第三話:伝説の剣を一万本、ポチッとな
自由。
なんて甘美な響きだろう。
ブラック工房を「円満(物理的崩壊を伴う)」退職した僕は、昼間から街の大通りを歩いていた。
手元には、退職金代わりにくすね……もとい、正当な権利として回収した最高級ポーションの売却益がたっぷりある。
前世では考えられなかった、太陽が真上にある時間帯の散歩。
だが、歩き始めて数分で、僕の「エンジニアの性」が警報を鳴らした。
「……なんだ、あの異常なまでの『非効率』の匂いは」
路地裏の一角、古びた武器屋「鉄と薔薇亭」の前に人だかりができていた。
「いいか、一週間だ! 一週間以内に、この軍用魔剣『レプリカ・エクスカリバー』を一万本、納品しろ。できなければ、この工房の土地も機材も、全て没収だ!」
金ぴかの鎧を着た、いかにも性格の悪そうな軍の役人が、一人の少女に怒鳴り散らしていた。
少女――ミーアは、赤毛のショートカットを振り乱し、煤けた顔で食い下がっていた。
彼女の着ている作業着は、激しい労働の汗でびっしょりと濡れ、薄い生地がその豊かな胸の輪郭を露骨に強調している。
必死に抗議するたびに、その膨らみがぶるんと震える。
不謹慎だが、その「物理演算」の美しさに、僕の目は釘付けになった。
「無理よ! 一万本なんて、街中の鍛冶師を集めたって一ヶ月はかかるわ! しかも、魔力の定着率を一定にするなんて、手作業じゃ限界があるわよ!」
「知ったことか! これは国王陛下の至急命令だ。嫌なら、今すぐここで裸になって踊りながら謝罪でもするか?」
役人の下品な笑い。
ミーアは悔しさに唇を噛み、大粒の涙をこぼした。
……仕様。
不可能なデッドライン。
そして、現場を無視した上層部のパワハラ。
その瞬間、僕の中で何かが弾けた。
「……すまない、その『納期』、僕が引き受けてもいいかな?」
野次馬をかき分け、僕はミーアの前に立った。
「な、何よあんた? 錬金術師のなりをして、武器の何がわかるっての?」
「武器のことはわからない。でも、『量産』と『最適化』のことなら、世界で誰よりも知っている」
僕は役人から仕様書をひったくり、一瞥した。
ふむ。魔法陣の構成は単純だ。
ただ、一つ一つに手書きで魔力を込めるから時間がかかる。
典型的、あまりに典型的な「手打ち」の弊害。
「役人さん。一週間もいらない。明日の朝までに一万本、用意しておくよ」
「は、ははは! 一晩で一万本だと? 酔っ払いか、それともただの馬鹿か。いいだろう、もしできなければ、お前もミーアと一緒に処刑してやる!」
役人は鼻で笑いながら去っていった。
残されたのは、呆然とするミーアと、やる気に満ちた元社畜のエンジニアだ。
「あんた、死ぬ気!? 一晩で一万本なんて、神様だって無理よ!」
「神様にマクロが書けるかは知らないけど、僕には書ける」
僕はミーアを工房の奥へと促した。
狭い室内には、熱気と金属の匂いが充満している。
ミーアの体から立ち上る、少女特有の甘い匂いと、汗の入り混じった香りが、僕の鼻腔をくすぐった。
「ミーアさん、よく見ていて。これから、魔法の『自動化』を見せてあげる」
僕は工房に転がっている鉄屑と、魔力伝導率の低い安物のインゴットを集めた。
「そんなゴミで魔剣なんて作れないわよ!」
「不純物があるなら、その不純物を『変数』として利用すればいい」
僕は【マクロ】を起動した。
【システム構築:並列分散処理エンジン(Multi-Thread Alchemy)】
【対象:工房内全ての金属素材】
【アルゴリズム:バッチ処理による一括錬成】
脳内のエディタに、光の文字が猛スピードで入力されていく。
僕はミーアの腰を引き寄せ、彼女の手を無理やり大釜の縁に添えさせた。
「ちょ、何!? 近い、近いわよ!」
「じっとしてて。君の魔力を『マスター・クロック』として使わせてもらう」
彼女の体温が伝わってくる。
耳元で囁くと、ミーアの首筋が真っ赤に染まり、小さな悲鳴のような吐息が漏れた。
僕は彼女の指の間に、自分の指を絡ませた。
その瞬間、僕のマクロと彼女の生体魔力がリンクする。
「あ……っ、何これ……熱い、体の中を、何かがすごい勢いで駆け巡って……!」
彼女の瞳が潤み、膝がガクガクと震え始める。
僕の流し込む最適化された魔力のパルスが、彼女の神経系を心地よく刺激しているのだ。
「……実行」
ドンッ!!
工房全体が、見たこともないような濃密な青い光に包まれた。
本来なら一本ずつ時間をかけて叩き出すはずの剣が。
一つずつ丁寧に描くはずの魔法陣が。
空中で、数千、数万の光の断片となって複製されていく。
シュバババババババッ!!
と、異様な音を立てて、虚空から完成された魔剣が次々と降り注ぐ。
一本、十本、百本、千本――。
「うそ……うそでしょ!? これ、全部本物……いえ、本物以上の品質だわ!」
ミーアが絶頂に達したかのように、僕の腕の中でぐったりと体を預けてきた。
彼女の呼吸は荒く、濡れたシャツの下で、尖った先端が激しく上下している。
僕はマクロをループさせ、さらに「並列化」を加速させた。
十本の釜が同時に火を噴き、ベルトコンベアもないのに、剣が自動で整列し、納品箱に吸い込まれていく。
通常、錬金術師が全神経を研ぎ澄まして行う作業を、僕は「背景プロセス」として処理させた。
一時間後。
工房の床は、一万本の魔剣で埋め尽くされていた。
どの剣も、最高級の宝石のような輝きを放ち、均一な魔力を宿している。
「……ふぅ。これでデプロイ完了だ」
僕は汗を拭い、椅子に深く腰掛けた。
隣では、ミーアが腰が抜けたように座り込み、自分の手を見つめていた。
「あんた……一体何者なの? 一晩どころか、たった一時間で……国の予算を揺るがすような財宝を作っちゃうなんて」
「ただのエンジニアだよ。無駄な残業が嫌いなだけのね」
翌朝。
昨日の金ぴか役人が、勝ち誇った顔で工房の扉を蹴り開けた。
「おい、時間だ! 一万本出せなければ、その薄汚い女ごと牢屋へ……ぶへっ!?」
役人の言葉は、扉から溢れ出した「魔剣の津波」に飲み込まれて消えた。
一万本のレプリカ・エクスカリバー。
その圧倒的な質量と、神々しいまでの魔力密度に、役人は腰を抜かして失禁した。
「な……ななな、なんだこれは!? バグか!? 世界の法則のバグなのか!?」
「いいえ。ただの効率化です」
僕は、震える役人の前に歩み寄り、冷たく告げた。
「検収してください。一本でも不具合があったら、全額返金してあげますよ。……もっとも、僕のマクロに不具合なんて存在しませんけどね」
役人は震える手で剣を一本手に取り、その異常なまでの鋭さに指を切って、さらに悲鳴を上げた。
軍の精鋭たちが総出で一万本を運び出す。
ミーアの工房は、一日にして王国最高の「聖域」へと格上げされた。
「リュート! ありがとう! 私、どうお礼を言ったらいいか……」
ミーアが感極まって僕に抱きついてくる。
汗の匂いが、不思議と心地よい。
彼女の柔らかな弾力が、僕の胸を強く圧迫した。
「……お礼なら、一つだけお願いがあるんだ」
「何? 何でも言って! 私にできることなら……その、エッチなことでも……」
顔を真っ赤にして俯くミーア。
だが、僕の要求はもっと切実なものだった。
「……今の時刻は?」
「え? ……午前九時だけど」
「そうか。……なら、僕はこれから『定時』まで寝ることにするよ。誰が来ても、絶対に起こさないでくれ。いいね?」
僕は彼女のベッドを指差し、そのまま倒れ込んだ。
ミーアの香りが残る枕に顔を沈めながら、僕は意識を手放す。
一万本納品。
納期遵守。
顧客満足度、最高。
……さて、これって、定時で帰れますか?
そんな問いに答える者もなく、僕は深い、深い眠りへと落ちていった。




