「飯と仕事とモンスター。」
第一話と同じようにわからない単語には「°」のマークをつけているので、意味が後書きに書いてあるのでよろしければご確認ください。
中也は、門番を言いくるめて街道を抜けたものの、疲労と飢餓は極致に達していた。
中也は、歩きながら、自らの内面に語りかける。
「嗚呼、この『金銭の呪縛』。無限の稿紙はあれど、現世の貨幣は生み出せぬ。吾が魂を呪う、斯る°ものに何の救いがあるのか。」
然し、飢えの苦痛は哲学的考察を凌駕し、中也の歩みは覚束なく、道端で今にも倒れ伏す寸前であった。その時、一人の陽気なる旅商人然°(しょうにんぜん)とした老人が、中也の奇妙な姿とやつれた顔色を見咎めた。
「おや、旅の人。随分と痩せ細っておる。腹が減っておるのだろう。些細なものだが、夕餉°でも一緒にどうだね?」
中也は、差し出された善意を前に、神経質な厭世観°を引っ込めざるを得なかった。
案内された小さな食事処にて、中也は見慣れぬ皿を前にした。肉を煮込んだもの、野菜の和え物、凡てが奇々怪々である。
「成る程、斯くも異界の料理は私の世界と変わらないのか…。」
中也は覚悟を決め、目の前の牛肉を丸めて焼いた肉料理に手をつける。
「これは……。斯くもやわらかな肉の塊であるか。吾が知る『ハンバーグ』とは異なるが、舌の上で溶ける。実に、佳き主題の如く、純粋な味である。」
そうして、脇に盛られた飯に目を移し、中也の感懐°は極致に達した。
「嗚呼、この米の艶やかさ!異界にも、日本の魂たる飯が存在するのか……、胸を打つばかりである。飢えとは、斯くも人の心根を揺るがすものか。」
食事を終え、のちに商人であることが判り、商人からこの世界で金銭を得る術について問うたところ、「労働者」が「組合」に属し、仕事を請け負うということを教えられた。
中也は、旅商人に深く一礼し、教えられた「冒険者組合」へと足を踏み入れた。
ギルド内部は、粗野な男どもや奇矯な異形で溢れており、中也の外套姿は、あたかも場違いで、衆目の的となった。受付の若き女性も、中也の有様を怪訝な目で見つめる。
「ふむ、この労働組合の有様こそ、人間社会を写す鏡であるな。これも佳き主題となるやもしれぬ。」
中也は作品について考えていた。
彼は一切、周囲の好奇の視線を気にすることなく、『作家』という虚飾を纏いつつ、淡々と組合員登録を済ませた。
初仕事として、彼は最も難易度の低い『森での薬草採集』の依頼を選んだ。中也は、作品テーマを探る為、万年筆を懐に忍ばせ、意気揚々と森へと向かう。
王都を追われて数週間。中也は、南方の辺境にある宿場町で、人の良い宿屋の主人グスタフの世話になりながら、細々と生活していた。
中也は毎日、仕事を終わらせては宿屋の部屋にこもり、ひたすらこの異世界の人々や風景を観察し、作品を書いていた。
中也の関心はもっぱら、作品を書くことにあった。
ある日の夕暮れ時。中也は、森の入り口で、採集の仕事をしていたところ、一匹のモンスターと遭遇した。痩せ細り、毛皮はぼろぼろ。コボルトと呼ばれる下級の魔物であった。
中也は身構えましたが、コボルトが漏らした声に、万年筆を握る手が止まりました。それは、咆哮でも、唸り声でもなく、「言葉」であった。
「ああ、腹が減ってたまらない。日々の食料もなく、森の恵みも尽き果てた。人間の街へ行けば、魔物だとて容赦なく殺しにかかる。戦いを好まない魔物もいると知って欲しいものだ。ああ、腹が減ったなあ……」
中也の脳裏に、一つの確信がひらめく。
「――嗚呼、これこそ、吾が『仕事』に付随する、秘められた運命に他ならぬ。」
中也は、言語として理解する力に目覚めたのだ。いわば、モンスターとの会話であった。
故に、コボルトの言葉も、中也の頭に響いた。
「そこの者、腹がへっているのか。」
「こ、言葉が通じてる!?」
コボルトはびっくりした。
中也は即座に昼餉°の残りのおにぎりをいくつかモンスターな与えた。
「い、良いのですか!?あ、ありがとうございます!」
コボルトはおにぎりを美味しそうに貪り食った。
「君、その有様は、頗興味深いね。」
中也はコボルトに近づく。コボルトは恐怖に顔を歪ませた。
「な、何ですか…?」
「私は作家だ。君のその『平和を希求するが故に飢え死にするコボルト』という設定は、実に良質な主題となる。」
中也は、直ちに『紙』と『筆』を具現化し、その場ですぐに執筆を始めました。彼の作家としての魂が、コボルトの「飢え」という、強烈な設定に触れ、熱を発した。
その時、コボルトの周囲が、筆記された文字から発せられたかと思われる、白い輝きに包まれ始めた。
コボルトは怒声を上げた。
「貴様は、何をたわごとを言っている!このような悲惨な状況を、物語の道具として弄ぶのか!」
中也は筆を止め、コボルトの怯えと怒りの入り混じった目を見つめた。彼の表情は、世を冷笑するいつものものではなく、創作に憑りつかれた者の真摯さに満ちていた。
「否、それは違う。『君の抱える悩みは、単なる悲劇ではない。それは、世界そのものの設定を揺るがすに足る、極上の主題に他ならぬ。』」
中也は、自分の信念をコボルトに語り、再び一心不乱に筆を走らせる。
物語:『路上と老人の無償の施し』
主人公: 街の裏路地に生きる、心優しさがゆえに飢えるモンスターの少年『クゥ』。
街で食べ物を乞うが、魔物であるがゆえに全て拒絶される。
内容 : ある日、クゥが最後の力を振り絞り、道端で倒れ込む。誰もが彼を見捨てて通り過ぎる中、一人の心優しき老人(彼の正体は元王宮の料理人)だけが、クゥの瞳に宿る純粋な飢えを見抜く。老人は人目を避け、クゥに温かいスープとパンを無償で提供し続ける。老人は「食料は、種族に関係なく、生きるものの権利である」という、極めて単純で普遍的な話を展開し………。
中也はどんどん書き進める…。
周囲の光はさらに勢いを増し、彼の眼前の空間がねじ曲がり、真鍮と木材でできた、古めかしい魔道具が一つ、具現化された。
コボルトのクゥは、恐る恐るその魔道具に触れる。すると、触れた途端、機械的な駆動音が響き渡り、金属のギアが回転を始めた。
魔道具の排出口から、焼きたてのパンと、湯気の立つシチューが、次々と出現した。
コボルトのクゥは、歓喜のあまり泣き崩れた。彼の瞳には、感謝の念が満ち溢れていた。
然し、中也の目は、その魔道具と、歓喜に震えるコボルトには向けられていなかった。彼の関心は、作品を書くことに集中していた。
中也は、自らの筆が生み出したことも知らずに魔道具や、コボルトの感謝には一切構わず、ただひたすら、自己の作品を書くのに夢中になっている。
「よし。次の作品を求め、吾は進むとしよう。この異世界は、斯くも物語の題材に満ち溢れておる!」
「あ、ありがとうございます!」
コボルトの感謝の言葉が聞こえないまま、中也は、次なる作品を求め、宿場へと歩みを進める。
• 斯る
このように、このような、こんな。
•商人然
商人のような。
•夕餉
ゆうめし。
•厭世観
この世は不幸や不合理に満ちていると考え、人生に積極的な価値を見出せないとする人生観や哲学上の立場。いわば悲観的。
•感懐
心に感じ、抱く思い。感想。
•昼餉
昼飯。
•真鍮
銅と亜鉛を混ぜ合わせた合金。




