第38話「最低時速56km」
「ねぇ、巫女って何?」
「うーむ……女の祈る人?の事だな!!!!」
「じゃあその巫女を祀る……って何?」
「うーむ……死んだ者を慰め……いや!!この場合はだな――」
「富って何?」
「お金がたくさんある……みたいな感じですかね?」
「一葉、アスク殿はお金を知らんと思うぞ!?」
「あっ。」
――――――――
「ねぇねぇ!じゃあさ、恋と愛の違いってなぁに!?」
朝日の下、政府から与えられた乗用車の中でアスクが嬉しそうに跳ねている。
「……なん……だろうな……もう私にも分からんなぁ……。」
「私にも……ちょっと分からなくなってきましたね……。」
対照的にとても疲れた様子で運転を続けている一葉が、ルームミラーを使って同じく酷く疲れていそうな顔をしているコリウスに目線を送った。
「あれだ、アレ……なんだろうな、違いは春雨と糸こんにゃくのような……。」
「えっ何それ!?」
「あーあ……勘弁してくださいよぉ……。」
負の連鎖によって加速し増幅する好奇心はアスクの質問攻めも加速させていく。
「じゃあさ!前提の春雨と糸こんにゃく?ってヤツのことから教えてよ!」
「あ、……あ……あぁ。」
後部座席にいたコリウスがとうとう窓にもたれかかって目を閉じてしまった。
「……コリウス!?」
「アスクさん……コリウスさんが地球人っていうのは質問されすぎちゃうと疲れちゃう、みたいな事言ってたの覚えてますか?」
山の中を通る道路に入った乗用車の中で、一葉はハンドルに体重をかけ始めた。
「覚えてるよ……?もしかしてもっと減らすべきだった?」
「その通りです……次からはせめて5分間に1回くらいのペースで、質問してきてください……。」
重くなってきた瞼をなんとか上げ続けながら一葉が少しだけ横へ目をやると、山に囲まれた中にある大きな集落が見えた。
集落の奥には白い巨大な道やいくつかの特徴的な形の建物が並んでいる。
「し、白蛇街だ……もうすぐ……。」
「ねぇ一葉。」
「えっ……?すみません、質問ならもう白蛇街へ着いた後に――」
「違う!!もっと速く進んで!!!!」
後ろを見つめながらアスクが叫んだ。
乗用車の後ろから、木が次々と倒れてきている。
「な、何!?」
アクセルペダルを強く踏まれ、加速していく車が下り坂に入った。
道路の横に広がる林の中で何かが暴れて木々を倒している。
ソレが放つ殺意と魂を睨みながら、アスクがそっと後部座席のドアを開けた。
「アンデッドじゃない……この気配、アイツらに似てる!?」
「戦うつもりですか!?」
「白蛇街まで連れてくわけにもいかないでしょ!」
木々をこちらへ倒そうとしてきながら突き進む影と睨みあっていたアスクが、隣で眠るコリウスの肩を揺らす。
「起きてよコリウスさん!!『月獣』がいるよ!!!!」
「月獣……?アスクさん、アレ月獣なんですか!?」
アスクが咄嗟に言い放ったその単語に、眠り続けるコリウスの代わりに一葉が反応した。
「そう!あの魂とか敵意の形、すごいそっくりだ!!」
コリウスを起こす事を諦め、大鎌を構えていたアスクへ向けられる殺意がより一層沸き立った。
「……来る!!!!」
影が薙ぎ倒した木の幹を掴み、雄叫びを上げる。
「グォワ ァァァァ ァ ァッ!!!!」
「このブツブツな感じの声って……!?!?」
大木が宙を舞い、林から飛び出し、車に向かって落ちてくる。
「やばっ!!」
シートベルトのように伸ばした死月鉱で自身と車を繋いだアスクが車外へ飛び出し、木漏れ日を浴びた大鎌が煌めく。
「マーナガルムの新たな使い方を見せてやる!!」
迫る大木の前に飛び込んだアスクが、大鎌の柄込みのあたりを妖しく輝かせた。
「【孤独見下ろす満月】!!!!」
大鎌から発生した爆発的な変形がその勢いを刃へ伝える。
同時に少しだけ広がった刃が大木をまっすぐと2つに切り裂く。
空中で回転したアスクが自身に繋いでいた死月鉱を巻き取り、乗用車の上へ着地を決めた。
「次はどうくる!?」
「ブォォ ォォォ ォッ!!!!」
林の中から巨大な熊が紫雷をまといながら走り出てくる。
「狼でも兎でもない……なんなら、大狼よりもでかい!?」
速度を上げて迫ってくる大熊をバックミラーで確認した一葉がアクセルペダルを踏み続けながらハンドルを切った。
「ひぃっ!!助けて木槿さぁぁぁぁん!?!?」
ドリフトを決めた車が曲がりくねった下り坂を下りていく。
大熊も少しの間ソレを追いかけてきていたが、追いつけないことを悟ったように途中の下り坂で動きを止めた。
「……う、上手くいってる……私、ドライバーの才能あるかも……?」
頬を少しだけ緩ませた一葉とは反対に、アスクが歯を食い縛った。
曲がりくねった坂の上で、紫色の光が強く輝き始めている。
「ブ ォォォォォォォ……!!!!」
「ビリビリを撃ってくる気だ……!どうしよう!!」
坂と坂の間に生えていた木の葉や木々の隙間から漏れる輝きとアスクが睨みあう。
「(こんな高低差じゃテメェが死月鉱投げても届くか怪しいな……使うか?アウレオラ。)」
「(ダメ!!死月鉱だけでもまだやれるよ!!!!)」
インヘリットと自身の心の声に深呼吸を重ねながら、小さくまとめた死月鉱をアスクが両手で包み込んでいく。
「地球に来た時、アンデッドと戦ってた時……!もっとイメージを……思い出せアスク!!」
輝いた死月鉱の中に記憶が流れ込んでいく。
「(一葉が複製してくれた、僕の力加減の練習に使ったアレ……アレは壊れてた物!壊れる前は大きな音を出して、何かを発射してた……木槿や一葉達が使ってたアレの名前は……そう!)……銃だ!!!!」
大きめの銃を作り出し、その中で分裂させた死月鉱を煌めかせる。
激しく動き続ける車の上、白銀の髪を風に撫でてもらいながらアスクが目を細めた。
大熊がその口元へ収束させた紫雷を眩しく光らせた瞬間、銃口は正確無比にその閃光へ向けられる。
「【撃ち抜け死月銃】。」
「オ…… ……!!!!」
紫雷の塊を貫いた死月鉱の欠片が大熊の喉元へ刺さり、激しく煌めいて山の中の暗闇を一瞬だけ照らした。
「きゃぁぁぁぁっ!?!?」
巨大な反動に押された車が大きく揺れ、ガードレールを突き破って宙を舞う。
「やば……!?(孤独見下ろす満月と同じような感じで、銃の勢いが車にも伝わっちゃったんだ!!!!!)」
アスクが死月鉱で自身を車の上に固定しながら車にしがみつく下で、一葉がデコボコに荒れた道の中で必死にハンドルを切り、目の前に次々と現れる木々を避けていく。
「ひ、いっ、ぃ、ぃ、ぃ、ぃ、死、ぬ、ぅ、ぅ、ぅ、ぅ、っ!?!?」
――――――――
山の中へ続く道の近く、木槿が時計と携帯を交互に見つめていた。
「10、9、8、7……。」
彼がカウントダウンを呟く度、山の中から聞こえてくる音が大きくなっていく。
「……3……2……1……。」
アスクを上に乗せた乗用車が山を滑り降りてきて、勢い良く柵を突き破りながら木槿の前に現れた。
「ぎゃぁぁぁぁっ!!!!」
車の進む先にいる木槿に気づいた一葉が絶叫しながらブレーキペダルを踏みこむと、彼の数歩前でなんとか車は止まってくれた。
「0、ようこそ白蛇街へ。」
「し、死ぬ……というか、殺す所だった……。」
和風な街へ続いていく道路の上へ、運転席から出て来た一葉が倒れこむ。
「木槿!!僕ね、新しい戦い方、覚えたよ!!」
意気揚々と車から飛び降りたアスクを撫でながら、木槿が一葉の前に栄養ドリンクを置いた。
「よかったな。ところで……また何かに襲われたのか?一葉は死にそうだが、怪我でもしたか?」
「そうそう!月狼みたいなでっかいのが襲ってきたんだよ!?」
「ふぁぁぁぁ……あ?熊と狼が喧嘩しているだと!?私も見たいぞ……ん!?ココは!?!?」
コリウスが木の葉にまみれた車から欠伸をしながら降りてきて、変な事を言う彼をアスクが苦笑いをして見つめる。
「怪我は多分してないんですけど……や、休ませてください……。」
「休みたいか……このまま道路の上で休み続けるのと、もう少し歩いて旅館で休むのならドッチがいい?」
「そりゃ旅館だろうな!!!!……どうやら私が寝ている間に色々あったらしいし、車は私が洗車なり給油なりしてから停めてくるから!!3人は旅館へ先に行っておいてくれ!!!!」
のびをしてから運転席へ乗り込んだコリウスが街の中へ移動していくのを見届けた後、木槿が一葉の肩を持ちながら歩き始めた。
「俺達も行こう。とりあえず旅館へ直行してから聞かせてくれ、どんな戦いがあったのか。」
「は、はい……!」
「行こう行こう!!……待って、旅館ってなんだっけ?」
白蛇街へ入っていく彼らの魂を、山の中から銀髪の男が見ている。
地面へ散らばった大熊の破片を拾っては投げ捨て、やがてその中にあった死月鉱の破片を見つけた。
「……何故ココへやってきた?計画がバレていたワケじゃないみたいだけど……。」
死月鉱の破片を見つめながら、アンディが不思議そうに首を傾げる。
「まぁいいや、偶然でも巻き込めて殺せたなら万々歳だろうしさ!」
――――――――
「そうか……L.E.R.Iの連中が白蛇街に。」
電話をアームでつまみ上げていたオルカが、赤黒い空の下で笑っている。
「……偶然かなぁ、それとも仕組まれた物かなぁ?」
オルカへもたれかかりながら死体の首筋を舐めているロベリアが目を細めた。
「どちらにせよ……面白くなる事は間違いないじゃないか。あたし達も向かう準備を――」
「おい……お前ら……。」
「んー?どしたのダークリアぁ。」
布の下へ携帯をしまったオルカのもとへダークリアが歩み寄り、自身が持っていた通話中の携帯を差し出した。
「『上層』から……オーダーが……宇宙を怪しみ始めて……A.S.Oを作り直したとの報告だ……。」
「ほほう、L.E.R.Iが現れたことと関係がありそうだ……待雪を消してやったというのに、L.E.R.IもA.S.Oも生き延びてくるとはね。フフフ、フフフフフッ……!あたしはA.S.Oの観察でもしておこうか、白蛇街は……あくまで少し手伝う程度にしておこう……頼めるかな?ロベリア。」
頭にかぶったシャチの頭蓋骨を震わせながら、オルカが『模様』を回していた。




