまともに育てたことがない素人なのだ。


 そんな奴が、天候や病害虫と命懸けで戦っている本職の農民を指導しようなんて、おこがましいにも程がある。


「異世界転生モノの主人公たち、どんだけチートなんだよ……」


 俺は机に突っ伏し、日本語で小さく愚痴をこぼした。


 彼らはきっと、カリスマ性や謎の魔力で農民を洗脳……いや、魅了しているに違いない。


 ずるい。


 俺にも「全自動種まき魔法」とかそういうのを寄越せよ。


「……何か仰いましたか?」


「なんでもないわ。農業改革は白紙撤回。忘れてちょうだい」


 俺は手書きの図解をクシャクシャに丸め、ゴミ箱(という名の木箱)に放り投げた。


 第一の矢、農業チート、見事に不発。


 逃走資金獲得への道のりは、想像以上に険しい泥道だった。


「仕方ありませんね。……では、農業がダメなら、別の手段を考えましょう。お嬢様のその奇抜な発想力自体は、決して無駄ではないと思いますよ」


 落ち込む俺を見て、ジャンが微かに口角を上げてそう言った。


 慰められているのか、馬鹿にされているのか判然としないが、彼のその抜け目ない目は、すでに次の獲物を探しているようだった。


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