「新たな仲間と作品と。」
王都エウメネスに帰還した中也は、宿の部屋に籠り、激しく落胆していた。
「嗚呼……何たる虚無感よ!この異界は、表層は奇抜なれど、本質は凡庸に満ちておる!私の創作の炎は、湿地の泥濘の如く、沈滞している…。」
中也は呻き、万年筆を放り出した。
ソフィアは、そんな中也を横目に見つつ、冷静に大剣の手入れをしていた。
「まーた始まりましたね、中也さん。でも、仕方ないじゃないですか。作品が書けないのは仕方ないです。ゆっくり考えましょう?」
その時、彼は、担当編集者を思い出した。ソフィアは彼とは真逆の性格をしていた。
「ね、顔を上げて。その腐った気持ちを気晴らしでリフレッシュしましょうよ。幸い、この王都近郊には、最も簡単で安全な薬草採集の仕事があります。少しは体を動かした方が、気持ちも晴れますって。」
中也は、ソフィアの真摯な目を見返し、沈黙の後、渋々(しぶしぶ)と外套を羽織った。
「ふむ……気晴らしか…。だが、この虚無感が払拭されるとは思えぬがな。」
二人は、換金用の薬草集めのため、比較的安全な森の縁へと足を踏み入れた。
草木が茂る中、ふと、中也の目に一つの小さな影が映った。それは、まだ十代前半に見える、赤茶けた皮の鎧を纏った少年であった。
少年は顔を真っ青にして、何かから逃げようとしていた。
「うわ!ヤバい!」
その直後、低い唸り声と共に、毛皮の荒い牙を持った獣型モンスターが少年に襲いかかった!
「危ない!中也さん、動かないで!」
ソフィアが即座に大剣を抜き、一瞬でモンスターを斬り伏せる。少年は震えながらも、無事であった。
「だ、大丈夫か、少年!」
中也が駆け寄ると、少年は震える声で答えた。
「あ、はい……大丈夫です。オレ、ハルって言います。
あ、ありがとうございます!助けてくれて!」
ハルは、登録証を見せた。
「オレ、冒険者なんだ。薬草探してて、深いところに入っちゃって……」
ソフィアは感心したように言う。
「へぇ、ハルくん。君みたいな小さな子でも、もう冒険者なんだね。偉いじゃん!」
中也は、ソフィアから聞き知っていた「この世界では、子供からでも働けるが、強制ではない」という事実に、また新たな感慨を得ていた。
ハルは、中也が大事そうに抱えている革表紙の手帳、すなわち作品の手帳に目を留めた。
「あの……それ、何ですか?なんだか、すっごくキラキラしてる……」
ハルは文字は読めなかったが、手帳から放たれる、中也の情熱の気配に心惹かれた。
「これは、私の魂の記録である。貴様のような小童には、理解できぬ代物だ。」と、中也はぶっきらぼうに言った。
ソフィアは微笑んだ。
「そう、これはすごいものなのよ。
ね、ハルくん。よかったら、私たち(わたしたち)と一緒に、お昼にしない?
私たちは中也さんの護衛。君も一緒に仲間になったら、もっと安全に薬草が探せるかもよ?」
ハルは、即座に頷いた。
「うん!オレも仲間になる!よろしくお願いします!」
ソフィアは、森から少し離れた草原にシートを広げ、買い込んだ食料を並べた。
「ねぇ、ハルくん。さっきは何にそんなに焦ってたの?」
ソフィアに促され、ハルは悩みを打ち明けた。
「実は……僕、暗いところが、すっごく苦手で。夜の森はもちろん、洞窟とか、入るのが怖いんです。でも、高い薬草は、そういう場所にしかないから……」
ハルが俯いた瞬間、中也の目の色が変わった。
「ふむ……恐怖か。人間の本質に触れる、極上の主題よ!」
中也は、持っていた万年筆を走らせ、即座に「暗闇への恐怖」を主題とする物語の執筆に取り掛った。
題名『闇を穿つ意志の火花』
内容
少年は、底知れぬ闇夜の淵に立たされる。彼の身体は震え、古き恐怖の感情が彼を食い尽くさんとする。しかし、魂の奥底で、一筋の抗う意志が火花を散らす。その瞬間、宇宙の理が歪み、彼の掌中に、短い命を持つ光の結晶が顕現する。それは、恐怖そのものを忘却せしめる、救済の物語である。
彼の書く文章が光を帯び、眼下の空間がねじ曲がる。
そして、小さな青白い飴玉が具現化された。
ハルは、驚きに目を見開いた。
中也の顔には、久しぶりに充実した笑が浮かんでいた。極上の主題を見つけ、それに応じた創作ができたことへの大満足であった。
ハルはその飴玉を舐めた。
すると、みるみるうちに恐怖心が溶けていく。
「な、なんだこれは!」
ソフィアは、事の顛末をハルに説明した。
「ハルくん、中也さんはね、インスピレーションが湧くと、魔道具が作られて、作品を作るのよ。彼にとっては、小説もこの魔道具も、全部創作なの。
で、今彼は物語を書くのに忙しくてね。自分の能力に気づいていないの。」
中也は既に、書き続けるばかりに集中している。ハルはそれを見て、納得したように呟いた。
「なるほどね。すごい作家さんなんだ。」
昼食後、ハルは薬草集めに戻る。
ハルは、薬草を摘む手を動かす。ソフィアは、ハルを、優しい眼差しで見守りつつ、中也の護衛をするのだった。




