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ギロチン回避は無理ゲーですか? 〜モブ令嬢に転生したので、史実通りにフラグをへし折ります〜  作者: 紅茶


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 息ができない。


 目を覚まして最初に感じたのは、圧倒的な酸素不足だった。


 金縛りか何かだろうか。


 いや、違う。物理的に胸部が圧迫されている。


 大きく息を吸い込もうとしても、肋骨が悲鳴を上げるだけで、一向に肺が膨らむ気配がない。


 それに、ひどくきつい匂いがする。


 爽やかさの欠片もない、暴力的なまでに甘ったるい香水と、粉っぽい白粉おしろいの匂い。


 パチリと目を開けると、視界に飛び込んできたのは、無駄に豪華な天蓋付きのベッドだった。


 ひらひらとしたレース。

 過剰な装飾の施された柱。


 どう考えても、俺の部屋じゃない。

 俺の住んでいたアパートはもっと殺風景で、六畳一間の家賃相応の狭さだったはずだ。


「おはようございます、マリーお嬢様。本日は素晴らしい快晴でございますよ」


 決まり切った定型句。


 聞き慣れない、しかしなぜか脳内で完璧に日本語へと翻訳されるフランス語。


 声の主は、質素だが仕立ての良いメイド服を着た見知らぬ女性だった。


 彼女は手際よく俺の体を起こすと、まるで着せ替え人形でも扱うかのように、巨大な姿見の前に俺を立たせた。


「……えっと」


 声に出そうとして、喉から出たのは鈴を転がすような高く細い声だった。


 鏡の中にいたのは、もちろん、寝癖のついた冴えない男子大学生ではない。


 金糸のような髪を複雑に結い上げられ、これでもかとフリルとリボンをあしらった豪奢なドレスを着せられた、十代半ばの少女だった。


 その華奢な胴体は、親の仇のようにきつく締め上げられたコルセットによって、不自然なくらい細くくびれている。


 息苦しい原因はこれか。


 中世ヨーロッパの服飾史において、コルセットが女性の骨格まで変形させていたという記述を読んだ記憶があるけれど、まさか自らの体でその拷問器具の威力を体験することになるとは思わなかった。


 いや、それよりもだ。


 俺、男だったはずなんだけど。


 控えめに言って、パニックである。


 夢ならさっさと覚めてほしい。


 しかし、肋骨を締め付ける痛みと、鼻を突く香水の匂いは、これが紛れもない現実であることを容赦なく突きつけてくる。


 混乱する頭に、見知らぬ記憶が波のように押し寄せてきた。


 ルクレール子爵家。


 マリー・ルクレール。15歳。


 そして今は、1780年代初頭のフランス王国。


 つまりこれは、いわゆる異世界転生という奴か?

 いや、昔に遡っているからタイムスリップ?

 あるいは俺の意識が、昔の人に憑依しているとか?

 そうなると、どのようなジャンルの話になるのかは。

 正直創作的な小説にあまり明るくない自分としては、この辺りのジャンル分けには難儀する。


 なんてことはどうでもいいのだ。


 いや。

 いやいやいや。

 ちょっと待て。 


 歴史オタクの端くれとして、ていうか大学で一応西洋史を専攻してるのだから、つーか高校世界史って必須科目だし常識なのかもしれにいけれど、現在の状況と時代背景を照合していと、あまり受け入れたくない事実というか歴史的事象を想起してしまう。


 知識というものは、時に残酷だ。


 知らなければ、ただ「豪華なお姫様に転生した!」とか無邪気に喜べたかもしれないのに。


 1789年、フランス革命勃発。


 1793年、国王ルイ16世および王妃マリー・アントワネット処刑。


 この辺りはよくよく知られていることであろう。


 だがフランスが本当に混迷を極めるのはこの2人を処刑した後のこと。


 王家という権威を持たない革命政府は、その後ろ盾として実体のある権威ではなく、抽象的な、しかし確実に他者を縛る明確な概念を持ち出したのである。


 それは即ち、恐怖。

 

 その後訪れるのは、身分を問わず次々と人がギロチン送りにされる恐怖政治の時代。

 曰く、1ヶ月半のうちに1500程の人間をギロチンにて胴かろ首を永遠のお別れバイバイしたのである。


 ……え?


 ちょっと待ってほしい。


 俺は今、18世紀フランスの、それも貴族の娘?


 ということは。

 ということはだよ。


 あと十年足らずで、俺たちの首、物理的に飛ぶのでは?


 なんなら処刑されるのはまだマシな方で、王党派とか反革命派なんかは、記録にないけど数万人規模で虐殺されたとも言う。


 あれ、詰んでね?


「お嬢様? お顔色が優れませんが、いかがなさいましたか?」


 メイドが心配そうに覗き込んでくる。


「い、いえ……何でもありませんわ。少し、コルセットがきついようで……」


 引き攣った笑みを浮かべながら、俺は慣れない女性語を口にする。


 再び大きく息を吸い込もうとして、やはりコルセットに阻まれた。


 ただでさえ酸欠気味の頭が、さらなる絶望によってクラクラと揺れる。


 ギロチン。


 あの重く冷たい刃が、首筋に落ちてくる感覚は想像しただけで身震いがした。


 平和な現代日本から一転、気づけば断頭台へのカウントダウンが始まっている。


 平衡感覚が失われていく。


 これって、現代知識使って回避しろってこと?

 無理じゃね?

 だってこの子、王族に結構近いし。

 このまま過ごせばギロチンまったなし。


 かといって家出してもフランスだぜ?

 R指定くらいそうな生活を送るか、その辺で野垂れ死ぬしかなくない?


 魔法とか使えんの?

 使えなくね?

 だって記憶の中にあるこの子の人生に、魔法の魔の字も存在しないし。


 つまり、華奢な女の子の身体で、身動きの取りづらい貴族という身分で、申し訳程度の現代知識を用いて、生き延びろってこと?

 

「……」

 

 人生という名の無理ゲーが、今、最悪の難易度で幕を開けた。


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