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君ありて

『色々言いたいことはあるかもしれないけれど、まずは謝らせてほしい』

『…』


 あれから五日、私は王都に連れてこられ、クリストファーの前に立たされていた。触ったこともないすべすべの生地を使ったドレスを着せられて。


『王命とは言え、こんな強引に連れてくれることになってしまって申し訳ない』

『…なんとなく、なんのために連れてこられたかはわかってます』

『ほぅ』


 私は堂々として見えるように、背筋をピンと伸ばす。怖がることは、何もない。

 相変わらず、口元に微笑みを浮かべながらこちらをジッと見る彼からは一切の感情が読み取れない。貴族というか人形みたいでちょっと不気味だ。


『あまり情報は与えないように、といい含めておいたのだけど』

『従者さんは何も教えてくれませんでしたよ』


 実際、あの従者は気にかけてはくれたけれど、必要最低限の会話しかしなかった。

 というか、教会で習った敬語は間違っていないだろうか。村に住んでいたら敬語を使う相手なんてそうそういない。神父様くらいだ。貴族どころか領主様だって会うことはないのだから。


『私が王都に呼ばれる理由なんて一つだけでしょう?』

『…と、言うと?』

『人質…いえ、強すぎる切り札を繋ぎ止める鎖、ですか』


 そういうと、クリストファーはますます笑みを深めた。正解だろうか。柄にもなく緊張しているのか、手に汗が滲んでいるのがわかった。でも、それを表に出してはいけない。


『素晴らしい…どうやらルーク殿に引けを取らないというのは本当みたいだね』


 ルークの名前に思わずハッと目の前の男を見つめ直す。何を言われても動じないと決めたのに。反応してしまった。ルークの弱点だとか言っているが、私も大概、重症だ。


『ルークは無事、ですか』


 あれだけ毅然とした態度でいようとしていたのに、声が震えてしまった。村にも噂は届くけれど、それは随分古い情報だし、尾鰭瀬鰭がついてることも結構ある。


『無事だよ。むしろ強すぎて敵が可哀想になりそうなくらいね……本当に君の所へ帰りたいんだろうね』


 そう苦笑するクリストファーからは、どうしてもルークを縛り付けてやろうと言う、嫌な感情は感じれたなかった。まるで、私を使ってルークを脅そうとするのを嫌がっているみたいだ。


『クリストファー、様はこの状況は望ましくないのですか?』

『そう、だね。割とルーク殿の事は気に入っているし、個人的には役目が終わったら君と幸せに暮らしてほしいと思っている。でも、彼は規格外だ。今は味方として頼もしいけれど、いつ牙を向けるかわからないからね。万が一その先がこちらに向けられたら誰も勝てないし、そうなったら国は立ち行かなくなる、という陛下の考えもわかるんだ。一応これでも宰相だしね』

『…ルークは、一度敵とみなした人には容赦しないですから。それが、私関連なら尚更』

『自分の重要性をよくわかっているね。そうだ。君は救国の魔術師の最愛。彼の唯一の弱点だ。だから我々は君を利用する…すまないね』


 本当に申し訳なさそうにするクリストファーに、怒りを感じなかった。こんな方法はよくないと思うけれど、ルークを繋ぎ止めたい理由も理解できる。まぁ、どのみち私に拒否権はないのだ。権力も力もない村娘にできることは、ひとつもない。


『…私はどうなるんですか?』

『王宮の西側、そこには今はもう誰も使っていない離宮がある。君にはそこに身柄を置いてもらうよ。生活に不自由させる事はないと思う』

『え?』


 まさか王宮に留め置かれるとは思わず、私は大きく目を見開いた。ただの平民を使われていないとはいえ、離宮に住まわせるなんて。それほどまでに救国の魔術師を手放したくないと言うのか。


『ただ…外には一歩も出れないと思ってほしい。君の存在を彼に確認されるわけにはいかないからね』

『わかり、ました』

『私も様子を見に行くよ…じゃあ、行こうか』

『はい』


 こうしてただの村娘だったはずの私は、救国の魔術師に対する人質として、離宮で監禁されることになったのだった。





 ☆☆☆





『暇だなぁ…』


 あれから一月。私はだだ広い部屋の端にある、窓のそばに座りながらそうぼやいていた。ここでの生活は、信じられないくらい快適だ。ふかふかで大きなベットで何時間寝ていても怒られないし、ご飯も3食今まで食べたことのないとびきり美味しいものばかり。頼めばお菓子も出てくるし、正直村での生活に戻れるのかが心配なくらいだ。


 ⦅まぁ、私が戻してもらえるのかは知らないけど⦆


 思わず苦笑が漏れる。この生活がいつまで続くのかも、いつ待遇が変わるのかもわからない。侍女さんもいるけれど、質問に答えてくれても口数が多いわけではないし、あまり関わろうとはしてもこない。基本部屋にいるスタイルみたいだけど、どうしても気まずくて、呼んだ時だけ来てもらうようにお願いした。私に人を空気みたいに扱えなんて芸当は無理なのだ。だから、村では喧しいと言われるくらいうるさかった私が、あまり言葉を発することはなく、物静かだとさえ思われているようだった。


 ⦅…あの花、なんて言うんだろう⦆


 窓の外に広がるのは、色とりどりの花畑。ここにあるのは、道端で見る野花とは違う、綺麗で華やかなものばかりだ。その中の一つに、なぜか強く目を惹かれた。いくつかの小さなものがが集まって咲いている、真っ赤な花。見たことのない花だ。


 ⦅図書館、あったよな⦆


 決してこの離宮から出れない私は、あの花の近くに行ってみることはできない。でも、どうしてもあの花について知りたくて、私は初日にチラッと見ただけの図書館に足を運んでみることにした。今思えば、それくらいしかやりたいこともなかったから、あんなにすぐに行動できたのだろう。


『…どちらへ?』

『図書館に行こうと思って』


 部屋を出ると、おそらく護衛と監視のために待機していた騎士に話しかけられる。きっと村娘の私なんかよりもずっと身分の高い人なんだろうけど、初日に敬語は外してくれと言われたから、普通に話している。少し厳ついけれど、結構優しい人だ。


『お供いたします』

『お願い』


 この一カ月で、一人で出歩くのはもう諦めた。断っても上からの命令でついてくるのだから、大人しく一緒に来てもらうことにする。


『えーっと。花図鑑…はこれか』


 図書館について早速、比較的下の方にあった花図鑑を手に取る。パラパラとめくってみると、挿絵に色付きで綺麗なものだった。村の教会には、挿絵付きの本なんて殆どなかったから、多分おそろしく高価なものなんだろう。この図鑑だけではない。この図書館には数えきれないくらい本がある。図鑑から小説、歴史書も右から左まで、そして2階までズラッと並んでいて、見ているだけでワクワクしてしまう光景だ。


 ⦅…あった⦆


 一冊目では見つからなくて、二冊目に入った時、一番初めのページにその花の説明は載っていた。

 ゼラニウム。初夏か秋かに咲く花で、南の方の地方で有名らしい。私が見た赤の他にも、ピンクやオレンジ、紫なんかもあるようだ。


『はっ』


 そのページを読み進めるうちに、とある項目が目に入って、思わず笑いが漏れてしまった。花言葉。初めて知ったけど、花にはそれぞれ、種類や色ごとに意味があるらしい。赤色のゼラニウムの花言葉は『君ありて幸福』。今の私の状況そのものだった。いくら食事が豪華だろうと、綺麗な洋服を着せてもらおうと、結局ルークがいなければ虚しいだけなのだ。生まれてからずっと、何をするにも一緒にいた。一緒にいたからなんでもできた。幸せだった。家族にも会えない、ルークにも会えない。こんな生活、幸せなわけがないじゃないか。


『っ』


 ボロボロと涙が溢れる。こんなことで泣くなんて私らしくない。慣れない環境で気が滅入っていたのだろうか。本が濡れてしまいそうで、いくら止めようと思っても涙は止まってくれなかった。


『帰り、たい…』


 一ヶ月決して溢すことのなかった本音。無意識に溢れたそれに、後ろの騎士が息を呑むのがわかった。あぁ、いやだ。困らせたいわけではないのに。自分がここにいなければいけない理由くらい、わかっているのに。ここに来てから、何にも気にしていないような態度しか見せていなかったから、急にウジウジし始めた私にさぞ驚いていることだろう。


『ごめん、なさいっ。急に、こんな』


 ⦅止まれ、止まれ⦆


 どれだけ願っても、やっぱり止まってくれなくて。帰れない現状にも、何もできない自分にもムカついて、もう感情の収集がつかなくなってしまっていた。


『…こちらを』


 一瞬躊躇ったのち、目の前に真っ白なハンカチが差し出された。驚いて顔を上げると、そこにはひどく申し訳なさそうに、その傷が残る厳つい顔を歪めた騎士がいた。頬を静かが伝わるのを感じる。


『俺…私が言えたことではないですが、どうか我慢なさらないでください。うちにも、クレア様と同じ年頃の娘がいます。うちの娘は、うまくいかないことがあるとすぐ泣くのですが、貴方は、本当に同じ年なのかと疑いたくなるくらい我慢強い。でもいくら賢くとも、我慢強くとも、貴方はまだ子供だ。いくらでも、この状況に、悪い大人たちに怒っていい。泣いていいです。だれも咎めませんし、宰相閣下だって、甘んじて受け止めるでしょう』


 この人はルークを繋ぎ止めたい、悪い大人だと思っていたのに、その優しさが、弱った心にひどく沁みた。いくら取り繕うと、気を張ろうと、所詮私は小娘だ。経験値が上の相手に、そう簡単には勝てない。やっぱり、自分の未熟さ無力さが浮き彫りになってきて、自分を殴りたい衝動にかけられた。でもきっとこの人はそんなことをさせてくれないと思う。だって、あまり私と深く関わるなと命令されているはずなのに、こんなに親身になってくれたのだから。


『っ、うわぁあん』


 今日だけ。そう心に誓いながら、私は子供みたいに図鑑を胸に抱えて泣きじゃくった。


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