表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

【短編】もう少しだけこのままで

作者: 楽歩
掲載日:2026/02/01

 


「セシリア、だから言ってるだろ、その手綱の持ち方じゃ――」


「……いちいち指図しないでくださる? 私は、アレクシスの部下じゃありませんわ」



 言った瞬間、自分の声が思ったよりも鋭くて、冷たかったことに気づいた。しまった、と思ったが、もう遅い。言葉は風に乗って、彼のもとへ届いてしまった。


 アレクシスの眉がぴくりと動いた。


 ああ、またやってしまった――。


 秋の風が、紅く染まった木々の枝を揺らす。




 また、口喧嘩。もう何度目だろう。


 学院の生徒たちも、呆れているに違いない。わかっているのに、どうしてこうも素直になれないのか。


 名門家同士の、形ばかりの婚約。でも、私は、アレクシスに不満があるわけじゃない。むしろ、彼は誰よりも冷静で、礼儀正しくまったく非の打ち所がない。



 何も間違っていない彼の言葉に、私だけが苛立ってしまう。そして、苛立つ自分にまた落胆して、ぐるぐると、堂々巡り。



 もっと穏やかに、優しく話せたら……少しだけ、普通に笑い合えたなら……


 そう願っているのに、いざ彼と向き合うと、言葉がうまく出てこない。




「また口喧嘩? ふたりって、ほんとに仲が悪いのねぇ」



 からかうような声に、私は思わず顔を上げる。



 アルマ・ウィンザー。アレクシスの幼なじみ。


 彼のすぐそばで笑って、肩を寄せて、それが当然だと言わんばかりに彼の過去を語る令嬢。




「喧嘩するほど仲がいいって、そういうことかしら? それとも嫌いなの?」


 彼女の視線が、私とアレクシスを交互に見やる。



「……そういうわけでは」



 声は平静を装っていたけれど、胸の奥は小さく波打っていた。彼のことが嫌いなわけじゃない。むしろ、誰よりも――


 風がふと、またひとひらの葉を運んできた。それはアレクシスの肩に舞い落ち、そして地面へと落ちる。


 私たちの距離のように、埋まらないまま、そっと地に触れた。





 私の知らないアレクシスを、彼女は知っている。


 ふたりの距離の近さに、いつだって私の感情がざわつく。


 笑いながら腕を組む仕草ひとつさえ、どこか見てはいけないものを見てしまったようで、目を逸らしたくなるのに、逸らせない。




「ふふ、セシリアも少しは男心、わかってあげなくっちゃね?」



 アルマの声には、いつだって棘がある。


 そんなの、私だって、わかってるわよ……



 彼女がアレクシスをどう思っているのかなんて、言葉にしなくても伝わってくる。何より悔しいのは、彼がその想いを拒んでいるようには見えないこと。


 ……私だけが、なぜこんなに苦しいのか。



 私が素直じゃないから?


 私は何も言い返せなくて、ただ唇をきつく噛みしめることしかできなかった。


 私は視線を逸らし、無意識に手綱を強く握りしめていた。



「……力を入れすぎるなと言っているだろ? 馬は、君の緊張をそのまま感じ取るんだ」


 アレクシスの声は、いつも通り落ち着いていて、感情の起伏をほとんど含まない。理屈としては正しい。経験に裏打ちされた助言で、私のためを思っての言葉だということも、分かっている。


 分かっているのに。



「そんなこと、分かっていますわ」


 反射的に、突き放すように言ってしまった。


 ――違う。そうじゃない。本当は、ありがとうって言いたかっただけなのに。





 どうして私は、こういうときに限って、可愛げのない言葉しか選べないのだろう。


 アレクシスはそれ以上何も言わず、ただ一度、短く息を吐いた。責めるでも、怒るでもないその沈黙が、かえって私を追い詰める。


 この人は、いつも正しい。正しくて、穏やかで、私よりずっと大人で――だからこそ、並んで立つたびに、私は自分がひどく未熟に思えてしまう。


 このままじゃ、ずっとこうだ。


 分かり合いたいと思うほど、言葉がぶつかって、距離ができる。歩み寄ろうとすればするほど、互いの足並みはずれていく。



 この婚約も、私たちも、このまま変われないまま、形だけを保って続いていくのだろう。





 *****





 その日も、心のもやもやを振り払いたくて、私は馬場へ向かった。


 冷たい空気が、頬をかすかに刺す。



 ――それは、突然だった。


 強く吹いた風が、木の葉を一斉に舞い上げたかと思えば、馬が激しくいなないた。前脚を滑らせ、ぐらりと傾く視界。紅く染まった空がぐるぐると回転し、遠のいていく。


 痛みも、恐怖も、感じる暇さえなかった。



「セシリア――!」


 名前を呼ぶ声が、遠くで響いた気がした。





 目を覚ますと、そこは私室の天蓋の下だった。



 柔らかな光がレースのカーテンを透かして、天井に淡い模様を描いている。


 しばらくは、何が起きたのか分からず、ただぼんやりと見上げていた。




「セシリア様、お目覚めですか?」




 聞き慣れた侍女の声が、遠くの波音のように響いた。その声に応える間もなく、慌ただしい足音が部屋へと近づいてくる。



「セシリア!! ああ、よかった……!」


 母の声が震えている。続いて、低く落ち着いた、でも動揺を含んだ父の声。



「痛みはどうだ?」


「大丈夫です、お父様、お母様」


 そう返した私の声は、驚くほど静かだった。





 身体は痛むけれど、幸い、骨にも脳にも異常はなかったらしい。打撲と軽い捻挫、それだけ。けれど、静まり返った室内でひとりになると、奇妙な考えがふと胸をよぎった。


 このまま、記憶をなくしたふりをすれば、婚約も、なかったことにできるのかもしれない。


 婚約破棄なんて、令嬢の口から軽々しく言えるはずもないけど、もしも、記憶をなくしたとしたら?


 この関係を“なかったこと”にできる?




 この苦しさから、逃れられるなら。彼の隣で笑う誰かを見て、胸が痛むくらいなら。素直になれない自分を、責めずに済むのなら――


 その方が、きっと楽だわ。


 そう思う自分に、少し驚きながらも、私はただ静かにベッドに横たわった。



「……ほんとは、仲良くなりたいのに」


 窓の外に目をやったまま、ふと漏らした声は、秋の風にさらわれていった。


 誰にも届かないほど、弱くて、頼りない声だった。






 夕方、アレクシスがお見舞いに来た。


 扉が開き、影が差す。やわらかい夕陽の中で、彼の金茶の髪が淡く揺れた。



「セシリア……大丈夫か?」


 低く震えるような声。私の包帯姿を見た瞬間、彼の顔がゆがむのが分かった。



 その声に、私は反射的に体をこわばらせた。


 何度も名前を呼ばれた、その声。



 だけど私は、目を伏せたまま、呼吸を吐き出すように言った。




「……貴方、誰?」




 部屋の空気が、一瞬にして凍りついた。


 アレクシスの気配が、止まる。音もなく、静寂だけが流れる。



 見なくても分かる。きっと今、彼の瞳は驚きと苦しみに、歪んでいる。けれど、私は顔を上げなかった。何も知らないふりをして、何も思い出せないふりをして。


 これは、私が選んだ、ささやかな逃げ道だった。




 ごめんなさい。だけど……もう、戻れない。




「セシリア……本当に、覚えていないのか?」


 父の声が、低く震える。悲しげなその様子に、思わず手をぎゅっと握る。



 急ぎ呼ばれた医師が到着し、父と母が顔を見合わせ、使用人たちは戸惑いを隠せず、屋敷じゅうに緊張が走った。時間だけが、ゆっくりと、妙に遠く感じられた。


 母が手を握ってきた。けれど私は、その手を握り返せなかった。


 ただ、虚ろな目をし、手をさらに強く握るだけ。


 それが今の私にできる、唯一の選択だった。



「頭を打った衝撃による一時的な記憶障害でしょう。しばらく様子を見ましょう」



 医師の声が、何か別の世界の話のように聞こえる。


 そのとき彼の気配が、近づいてきた。


 罪悪感が胸をかすめた。でも、もう後戻りはできない。そう思っていた。


 けれど。



 彼の瞳が、いつも冷たく見えていたその目が、震えていた。




「俺は……君の婚約者だ」


 低く、でもどこか優しく呟かれたその言葉に、私は心臓をぎゅっと締めつけられるような感覚に襲われた。



 数秒の沈黙。


 そして、彼はやわらかな笑みを浮かべるような声で言った。



「安心しろ。俺たちは、とても仲の良い恋人だったんだ」


「……え?」



 思わず、声が漏れた。目を見開いたまま、彼を見つめる。



「いつも手をつないで散歩して、君は俺をアレクって呼んでた。君は俺の紅茶の好みもちゃんと覚えていて……本当に、誰もが羨むような恋人同士だったよ」



 穏やかな声。嘘を並べるには、あまりにも優しすぎる声だった。




 誰もが羨むような恋人同士? そんな馬鹿な……。


 紅茶の好みなら知っている。でも、アレクなんて、そんな呼び方をしたことはない。


 けれど、どうして、そんな嘘を――?


 不安定な私を動揺させないためかしら?



 彼が言ったその嘘に、責める言葉を投げかけることはできなかった。なぜなら私だって、嘘をついているから。



*****



 秋の空は、高く澄みわたり、朝露に濡れたバルコニーに出ると、ひんやりとした風が頬を撫でた。けれどそのすぐあとに、温かな紅茶の香りが漂ってくる。



「アレクシス様が、セシリア様の好きな紅茶の葉を届けてくださいました」



 侍女の声に、思わず目を伏せる。紅茶の好みを知っていたのね。


 テーブルの上に置かれたティーカップ。



 ほんの少し、蜂蜜を垂らしたような甘い香りが立ちのぼる。ひと口飲めば、心までふんわりとほどけるようだった。




 それからの日々、彼はまるで別人だった。部屋には季節はずれの花が絶えず飾られ、そこだけ春が訪れたようだった。



「秋が寂しいなら、春を贈る」


 と、彼が笑いながら言ったのを思い出す。


 

 散歩に誘われることも増えた。

 屋敷の庭だけでなく、少し足を延ばして、学院の外れにある並木道まで。



「あれ? ここ……」


 前に大げんかしたところと言いかけて、あわてて口を閉じた。隣を歩いていたアレクシスの足が、わずかに止まった。


 ほんの一瞬。気づかなければ見逃してしまうほどの、ほんの僅かな間。


 彼は何も言わずにそっと、違う道に私を誘導する。


 

「今日は風が気持ちいいな」


 そう言って、彼は話題を変えた。差し出された手を、そっと握る。



 ――嘘が、また一枚。重なっていく。




 そういえば不思議なことに、彼は馬場へ行こうとはしなかった。以前なら、私を連れていきたがっていたはずなのに。



「少し体調が万全じゃないだろう」


「今日は寒いからやめておこう」



 そんな理由をつけて、いつも別の場所へと導く。


 きっと、私に思い出させたくないのだ。あの場所で、何度も言い争ったことを。



 ――私の嘘は、彼の優しさの上に、成り立っている。






 誰もいない部屋で、ランプの灯りだけを頼りに、私は天蓋を見つめていた。


「……私、最低だわ」


 声に出してみると、その言葉は思ったよりも軽く、そして重かった。



 心配させて。

 嘘をついて。

 優しさを、当然のように受け取って。


 それなのに、心のどこかで、安堵している自分がいる。優しくされるほど、戻れなくなる。でも本当の関係に戻ったとき、失うかもしれない。


 そう思うと、怖くてたまらなかった。


 だから私は、何も言わない。

 何も思い出さないふりをする。




 両親は、明らかに安心していた。私に聞こえないように安堵の声を漏らす。



「婚約者らしくなったな」


「これで、やっと落ち着くわ」



 その言葉を聞くたび、胸が少しずつ締めつけられる。


 皆が望んでいた姿。

 皆が喜ぶ関係。


 


 外に出ると、彼は必ず私の隣にいる。


 何も言わなくても、当たり前のように手を差し出し、私が戸惑えばそっと指を絡め、「寒くないか?」と、言いながら自分のマントを肩にかけてくれる。


 ずっと前から私のことだけを見ていたかのように――

 ずっと前から私たちは恋人だったかのように。


 彼の嘘は、優しかった。触れるたびに、優しさの形をしていた。アレクシスが私の手を取るたび、指を絡めるたび、その温度に、嬉しくなるたび。苦しくなっても、その手を振りほどけなかった。



 壊れると分かっている夢ほど、どうしてこんなにも、甘いのだろう。


 だからこそ、私は怖くなった。


 嘘の上に築かれたこの甘やかな日々が、いつか終わると知っているから。終わりを告げる勇気もないまま、私は今日も、彼の差し出す手に、そっと自分の手を重ねた。


 ――嘘でもいい、もう少しだけ、この夢を見ていたい。




 *****




 やわらかな日差しに包まれた庭で、アレクが取り寄せたという小さな花を一緒に眺めていた。


 淡い色合いの花弁が、風に揺れる。


 名前も知らないその花が、なぜだか今の自分に似ている気がして、視線を落とした、そのときだった。




「ねえ、本当に……見違えたわ」


 振り返ると、そこにアルマ・ウィンザーが立っていた。いつものように微笑みを浮かべ、軽やかな声音で、けれどどこか含みを持たせて。



「前は、庭を歩くだけでも、あなたたち火花散らしていたでしょう? それが今じゃ……まるで絵に描いた恋人同士」


 からかうように肩をすくめる。




「記憶をなくすって、人を、ここまで変えてしまうものなのね」



 軽い皮肉。

 冗談めいた口調。


 けれど、その目は、笑っていなかった。



「……そう、でしょうか」


 言葉を選ぶ私を、アルマは一歩だけ近づいて見つめてくる。



「ええ。不思議で仕方ないの」


 そう言って、ふっと声を落とした。



「本当に、何も覚えていないの?」


 空気が、わずかに張りつめる。



「廊下ですれ違えば、必ず言い争っていたでしょう。馬場では、周囲が止めに入るくらい、いつも険悪で……」


 淡々と語られる過去に、心がざわつく。



「……喧嘩、ばかり……」


 問い返した自分の声が、少し震えていたのが分かった。


 アルマは、その反応を見逃さなかった。




「ええ。だから、今のあなたを見るとね……」


 言葉を切り、視線を、ゆっくりと下へ落とす。その先、私と、アレクシスの、重なった手を見ている。


 気づいた瞬間、胸が跳ねた。


 指先に、ぎゅっと力が入る。無意識だった。


 アルマの目が、わずかに細められる。




「記憶がないのに、こんなふうに、昔と同じ癖が、出るものなのね」


 癖? 一体何のこと?


 静かな声。責めるでもなく、問い詰めるでもない。


 でも、それは、確信の言葉だった。何か、気付かれた?


 私の手元から、ゆっくりと視線を戻し、アルマは小さく息を吐く。




「……嘘、つくの、向いてないわよ。セシリア」



 何かが音を立てて、崩れ始める。言い返そうとしても、言葉が見つからない。視線を逸らせば、負けだと分かっているのに、目が泳ぐ。


 その瞬間――


 隣にいたアレクシスの気配が、変わった。ぴたりと、時間が止まったように。彼は、何も言わず、ただ強く、私を見つめていた。


 逃げ場は、もうどこにもない。



 ――そろそろ、終わりなのだ。


 嘘で繋ぎ止めていた、この穏やかな時間は。




「……ごめんなさい、アレク……私、本当は、記憶、なくしてなんていなかったの」


 そう告げたとき、彼はどこか悲しそうに、それでも優しく笑った。




「知っていたよ」


「え……?」


「君は嘘をつくとき、手をぎゅっと握るんだ」


「知っていたのになんで?」




「喧嘩ばかりで、どうしたら君と話せるかわからなかった……でも、君に優しくする理由ができたから、嬉しかったんだ。……好きだったから」


 アレクシスは、肩を落として笑った。その笑みに、胸が痛んだ。



「好きって……本当に? 喧嘩ばかりしていたのに?」



 戸惑いと戸惑いが重なったまま、矢継ぎ早に問いかける私に、アレクシスは目を細め、そっと言った。



「ああ、君が初めて会ったときに言ったんだ。“何でも言い合える仲になりたい”って」



 思い出す。顔合わせの日、たしかにそう言った。


 


「でも、あるときアルマに言われたんだ。婚約者に優しくしなさいって」



 そっとアルマを見ると、彼女は肩をすくめ、照れたように笑っていた。アレクシスは、視線を伏せたまま、静かに続けた。



「俺は、正しいことを言えば、分かり合えると思っていた」


 その言葉は、どこか自嘲を含んでいた。



「君が間違えていると思えば指摘したし、危ないと思えば止めた。それが何でも言い合える仲、君のためだと、本気で信じていた」


 ゆっくりと、私を見る。



「でも……正しさは、優しさじゃなかった。君が言い返すたび、俺は“嫌われていると思い込んでいた。だから、余計に距離を詰められなくなって……臆病だったんだ」


 小さく、息を吐いた。



「何でも言い合うって、こんなことじゃないって気づいたときには、もうどうすることもできなくて……セシリア、実はな、アルマにはずっと協力してもらってたんだ」


 私は思わず、顔を上げてアレクの瞳を見つめた。



「協力……って?」


 彼は軽く息を吐いて、ふっと笑った。



「関係を変えたいって言う俺を、応援してくれてたんだ。だから、君に少しでも嫉妬してもらえるようにって、俺に好意があるふりをしてもらってた」


 アルマを見ると、彼女は呆れた顔で小さくため息をついた。



「大変だったのよ。私の好みの男性、アレクシスとは真逆だもの」


 紅葉が、ふわりと舞い落ちる。



 ――なんだ、そうだったの。



 気づけば、笑い声が庭を包んでいた。アレクシスはまっすぐに私を見つめて言った。




「君が好きだ。だからーー」


 私はそっと彼の手を取り、微笑んで答えた。



「はい、アレク。今度こそ、嘘じゃない気持ちで」


 そう言って、彼の手を握り返す。



「私もアレクが、好きです」


 風が、ふわりと吹き抜けた。


 ふたりの指先に触れた秋風が、そっと頬を撫でる。恋の始まりを、祝福しているかのように。





 再び馬場に立ったのは、それから少し経ってからだった。





「今度は、ちゃんと見てて。手綱は、こう」


 アレクシスが後ろで、私の手を包むように導く。背中越しに伝わる体温に、胸がくすぐったくなる。



「……力を抜く。馬と、呼吸を合わせるんだ」


 言われた通りにすると、馬は穏やかに歩き出した。



「できてるぞ」


 その声に、私は思わず振り返る。



「ありがとう、アレク」



 自然に出たその言葉に、彼が少し驚いたように目を瞬かせ、そして笑った。


 秋の空は高く、澄みわたっている。


 嘘から始まった恋は、ようやく、本当の一歩を踏み出したのだ。





 END

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ