第6話「戦闘準備」
ほぼ銀一色の部屋の中で、7人の天使がテーブルを囲んで座っている。
「えっ……僕らの……拉致!?」
アスクは元から丸っぽい目をさらに丸くして飛び上がる。
リプラは終始無言であったが、同じく目を更に丸くしていた。
レイズは宝石を握りしめながらテーブルの上の模型を見つめている。
「アスクもリプラも、成長していないにも関わらずとても強大な力を行使できるようになっている……堕天使はそれを前回の『月獣の暴走』で知ったのでしょうね。もし2人を仲間にできれば、月人根絶の完遂に大きく近づけると考えた……のかも。」
不安そうな様子でリプラがレイズに反論した。
「そんな……でも、私達!皆を裏切ろうだなんて考えてないよ!堕天使になる事なんて絶対に――」
珍しく、レイズがリプラの話を遮った。
「残念ながらあなた達も私達も堕天使に、月人の敵になりうる事は有り得るの。マリー……マリーゴールド・ガブリィエル。それが今ただ1人残っている堕天使の、天使だった頃の名前。彼女も天使だった頃は優秀で真面目な人だった。でも、今はこうして私達に牙を向いている。堕天使となった彼女にもう彼女自身の意志が残っているかどうか分からない。」
「ガブリエル……!?三大、知恵の天使が堕天してたなんて……。」
レイズに続いたチェッカの発言から、数秒ほど間を空けてインヘリットが再び口髭を撫でながら口を開いた。
「知恵の天使が敵に回っていると考えるなら中々頭が回るだろうし、手強そうじゃねえか……。ん?そういえばよ、アイツは笛じゃなくて剣を持ってたし、透明になって移動する事もせずにわざわざ沼ぁ飛び越えてきてたぞ?背が小せぇわけでもなさそうだったぜ、本当にありゃガブリエルか?」
レイズは不思議そうな表情をしながら腕を組んだ。
「ふむ……?天使は堕天使になった時に、能力が増えていた前例があるわ。かつて『巨人と月獣の暴走を連れて現れた、最初の堕天使』がそうだった……もしかしたら、能力は追加されるだけでなく、何か別の物に置き換わる場合もあるのかしら。」
堕天使について話を続けるレイズ達とは別に、アスクとリプラは堕天使ではなく堕天する事に恐怖を抱いて震えていた。
今のマリーという名であるはずの堕天使には、天使であった頃の人格や記憶がまだあるか怪しい上に、その姿さえも大きく変わってしまっている可能性があるという。
それはつまり、堕天使になると『自分は自分でなくなってしまう』可能性があるという事を意味している。
親友や仲間の事を忘れ、その仲間や親友を滅ぼすために彼らと『仲間だった者』として戦う、それは幼い2人にとってはとても恐ろしい事だった。
「――それじゃあこのまま堕天使の警戒は私が行うわ。インヘリット達にもこのまま『月獣の暴走』を任せるけど……万が一危なくなったらすぐに合図をこちらへ送ること、いいわね?」
「なめんじゃねぇ!いつもよりデカそうってのがなんだ?俺1人で全員かたづけてやらぁ。」
「了解いたしたぞレイズ様。インヘリット、頼もしいが撤退の見極めも怠らんでおくれよ。傷ならいくらでも治せるが、蘇生は出来んからな。」
「……1人の欠けも出さず、終わらせましょう!!」
前線に行く者達がやる気に満ちた様子を見せようとしている中で、レイズは彼らに心配そうな目を向けていた。
「皆やアスクとリプラの事、任せるわね。ロイヤー。」
「はい、お任せください!……レイズ様、どうかご無事で。マリーゴールドという天使がどれほどあなたと親しかったか私には分かりませんが……彼女は恐らく、もはや我々に牙を向くだけの危険人物です……もし奴にマリーゴールドの自我が少し残っていても――」
「分かってるわ。この刃に、迷いは絶対のせない。」
ロイヤーの方を向いたレイズの目には、先程とはうってかわって決意がみなぎっていた。
皆を見ているレイズの表情を見て、アスクとリプラはあることに気づいた。
「「(レイズ・ミカエル、ミカさんは堕天使に過去の仲間だった頃の姿を重ねていない。マリーという堕天使をただの敵としか見ていない。)」」
レイズのその考え方に2人は彼女の強さと、敵に回した時の恐ろしさを感じていたが、それと同時に心のどこかで『元仲間として殺される』事はないのだ、と少しだけ安心していた。
「アスク?リプラ?」
「「へ!?はい!!」」
突然話しかけられた2人が驚いて変な声を出した。
そんな2人を心配そうな顔で全員が見ている。
「2人共、顔色が悪いけれど大丈夫?」
「ピリナスの中で守られるだけだってのに……何そんな食べなさすぎで腹下したみたいな顔してんだ?」
「珍しくインヘリットの言う通りだ。まさか、前の『月獣の暴走』の準備期間から本当に食べていないんじゃないだろうな……?」
「成長前に食べずにいると能力の伸びが悪くなるぞ?」
全員の視線に痛そうな反応をとりながら、2人は椅子を飛び降りた後に肩を組んで元気な様子をアピールした。
「まさか!真剣な話してたから真剣な顔になってただけだよ?」
「そうそう!気にしすぎだよ!フルーツなら散歩中にもらって食べたよ!」
2人の様子を見ていたレイズがおもむろに席を立ち、アスクとリプラの後ろに移動してから、彼らの頭に手を置いた。
「……もう特に私達の間だけで会議する事は無さそうね。ここからはスピード勝負よ!チェッカ、リメイム及びインヘリットの前線へ向かう天使達は戦闘担当の月人へ作戦の伝達を、ロイヤー及びアスクとリプラは月人全員がちゃんと避難出来ているか確認しておいてくれる?」
アスクが見上げた時のレイズの表情は、アスク達が先程まで何を考えていたのかなんとなく分かっているようで、何か別の事を言いたくて堪らなさそうだった。
天使達が部屋を後にし、各々が任された仕事のためにそれぞれの方向へ歩いていく。
リプラと共にロイヤーの後へついていっていたアスクがふと窓から外を見ると、たくさんの月人がピリナスの庭に集まっているのが見えた。
先程リプラが空けた穴の中に収まっていたり、追いかけっこをして遊んでいたり、窓にひっついてこちらの様子を伺っていたり、各々が自由に過ごしていた。
「戦いに参加しないあの子達は……この戦いが終わってもきっと何も知らないで生きていくんだろうね。」
リプラが物憂げな顔で外を見ていた。
2人が足を止めている事に気づいたロイヤーも足を止めて、彼らと共に外を眺めている。
「彼らが恐ろしい事を何も知らないまま生きていけるようにするのが、天使である我々の使命なのです……昔レイズ様が、俺が今のお前と似たような事を言った時に、同じような事を言ってくださったのさ。」
3人は、それぞれ別の窓から外の景色をしばらく眺めた後、リプラがアスクの方へ駆け寄り手を握って、それを見たロイヤーは再び廊下の奥へ歩き始めた。
ロイヤーに続いてアスクとリプラも歩き始め、紫色の服をまとった天使達は、フルーツを貯め込んであるサイロの方へ向かった。
――――――――
「過去最大規模……!?」
「前回の奴でクタクタに疲れてるのに、もうまた……!?しかももっとデカいって……!」
都市を囲む壁の前に集まっていた月人達がざわついている。
中には持っていた武器を放り投げてうずくまる者もいた。
「あ、あの……!せめてもっと人を集めた方がいいのではないですか!?前回の戦いでもいつもよりか少ないとはいえ、数人死にました……!他の役割に充てられてる人達から引き抜くなりして、戦える人を増やしてください!」
取り乱した様子で、1人の月人が集団の前に立つチェッカへ叫ぶ。
「そうですそうです!」
「戦う人が多くても損は無いです!!」
月人達の困惑の声が訴える声に変わろうとした時、インヘリットがチェッカの横に立った。
インヘリットが大きく咳払いをすると、ざわついていた月人達が一斉に大人しくなる。
ため息をついてから、インヘリットが得意の大声で集団に話し始めた。
「残念ながらテメーらや俺みてぇに、デカい兎や狼に武器向けまくってきた奴はそうそういねぇんだ!!そして、アイツらの喉元なんかに武器ぶっ刺せた奴はもっと少ねぇ!トドメを刺してアイツらを地面に還した奴は更に少ねぇ!!」
恐らく前回の戦闘で初めて月兎を倒したのであろう月人が、手に持っていたハルバードを握り締めた。
「お前らは最初、戦いに行く気こそあったろうが、実際に戦闘に出りゃ死ぬほど足手まといになってたよな――」
話が長くなる事を察知したリメイムがインヘリットの前に立ち、彼の話を遮る。
「オホン、つまりじゃな……戦う意思がなく、経験も無い者を大量に集めても、逆に足手まといにしかならんという事じゃ。経験を積んだ儂らが力を合わせれば、儂らの数が百でも幾千の有象無象すら蹂躙できる。」
「……そういう事だ!!もしかするとこの戦いこそが決戦になるって話だしな!精一杯暴れまくってやろうぜお前ら!!」
もそもそとした様子のリメイムに、自分の言いたかった事をまとめて言われたインヘリットは、どこか不満気な様子で大声を出した。
「「「おうっ!!!!」」」
月人達がインヘリットの声へ返答するように武器を掲げた。
――――――――
都市のある所では天使と月人達が物資を運び、ある所では月人達が整列をして敵を迎え討つ体制を整えていた。
そんな中、ピリナスにある館の内部、自身の部屋の中でレイズ・ミカエルは1人で銀色の宝石を見つめていた。
「……9人……。」
曇った表情で、レイズは宝石を持つ手に力を込める。
「(感じる……私達と、堕天使と……何か、別の存在が今この月面にいる……?)」
彼女は窓の方へ歩き、月の目の前に浮かぶ『巨大な青い星』を見つめながら、何かを考えていた。
時を同じくして、月の都市を遠方から見つめている影があった。
「よーいドンでスタート……って感じか。緊張するねー……ミカ、元気かなぁ。殺されないといいんだけど。」
剣を撫でながら、長い黒髪の女性が深いため息をついた。




