レーヴェ公爵別邸にて
「どういうことだ。そんなの聞いてない!」
クリストフと呼ばれた黄みの強い金髪の少年が怒った様子で言った。
「そうですねえ。その旨、手紙に書いてくだされば良かったものを……。突然言われても困ります。」
ジョバンニと呼ばれた灰色がかった金髪の少年も言葉こそ冷静だが、動揺しているように見える。
アンソニーも呆気に取られたが、このグレーテという女が言っていることは理解できた。
「この三人の中で、最も優れた者を公爵の養子にしてくださる、ということですか?」
「左様でございます。」
「ふん、とんだ茶番だな。そんなの試験などするまでもない。家柄を見ても、僕が相応しいに決まっている!」
「それはどうでしょうか。私も同じ伯爵位ですし、加えて、私は貴方より魔法の扱いが上手い。」
アンソニーをよそに言い争いが始まった。
「!?なぜそんなことが言える?」
「お忘れですか?この前の魔法試験、私はありがたいことに実技、筆記ともに首席をいただきました。貴方は……どうでしたかね?」
「それは……でも僕は、貴殿より剣術の順位が上だった!」
「貴方いつもそれですよね。」
ジョバンニはクスクスと笑っている。
貴族社会を構成する5つの爵位。公爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵。これらの家に生まれた子どもは例外なく、特別な教育を受ける。貴族のみが通うその学舎では、自然を操る元素魔法の他に王族および貴族にしか扱うことのできない力、神聖魔法について学ぶのだ。男爵家に生まれたアンソニーも、伯爵家である彼らと同じ場所で勉学に励んでいる。冬季休暇中の今は時たま友人たちと会うが、その友人いうのもそのほとんどが同じ爵位に生まれた者だった。
(名前聞いたことあったけど、初めて会った。同じ学舎とはいえ、爵位が違えば会うこともないし。)
二人を見ながら、アンソニーはそんなことを考えていた。すると突然、ジョバンニに名を呼ばれた。
「アンソニー君も、あなたより遥かに実力がありますよ。」
「なっ!!?」
「確か筆記試験では10番くらいではなかったですか?ねえアンソニー君?」
「よく知ってますね。」
アンソニーは静かにそう答えたが、驚きを隠せなかった。ジョバンニには下の者などその視界に入っていないと思っていた。
クリストフがアンソニーの方を見た。何か言って機嫌を損ねては困ると思い愛想笑いをしていると、ずっと黙っていたグレーテが口を開いた。
「お話は終わりましたか?早速ですが、試験に移らせていただきます。皆様、中庭へいらしてください。」
グレーテはそう言うと、瞬きする間にその場からいなくなった。
「消えた……。」
魔法であることに間違いないが、初めて見る。
「では、言われた通り中庭に向かいましょうか。」
ジョバンニは驚いた様子もなく淡々とそう言うと、自分が来た道を帰るように廊下に向かって歩き出した。
「あの女の言うことに従うのか?僕は辞退するぞ、こんんなこと!」
「ちょっと、」
クリストフが声を荒げた。こんな状況で言い争いは御免だ。アンソニーが口を開く前にジョバンニが喋り出した。
「辞めることなんてできませんよ。これは公爵命令です。彼の方の言葉は絶対だ。」
「くそっ!」
クリストフは乱暴に頭をかいた。
「その言葉遣いも気をつけた方がいいですよ。それと、グレーテ様はティーガー伯爵家のご令嬢ですから、もう一度”あの女”なんて口にすれば、貴方どうなってしまうんでしょうねえ?」
「そうなの?」
アンソニーは勢いよくジョバンニへ顔を向けた。
「あ、すみません。言葉遣いでしたね……。」
アンソニーは咄嗟に謝る。同級生とはいえ相手は格上の伯爵子息だ。すると、ジョバンニが笑顔で口を開いた。
「いいですよ。私たち歳は同じなんですから、話しやすいようにしてもらって。私の喋り方は昔からなのでお気になさらず。」
「そう……か、わかった。」
(意外と器でかいんだな。伯爵子息様は。)
(ていうかティーガーって、王家側近の一族だよね?)
社交界に行っても上級貴族にはお目にかかれないことが多い。伯爵家同士、交流があるのだろう。
「はぁ………それで?中庭はどこにあるんだ?」
さっきまで文句を言いたげにしていたクリストフが、苛立った口調で尋ねた。
「たしかに。行くのはいいけど、場所案内される前に消えちゃったし……」
「はぁ」
今度はジョバンニが呆れたようにため息をついた。
「貴方たち馬鹿なんですか?中庭に辿り着いてからが試験じゃない。もう始まってるんですよ。」
「え?」
「貴殿も口が悪いではないか。」
クリストフがジョバンニを鼻で笑った。
アンソニーはあることに気がついた。
「なあここ、さっきも通らなかった?」
三人は立ち止まった。進んできた廊下の壁には鏡が均等に掛けられ、同じ間隔で花瓶が置かれている。
「君もそう思いますか。」
「そんなはずないだろう?」
反論するクリストフにジョバンニが答えた。
「そうお思いなら、どうぞこの先をお進みください。」
「はあ?やってやるよ!」
クリストフはそう言うと、立ち止まったままの二人を置いて勢いよく走り出した。遠くなる姿を見つめているとしばらくして、後方から息を切らしたクリストフが現れた。
「はぁ、はぁ、」
「いかがでしたか?」
「おかしいぞ…!?絵画も花瓶も同じものがいくつも並んでいる……!??」
クリストフは悔しそうな顔で息を整えている。ジョバンニはそれに構うことなく終わりのない廊下を歩き出した。アンソニーはそれに付いていく。
「やはり、これは高度な魔法ですね。」
「初めて見た……。どうなってんの?」
「幻術でしょう。」
ジョバンニが辺りを見回しながら答えた。
「幻術……?まさか、この屋敷全部?」
アンソニーの問いに今度はクリストフが口を開いた。
「それはない。この別邸は僕が小さい頃からこの場所にあった。」
「そういえば、ルクス家は公爵夫人のご実家でしたね。」
「そうだ。アンナ叔母様とは小さい頃にお会いしたきりだが……やはり、甥に当たるこの僕が養子になるのが 自然だろう?なのになぜ……」
「まだ言ってるんですか。”一族の中から選ぶ”と言ってるんです。遠縁である私たちまで候補にして、公爵らしいやり方ですね。」
「俺の家まで一括りにしたのには流石にびっくりだけど……」
アンソニーは困った顔で笑った。
「ふん、自覚があるのか。男爵家まで数えていたらきりがないというのに。」
「平等な方なんですよ。公爵は。」
そう言って、ジョバンニは立ち止まった。
「おい突然止まるな。なんだ?」
「やっぱりそうです。私たちは同じところをぐるぐると歩かされている。」
「どういうことだ?」
「貴方も見たでしょう?絵、鏡、花瓶。同じものがいくつも続いている。それが答えですよ。貴方たちと会う前、私は入って左手、この廊下を突き当たりまで歩きました。その時はちょうど50歩だった。しかし今、100歩以上歩いているのに角にあたらない。」
ジョバンニは冷静な態度で話を続ける。
「あの時私は、花瓶が置かれた先に扉を確認しています。あれがきっと中庭へ続いているのでしょう。」
それを聞いて、アンソニーはやっと理解できた。
「そうか!本当なら入り口の前を通ってるのに、それに気づかずずっと歩き続けちゃってるんだ。」
「そうです。廊下に入ってから扉にたどり着くまでの間の壁面がずっと続いているように見えているんです。」
二人が頷いているとクリストフが声をあげた。
「中庭の場所がわからないのに、なぜそうなるんだ?」
「はあ、これだから馬鹿は。」
「なに!?」
クリストフが噛みつく前にアンソニーが言葉を続けた。
「これくらいの広さのお屋敷だと、構造的に廊下の先に中庭があることが多いんだ。だから仮定でしかないけど。」
「わ、わかってたぞ!」
ジョバンニが呆れた顔をした。
そんな二人をよそに、アンソニーが呟いた。
「でもどうしよう。ここまで大規模な幻術、簡単に解けるのか……?」
神聖魔法に分類されるこの魔法は、それが幻だと認識した時点でその効力がなくなるはずだ。しかし、未だ延々と廊下は続いている。魔法が何重にも掛けられ、まるで悪夢を見ているように思えた。
「問題ないです。アンソニー君は前から、クリスは後ろから走ってください。」
「え?走る?」
「それで魔法が解けるんだろうな。」
ジョバンニは自信に満ちた表情だ。
「そうでなければこんなこと言わないですよ。扉を見つける手間を省きたいだけです。さあ、早く。」
他に解決策がないのだ。ジョバンニの言葉を信じるしかない。
「わかったよ!」
そう言って、アンソニーとクリストフは両方向に走り出した。そして、ジョバンニは杖を振った。
《夢から覚めて》
どんな夢からも現実へ連れ戻す神聖魔法。ジョバンニは幾重にも重なった幻術を夢に見立て、その夢から醒めるようにと呪文を唱えた。高度な魔法には柔軟な発想が不可欠だ。
「初めて使う魔法ですが、上手くいきましたね。」
ジョバンニは笑って呟いた。
「3人の最も優れているのは私……。公爵位を継ぐのは私です。」
同じ光景が続いていた廊下が姿を変える。アンソニーの視界がぐにゃりとぼやけ、廊下の突き当たりが見えた。
「すごい。本当に魔法が解けた!」
その先を曲がると扉が見え、走ってくるクリストフの姿もあった。
「彼奴の魔法の腕は確かなようだな。」
クリストフはそう言いながら、不機嫌そうな顔で扉を開いた。
「なんだこれは!?」
クリストフが思わず叫んだ。アンソニーも目を疑った。
中庭は鋭い棘の生えた蔓で覆われていた。所々に人の頭ほどある赤い蕾が付いていて、開いた花弁は薔薇のように見える。そしてそれは、生き物のように蠢いている。アンソニーは中庭を見回した。目線の先、庭の中央に円柱形の白いガゼボがあるのがわかる。柱には蔓が巻きつき、屋根には一際大きな薔薇の蕾がのっていた。花開けば、子ども一人分の大きさになりそうだ。
「グレーテ様はいないみたいだけど、まさかこの中にいないよね?」
アンソニーが中央を指差してクリストフの方に顔を向けた。その瞬間、足元を這っていた蔓が激しく動き、アンソニーの腕に絡みつこうとした。
「おい!後ろ!!」
クリストフの言葉で間一髪、アンソニーは腕を引っ込め後ずさった。棘は肉を簡単に割くほど鋭く、獲物を狙う蛇のように二人の様子を伺っている。
「これ、ただの植物じゃない…!」
「そんなの見ればわかる!しかしこれは…まさか」
「ねえ、あの花……」
アンソニーは宙を見上げて指差した。ガゼボの屋根に絡みついていた大きな蕾がゆっくり花弁を開き、大輪の花を咲かせている。しかしそれは花とは程遠く、猛獣の牙を生やした食虫植物のようだった。
「ヒトクイバナですか。困りましたね。」
二人の背後から、ジョバンニは花を見上げてそう言った。困ったというわりには焦った様子はなく、顎に手を当ててこの状況を分析するようにまじまじと蠢く植物を見つめている。
「なぜ危険物がここにある!??」
「さあ?私たちのために、特別に用意していただいたようですね。」
「ヒトクイバナって、確か、栽培が禁止されてるはずじゃ……!?」
「表向きはそうでも、裏社会などで流通していることは珍しくありませんよ。」
「そんなことあるかよ……」
話している間にも荊の勢いは増し、棘のついた蔓が地面を叩きつけた。
「話している場合ではないぞ。あれは僕たちを喰おうとしている。」
3人はじりじりと壁に追いやられる。向かってくる蔓に、アンソニーは反射的に魔法を放った。
《切り裂く魔法》
風の斬撃を受けた蔓はそれを勢いよく払いのけ、構わず3人の方に向かった。
「なっ!魔法が効かない!」
一際大きな花も頭を地面に近づけ、大口をあけて獲物を捕らえようとしていた。
「魔法耐性ですか。あの牙の生えた花、あれが弱点なんですが…これは、どんな強い魔法でも無駄な可能性がありますね。」
ジョバンニも杖を構えて向かってくる蔓をいなしている。
「なら、直接攻撃するほかないな。」
クリストフはそう言って、魔法で大剣を出現させ両手で握った。
「貴殿たちは下がっていたまえ。」
「え、ちょっと!!?」
クリストフは壁を蹴り飛び上がる。それに反応した蔓が、体に巻きつこうと獲物を追った。クリストフはしつこい蔓を大剣で切り裂きながら、太い蔓の上を走ってガゼボの屋根を目指した。
「はあ!!!」
振るわれた斬撃で、地面に残った二人に迫る蔓が千切れる。その一瞬、攻撃されていない蔓の動きが鈍った。
「効いてる!!」
アンソニーは杖を振り回しながら、クリストフの剣技を見た。しかし、牙は二人の鼻の先まで迫っている。ジョバンニが魔法壁を張るが重さに耐えられそうにない。
「悠長に何してるんですか!?」
透明な魔法の壁にヒビが入ったところでジョバンニが叫んだ。
「なんだ、大したことない魔法だな!!」
クリストフはそう叫ぶと同時に屋根から飛び降りた。ヒトクイバナの背後をとり、根本を目掛けて剣を振った。大きな一撃で花は地面に落ち、みるみる萎れていく。クリストフは地面に降り立ち、元気のなくなっていく蔓の様子を眺めった。
「剣の腕だけはすごいですね。貴方は。」
「だけ、は余計だ。」
ジョバンニが薄笑いを浮かべて言った。クリストフは睨んだ。
「本当に助かったよ。」
アンソニーは素直に感心していた。あれだけの大剣を振るえるのは、剣術で首席の実力を持つ彼だけだろう。
「僕にかかれば大したことではない。」
アンソニーの言葉にクリストフは顔を背けた。耳が少し赤くなっている。それを見て、ジョバンニが吹き出した。
「お三方、ご無事でこちらへお越しいただき心より嬉しく存じます。」
突然、聞いたことのある声が聞こえた。いつの間にか、ガゼボにはグレーテの姿があった。
「無事って…殺しにかかってきたのはそっちだろ。」
アンソニーが呟いた。
「言われた通り、中庭まで来たぞ。試験は行うまでもなかった。先の剣技を見ただろう?養子に相応しいのはこの僕だ。」
協力していたことが嘘のように、クリストフはグレーテに向かって自分の胸を叩いた。それに続いて、ジョバンニも口を開く。
「いいえ。養子に相応しいのは私です。そもそも幻術を見破らなければここには来れなかったのですから。」
命の危機を共に乗り越えようとも、友人になったわけではない。これは試験だと、アンソニーは思い出した。クリストフと同じように、ジョバンニも虎視眈々と養子の座を狙っていた。
「は!貴殿も思っていたのだな!自分こそ相応しいと。」
「そうですよ?私は最初から、そう思っていました。」
アンソニーは焦った。これで試験が終わってしまえば、脱落することは確実だ。しかし魔法も剣も、二人には敵う自信がない。他に優っていること、公爵家に相応しいと思われるようなことはなんだろうか。思考を巡らせていると、グレーテが口を開いた。
「勘違いをされているようですが、まだ試験は終わっていません。」
「え?」
「なに!?」
「まさか!」
グレーテが杖を降ると、途端にアンソニーの視界は揺らぎ、何も見えなくなった。




