第39話「白く、切なく、優しい街」
「こっちだ。」
十字路の上で立ち止まった木槿がまっすぐと前を指差している。
左右に曲がる道にはアスファルトが敷かれているのに対して、木槿が指差した先には白いタイルが敷き詰められた広い道が続いていた。
「コリウスもここを通ってったの?」
「いいや、この白い道は人しか通っちゃダメなんだ。」
進もうとする木槿の裾を掴みながら止まっていたアスクの前で、一葉がしゃがんで微笑む。
「あぁ、そっか!こんな光景、見るのは初めてですよね。」
「……うん。」
白い道の上で多くの人々が行き交っている。
それぞれが違う髪色、目の色や肌の色なのは当然のように所々には鋼鉄のような肌質の人間や角を生やした者、三つ目の人間もいた。
強いて上げる彼らの共通点としては、皆がこの道の上で明るい笑顔を浮かべていたくらいである。
「木槿さんや私も一緒に進んであげますから、ね?」
「……うん!」
少しだけ2人の影に隠れながら、アスクが彼らと共に道を進んでいく。
「……ここは白蛇街、恋する蛇巫女が夢見た街。」
「やっぱり文字は読めるんですね?」
「どういう事が書いてあるのかは、月に無い単語の意味まで知っておかないと分からないんだけどね。」
書かれた地図と文字を読み取りながら、看板の前を通り過ぎていく。
「(なぁ、もしかして蛇って地球の生物のことなのか?)」
「(多分そんな気がする。長くて細くてヒョロヒョロした、ツルツルの生き物。)」
「(ロイヤーの奴、火蛇っていうヤツをよく作ってたよな?どうやって蛇のことを知ったんだろうな。)」
涅槃のようにアスクの魂の中でくつろぐインヘリットを幻視しながら、アスクがフードを揺らした。
「(んー……?僕達って見たことのない文字も知ってるんだし……蛇の事も知ってておかしくはないんじゃ――)」
「おや?百目の仮装とは珍しいね。私に目玉、1つ分けとくれよ!」
突然横から聞こえてきた陽気ながらも恐ろしい内容の声に、アスクが目を見開いて振り向いた。
「アハハッ、冗談だよ冗談。……おや?銀髪紫目……模様つき!?」
道の横に建てられている店の中に単眼の女性が立っていた。
エプロンをなびかせながら、今度はその女性が大きく目を開いている。
「「おぉぉぉぉっ!?」」
近づいてくる女性に驚いたアスクによって盾にされながら、一葉が女性の前に立った。
「す、すみません……この子、人見知りな上に……今まで彩人しか見たことが無くて……。」
「あらそうなのかい……驚かせちまってすまないね……。」
「大丈夫だよ!それより……あなたは何人なの?」
一葉の後ろから顔を出したアスクが小さく笑みを浮かべた。
「アタイかい?龍妖彩生まれの妖人さ。」
「妖人なんだ!やっと会えた。」
女性が咄嗟に片手で目を抑え、店の奥へ入っていく。
「?」
「なんだか……心にひっかかるような言い回しをするじゃないか……。」
「(……僕何か悪い事したかな……。)」
「(さぁな?)」
店の隅に並べられていた黒い筒の形をした物を女性が手に取ってアスクに差し出してきた。
「サービスだ、食べていいよ。」
「……?良い匂い!ありがとう!!」
「木槿さん、アレ渡させていいんですか?」
「問題ない。」
嗅ぎ慣れない香りをいくつもまとっている黒い筒にアスクが勢いよくかぶりつくと、海苔が弾けるように破れて、中にあった白飯と卵と醤油で味付けされたそぼろの味が口の中になだれ込んできた。
「何これ!?すごい美味しいよ!初めての味とか食感とかね……たくさんある!!」
「気に入ってくれてよかった……ほら、コレもあげるよ。」
差し出された一枚の紙にもアスクがかじりつこうとした瞬間、木槿がソレを素早く回収した。
「……はははっ、すみません……この子食べ盛りで、何でも食べちゃおうとするんです。な、一葉。」
「え……は、はい!そうなんです。」
作り笑顔を浮かべる木槿と共に一葉が一芝居うっている。
「そうなんだね、元気なのは良い事だよ。ソレ、白蛇街のパンフレットさ……持っていないようだったからね。」
「なるほど……助かりました。今さっき失くしてしまって、困っていたんです。」
嘘をついたはずの木槿の横でアスクは平然と海苔巻きを食べ続けていた。
「美味美味……。」
「すっごい美味しそうに食べてる……あの、私達にも2つください!」
「あいよ!」
「白蛇街を楽しんでくれ!百目の王子様!!(……やけに若いご両親だったな。)」
「ありがとう!!」
手を振りながら店の女性と別れた後、海苔巻きを食べる2人の間でアスクがパンフレットを見始めた。
「ここは白蛇街、恋する蛇巫女が夢見た街……大体書いてある事は一緒かな?看板を持ち歩いてるみたいで便利だね。」
「うあもほむひなにか書いてありまふよ。」
「恐らく白蛇の巫女の話か?」
地図が乗っていたパンフレットの裏面を見ると、筆で書いたような文字列と共に1つの絵が載っていた。
「月に戻った想い人と、民のために命を散らした悲劇の巫女の話……?」
白い道を歩きながらアスクが、燃え盛る建物の中に立つ1人の巫女の絵を見つめる。
――――――――
今よりおよそ300年前、霜月に1人の巫女がこの地で美しい男と出会った。
白銀の髪と紫の目を煌めかせながら巫女の前に現れたその男は、たちまち巫女と惹かれ合っていった。
やがて強力で可憐な巫女とその夫として2人は数年をかけて街の長となり、多くの変霊や脅威から街を守り続けた。
しかしある日、男は巫女に自身が『月からやってきた存在である』と打ち明け、加えてすぐに月へ帰らなければならない事を話した。
故郷が野蛮な敵に滅ぼされようとしている、助けにいきたいと話す男に巫女はついていく事を許されなかった。
月が浮かぶ宇宙では巫女は生きていけず、それに巫女も月へ行ってしまえば街を守る存在が居なくなってしまうから。
男と巫女はそれぞれの大切な場所を守ると約束し、別れた。
男が去った後、やがて街に巨悪が迫る。
多くの変霊や悪に堕ちた妖人を率いて『鬼の一武』が現れたのだ。
呪いをこめた『一武巻き』を異形の者どもに食わせ、手下を作った一武が巫女の暮らす霜月宮(後の霜月白蛇宮)へ進んでいく。
宮の中で多くの変霊や人々が争う中、一武と巫女が対峙した。
一武が巫女に叫んだ。
「俺と共に来い、あの男はお前を捨てたのだ。」
と。
巫女はそんな言葉には耳も貸さず、男との約束を守るため街や民を守るために一武へ立ち向かい、敗れた。
しかし、最期の力を振り絞った巫女が奇跡を起こす。
蛇のごとく街中へ伸びた白い光が一武や悪人、変霊を包みこんで霜月宮の奥底へ封じ込めたのだ。
宮の奥で、今も巫女が封じた一武とその手下達は苦しみ続けている。
そしていつか、月から帰ってきた男に止めをさされるのだろう。
――――――――
「……月からやってきた男……!?」
「(蛇、月から来た男……ははーん?ロイヤーの野郎、まさか地球に行った事があったのか!?)」
「(いや……四六時中ミカさんに尽くしてるロイヤーにはこんな事してる暇なんて無いだろうし。そもそもミカさんとかリメイム以外の人と親しくできそうな印象ないし。)」
上から伸びてきた一葉の手にパンフレットを渡したアスクが、腕組みをしてから首を大きく傾げた。
「まさかこんな所で、月人に関連していそうな話に遭遇するとはな。」
「思いがけない収穫……上層はこの昔話の事を知っていたのでしょうか?」
パンフレットに穴が空きそうな勢いで見入る一葉の横で、木槿が指についていた海苔の破片を舐めとっている。
「さぁな……何にせよ俺達がL.E.R.Iである以上、ここで何も調べずに観光だけしているわけにはいかないな。」
「そうですね、まずは旅館に向かうまでの道で『月から来た男』に関する情報を得られないでしょうか……?さっきみたいにお店の人とお話ししたりして!」
2人の間で腕を組み続けるアスクの魂がわずかに震え続けていた。
「(もしかしてあの単眼の人が渡してきたヤツが一武巻きかな?)」
「(そうかもな……一武って奴はあの美味いアレに何か細工して変霊を仲間に……ん?おい、そもそも変霊ってなんだよ?)」
「……確かに!?!?」
突然叫んだアスクに驚いた木槿や一葉に加えて、道を行き交っていた人々が彼の方に目をやった。
そそくさとアスクを隠して移動しながら、一葉がこっそりアスクに声をかけた。
「突然どうしたんですか……!?」
「さっきのお話の中で出て来た変霊って何?そういえばまだ聞いてなかったんだ。」
そんな事に気づいただけで叫んだのか?と心の底で困惑する一葉の横で、木槿が淡々と呟いていく。
「簡単に言うと、『生に執着した人間の慣れの果て』だ。人が死ぬ時に強い未練を持っていると、まず体だけ死んで魂だけが生き残る。10分から20分……まぁ少しの間だけは魂だけが辺りを彷徨えるんだが、それも死体の周り1.2mくらい。生前の当人と関わりが強かった者だけがその魂を視認できる。」
「成れの果て……?魂だけが生き残って、少し時間がたったらどうなっちゃうの?」
周囲からの視線が消えた事を感じ取った2人がアスクを隠す事をやめ、先程と同じように歩き出す。
「体というのは魂の型だ……液体の形を保つためのコップか水槽のような物。そして魂は粘性の高い液体のような物だ。体という型が死んで無くなっても少しの間は魂だけでも人として存在できるが……やがて歪み始める。」
「……生前の記憶や人格がどんどん溶けるように歪んでいって……最後には崩れて消えるか、周囲の人間に見境なく襲いかかる『変霊』になってしまうんです。しかも、死んだ後の体は変霊になった時にボロボロになって、変霊はその体の破片をコアにして活動を始めます。コアを壊さないと、1度変霊になった人は消えてくれません……。」
木槿の話を補足する一葉の顔はどこか暗い印象を含んでいた。
「死んですぐ、まだ生前の人格が残っているのを『残格霊』。死んでから時間が経って、生前の記憶や人格を失って周囲に害を及ぼし始めたのを『変霊』という。」
「そうなんだね……あのパンフレットの話に出て来た封じ込めてるっていうのは……何?殺すのとは、また違うんだよね?」
その一言を耳にした木槿が立ち止まり、道の奥を指差す。
「そうだ、封じ込めるっていうのは殺すワケじゃない。閉じ込めて、出てこれなくしているだけ……。見えるか?昔話が正しけりゃ、あそこに一武と変霊が封じ込められている。」
木と白く塗られた石で作られた巨大な社が、道の続く先で異様な雰囲気をまとっていた。
「……いつか、出てきそうだね。封じ込めただけじゃ。」
「そうですね……でも、お話には書いてあったじゃないですか。いつか月から来た男がトドメを刺すって。帰ってきたワケじゃないですけど、もしあそこから何か現れた時は頼りにさせてもらいますよ?木槿さんと一緒に!」
顔を合わせ、少しだけ口角を上げていたアスクと一葉の横からいつの間にか木槿が消えている。
「何やってんだ、コッチに曲がるぞ。」
「「あれっ……?」」
白い道から外れ、3人は小道を進んでいく。




