第十二章:予期せぬ再会
最初の激しい戦闘が一段落し、陽が傾き始めた頃、一行は束の間の休息と夜営のため、小高い丘の上に陣地を設営していた。焚火が起こされ、負傷した騎士の手当てが行われ、張り詰めた空気の中にもわずかな安堵感が漂い始めていた、その時だった。
警戒にあたっていた騎士の一人が、一人の見慣れぬ男を伴ってレオンハルト団長の元へやってきた。
「団長、旅の者を名乗る者が、情報提供をしたいと面会を求めておりますが…どうも様子が…」
騎士が訝しげに紹介したその男の姿を見て、大谷は我が目を疑った。そこに立っていたのは、中肉中背、黒髪に黒い瞳を持つ、見間違えるはずもない、かつて自分の専属通訳を務めていた男――水原一平、その人だったからだ。擦り切れた異世界の旅装に身を包んではいるが、その顔立ち、声色、そしてどこか落ち着きのない仕草は、記憶の中の彼と寸分違わない。
「……イッペイ…さん?」
思わず漏れた大谷の声に、男――イッペイは、驚きと、安堵と、そして何か別の複雑な感情が入り混じった表情を浮かべ、駆け寄ってきた。
「翔平さん! やはり、あなたでしたか! まさか、こんな…こんな世界でお会いできるなんて…!」
その声は震えていた。再会の喜びか、それとも別の理由か。
大谷は混乱していた。なぜ彼がここにいる? どうやってこの世界に? そして何より、あの事件の後、彼はどうなったはずでは…? 元の世界での裏切り、巨額の横領、そして解雇と逮捕。その苦い記憶が生々しく蘇り、目の前の男に対する警戒心と不信感が急速に膨れ上がる。しかし同時に、この見知らぬ異世界で唯一、自分と同じ「元の世界」を知る人物との再会に、僅かな、本当に僅かな安堵感を覚えてしまう自分もいた。
「…なぜ、あなたがここにいるんですか?」
努めて冷静に、しかし硬い声で大谷は問うた。
イッペイは一瞬言葉に詰まったが、すぐにいつもの人当たりの良い、しかしどこか胡散臭い笑顔を浮かべて答えた。
「それが…私にもよく分からないのです。気づいたら、この世界に…。翔平さんと同じような状況なのかもしれません。ずっと一人で心細かったのですが、まさかあなたにお会いできるとは…奇跡だ!」
彼はそう言うと、周囲の騎士たちに向き直り、流暢なアストリア共通語で自己紹介を始めた。
「突然失礼いたします。私はイッペイと申します。ご覧の通り、翔平さんとは旧知の間柄でして…かつて、彼の言葉を繋ぐお手伝いをさせていただいておりました。この辺境で偶然にも再会できたのは、何かのご縁でしょう。もしよろしければ、私も何かお手伝いできませんでしょうか? この辺りの地理や魔物の情報には、多少詳しいつもりです。それに、翔平さんのサポートなら、慣れていますから」
そう言って、彼は大谷の持つバットや、一行の装備、そして騎士団の様子などを、鋭い目で素早く観察した。その瞳の奥には、再会の喜びとは裏腹に、計算高さと、何かに対する強い渇望…金銭か、地位か、あるいは別の何かか…が隠されているように見えた。
レオンハルト団長やエリアナ、ボルガンは、突然現れたイッペイと、明らかに動揺している大谷との間に流れる、異様で緊迫した空気に気づき、訝しげな表情を浮かべていた。特にエリアナは、イッペイから放たれる、表面的な好意とは裏腹の、どこか淀んだ気配を敏感に感じ取っていた。
(この男…信用できない…翔平は、なぜあんな顔をしているんだ…?)
大谷は、イッペイの言葉を半信半疑で聞きながら、内心で激しく葛藤していた。信じたい気持ちと、信じてはいけないという強い警告。元の世界での裏切りは、決して許されることではない。だが、この異世界で、彼を突き放すことが正しいのか? そして、彼は本当に味方なのか、それとも…?
イッペイは、そんな大谷の葛藤を見透かすかのように、さらに言葉を続けた。
「翔平さん、大変でしたね…。でも、ご心配なく。これからは私がいます。以前のように、私が全力であなたをサポートしますから。だから、どうか私を信じて…」
その言葉は、かつての関係性を巧みに利用し、大谷の心の隙間に入り込もうとする、巧妙な罠のように響いた。彼こそが、冷酷非情な殺人クラン「ウォーターマネー」の一員であり、大谷翔平という存在に個人的な執着と歪んだ感情…劣等感、依存心、そして逆恨みを抱きつつ、組織の命令と自身の欲望のために再び接近してきた、最も警戒すべき危険人物だったのだ。
異世界での予期せぬ再会は、この戦いに新たな、そして極めて個人的で、悪意に満ちた危険な波乱をもたらすことになる。