第5話「堕天使の目的」(非戦闘パート)
「どうぞ。」
レイズ達7人の天使達が扉の前に立つと、レイズの少し後ろについて歩いていたロイヤーが率先して扉を開け、レイズをエスコートした。
「ありがとう、皆の事もこのまま通してあげてくれる?」
「はい。」
ロイヤーが扉のドアノブを持ち、扉が再び閉じないようにしている間に、レイズに続いて他の天使達も館へ入っていった。
アスクはリプラに手を引かれながら館に入っていく中、ロイヤーの握っている月鉱でできたドアノブの中で、金色の線のような光が素早く蠢いているのを目にした。
アスクの後に続くインヘリットの後ろへついていくように、他の天使がピリナスへ入る所にロイヤーも続く。
自身の後ろを怪訝そうな顔で歩いているインヘリットヘ、アスクが歩きながら振り向いて尋ねた。
「ねぇインヘリット、あの黄色いキラキラの線が入ってる月鉱が使われてる扉とか、ピリナスの壁とか、結界って、たしか天使じゃないと開けられないんだっけ?」
インヘリットが首を傾げ、親指で頭を突いている。
「あ?そんな物あったか?……てか、お前が答えてやれよロイヤー。ちょうど今触ってたろ?」
インヘリットに話しかけられたロイヤーは澄ました顔で鼻を鳴らした。
「金線の入っている月鉱はレイズ様によって『受け入れる者を限定された』月鉱です。許可されていない者には触る事すら出来ず、逆に許可されている者なら天使でなくとも干渉する事ができるんだ。」
インヘリットが欠伸をしてどこか退屈そうな様子を見せる。
「ほーん、俺らが知ってる単語で短く表すなら……セキュリティって所か?便利だな。」
その様子に少しだけ苛立ったロイヤーが熱い手でインヘリットの肩を強く掴む。
「……月人として生まれてから最初に教えられる常識の1つのはずだが?貴様は次に会う時までに覚えておけこのシワシワ野郎が。」
「……。」
インヘリットが何か言いたげな顔でアスクの方を見ると、アスクは歩きながら少しずつ慌て始めた。
「いや!僕らはまだ成長とか進化とかしてないから……さ!?生まれてからまだ間もないしまだまだ知らない事があっても仕方ないでしょ?」
「てめぇ……防衛戦に出たいとか言ってたくせに都合のいい時だけガキぶりやがって。」
インヘリットが少しだけわなわなし始めたのを見て、ロイヤーは素早くインヘリットとアスクの間に割り込んだ。
「お前も情緒だけなら通常種や成長前と何ら変わらないだろ。アスクとリプラは……折角だ、今度からしばらく外へ出られなくなるわけだし、都市に関する事を全暗記してもらいましょう。」
ロイヤーがいい事を思いついたと言わんばかりに手を叩くと、アスクとインヘリット、ついでに一連の会話を聞いていたリプラも揃って不服そうな顔をした。
「ほら、やっぱり子供と変わらないじゃないか。」
その光景にロイヤーが耐えきれず、吹き出して笑っていた。
――――――――
賑やかそうな後方の会話を聞きながら、レイズがまっすぐ前を向いて歩いていると、リメイムが少し声のトーンを落として彼女に話しかけた。
「……レイズ様、今回の『月獣の暴走』はきっと"前例の無い"規模になるのでしょうな……。」
その言葉の影に隠された思考を読み取り、レイズは廊下の壁に彫り込まれている模様を指でなぞりながら歩いていく。
「こちらも全身全霊で戦うのよ。どんな事が起きても今まで通り人々が都市で暮らせるように……いえ、今回はもしかしたら堕天使自身も戦いに来るかもしれない。その時は、終わらせましょう。」
壁の模様をなぞっていた腕を下ろし、レイズが再び前を向くと、今度はチェッカが彼女に話しかけた。
「……お伺いしたいのですが、何故大規模の『月獣の暴走』だけでなく、堕天使自身も赴いてくるとお考えなのですか?奴らがそんな危険を冒す理由は……まさか。」
チェッカは少しだけ後ろを向いて4人を見た。
ロイヤーやアスク、リプラやインヘリットが楽しそうに話している。
「……終わらせると言ったけれど、きっと今の私達に終止符を打つ事は出来ないのかも。もしそれができる者が既に生まれているとするなら――……――それはきっと、アスクただ1人。」
「ん?ミカさん、僕の事呼んだ?」
リプラ達と話していたアスクはレイズの話していた内容の中で、自分の名前とその前後の単語だけを正確に聞き取った。レイズは廊下の途中にある扉の一つの前に立った後、アスクに向かって微笑みかける。
「アスクとリプラについて……チェッカやリメイムと、会議の前に少しだけ話したかったの。2人にも今から話すわね!」
レイズが扉を開けて部屋の中へ入っていくと、リメイムやチェッカ、リプラもレイズに続いて入室していった。
リプラに続いて部屋に入ったアスクは、金属でできた縦長のテーブルを取り囲む、同じ金属でできた椅子の1つに飛び乗った。
「(僕とリプラについて……?でも、確かに今『アスクただ1人』って言ってたような。何が僕限定なんだろう?目の模様かな……?)」
レイズは各々が席に着いたのを確認すると、テーブルの上をじっと見つめた。
すると、突然テーブルの上がまるで水面のようになり、波打ち始めた金属がやがて、テーブルの上に月の都市の模型を形成した。
月の都市の他にも、少し離れた所に沼が作られている。
沼から月の都市の方向へ矢印が伸びている事から、恐らくこの沼は今回の『月獣の暴走』の発生源を指しているのだろうと皆が察した。
「それじゃあ、天使間の情報共有を始めるわね。」
レイズがテーブルから目を離し、チェッカと少しだけ目を合わせてから、再びテーブルを見つめる。
「それではまず前兆現象を確認した経緯について……アスクとリプラが乱入してしまった『月獣の暴走』の後、チェッカとインヘリットが発生源と思われる沼へ向かい調査を開始。その直後に2人は堕天使を目撃し、堕天使が沼から召喚した攻撃的な光に襲撃された。堕天使はインヘリットと対峙した後に逃走して、沼は攻撃的な紫色の光を残したまま『月獣の暴走』の前兆現象を起こし始めた……2人共、何か間違っている点はある?」
レイズの話に合わせるようにして、テーブルの上にある沼の周りにバチバチとした線が走り始めた。
「その通りです。」
「何も。」
2人がそう答えると、レイズは沼の上に都市の方を向いた月兎や月狼の模型を作り出した。
「今回の『月獣の暴走』、早すぎる再来や沼での堕天使の目撃、攻撃的な光の件を踏まえると、きっと我々月人にとって史上最も危険な物になる。」
「では、今回は私も前線に赴きますか?」
ロイヤーがレイズの目を真っ直ぐ見つめながら発言したが、レイズは少しだけ俯いて都市の模型の真ん中を指差した。
「ロイヤーは今まで通りピリナス内で月人達の護衛をお願い。『月獣の暴走』を正面から迎え討つ天使にはインヘリット、リメイム、チェッカの3人を任命するわ。」
都市模型のピリナスの部分や壁の方を指差しながら、レイズはそれぞれの配置を指定していく。
「アスクとリプラはピリナス内にて他の月人と共に待機。私はピリナスの周りを警戒しながら、都市内を巡回します。」
最後の1文にインヘリットとレイズ自身を除いた全員がどよめいた。
「レイズ様!?そんな事私がやります!レイズ様が外へ出るのは危険です……!!」
ロイヤーが立ち上がり、頼れと言わんばかりに自身の胸を強く叩いた。
「私が何かしらに負けると思う?」
ムッとした表情のレイズと目が合ったロイヤーは、焦った様子で椅子に座りこんだ。
「いえ……ですが、もし何かレイズ様に何かあれば、リーダーを失った全体の士気は確実に崩壊します……教えていただけませんか?そのような危険を冒してまで、レイズ様がただでさえ普段より危険であるはずの『月獣の暴走』の最中にピリナスの外へ赴こうとする理由を……!」
少しの静寂の後、インヘリットが大きくため息をついた。
「……あ?」
ロイヤーが彼を睨むと、インヘリットは背伸びをして気だるそうに話し始めた。
「『月獣の暴走』の目標、なんて言われてたっけかぁ……?月人の殲滅とか言われてたっけか?」
全員が沈黙してインヘリットの方を向いている。
「前々から思ってたんだが、殲滅っていう割にゃ毎回毎回規模がクソすぎる……前線で戦ってる天使が俺だけでもいつも通りの規模なら楽に退けられちまうほどにな……アレに堕天使が意味をこめてるとは思えねぇ、自然現象みてぇな感じでだな……?」
話を纏める事があまり得意ではないインヘリットの話にイラついたロイヤーが身を乗り出す。
「それで、何が言いたいんだ。」
インヘリットは髭を撫でながら、テーブルの上の沼を見つめていた。
「俺はな、いつも来る『月獣の暴走』にゃ堕天使は絡んでなかった気がしてんだ。ま、ソレは今俺の言いたい事じゃねぇし、置いといてだな。今回の『月獣の暴走』は堕天使が沼の近くにいて、紫のバチバチな光が現れたし、前のヤツからあまりにも早くまた来たんだ……つまり、今回のヤツにこそ、堕天使の野郎は何か確実に殲滅かソレ以上の目的を持って何か仕込んだんだろ?ソレをアンタは分かってるワケだ、レイズさんよ。例えばそう……堕天使ご本人様による別方向からの奇襲を成功させるための囮、とかな。」
インヘリットが不敵な笑みを浮かべながらそう話すと、再び彼とレイズを除く全員が少しだけざわついた。
「ふむ……お主、やはり戦関連だけでは頭の回る奴になるんじゃのう。ほほほほ!」
長い顎髭を撫でながらリメイムが笑った。
「後半言うだけで良かったろ?リメイム……ま、とりあえず俺達が『月獣の暴走』とぶつかってる間に、レイズ様は堕天使との決着をつけるつもりなんだろ?」
「……えぇ、そうね――」
「「待って!」」
レイズが懐に隠している宝石を触りながら作戦の話を続けようとした所で、アスクとリプラが彼女に元気に話しかけた。
「ミカさんがもしそのつもりなら、僕達かロイヤーも助太刀に行った方がいいと思わない!?」
「堕天使を倒す事ができたなら、何かの拍子に新しい堕天使が現れるまでは皆平和に暮らせるようになるし!」
目を輝かせている2人を見て、レイズやリメイム、チェッカは少し困り果てていた。
3人の様子を見て事態を察したインヘリットは、『アウレオラ』の能力を応用して、椅子の上に立とうとするアスク達を押さえつけた。
「落ち着けガキ共。確かに堕天使を殺るってのは俺達にとって退屈な……ゴホン!平和な日々を過ごす上で不可欠な要素だろうがな、まずお前らは『なんで堕天使がわざわざ自ら来ようとしている』とレイズが考えたのか考えてみやがれ。その……生意気にも才能に溢れた体に手を当ててな!!」
レイズはインヘリットに向けてゆっくりと拍手した。
「ほんと、戦いの方面でインヘリット以上に頭の回る人は居ないかもしれないわね。私の予想では必ず来る堕天使による奇襲……その目的は恐らく『アスクとリプラ』の拉致よ。」
殺風景な部屋の中で会議は続く。




