第3話「遭遇」
月人には現状『3つ』の種類がある。
幼い容姿で、月人の総数のほとんどを占める『通常種』。
月人の中で常に7人以下しか存在せず強力で、成長する『天使種』。
そして『天使種』から派生し、深淵のような色の体毛と目を有する『堕天使種』。
『月獣の暴走』と同じく、『堕天使』の全容は謎に包まれている。
ただ、『月人でありながら月人の敵である』という事を除いて。
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巨大な闇の沼を挟んで、インヘリットとチェッカと堕天使が向き合っている。
互いに目をそらさず、風が空を切る音と沼が泡を弾けさせる音だけが3人の耳に入ってきていた。
インヘリットは堕天使の出方を伺いながら汗を垂らす。
「(チェッカの能力……笛をふいて、それを聞いた仲間の視界に『その仲間がある程度攻撃できて』かつ『敵が反撃しにくい』箇所を表示させる能力……ふざけんじゃねぇ、俺は天使だぞ!?仮にも月で今3番目くらいには強いはずの俺の目に『アイツの弱点』が見えねぇだと!?)」
堕天使が少し緑がかった黒く長い髪をなびかせている。
沼の底からゆっくりと泡が昇ってきては水面で弾けていく。
風が何も起きない時間の中を、淡々と流れていく。
「……おい!!!!」
長い静寂に耐えかねたインヘリットが、堕天使へ沼越しに声をかけた。
「初めましてだなクソ野郎!今回の『月獣の暴走』は自信作だったのか!?いつもと同じくらいの規模だった気がするが……やられちまって元気がねえようだな!あぁ!?」
堕天使が黙って首を傾げると、インヘリットが再び声を張って堕天使へ叫ぶ。
「耳悪いのかテメー!!ビビッてねえでコッチ来やがれ沼色髪野郎が!!!!」
チェッカが慌ててインヘリットの口を抑えようとする。
「インヘリット!?勝てる見込みが無いのに喧嘩売らないでくださいよ!!」
「うるせぇ!!……あんなのにビビッてるなんざ俺らしくなかったぜ!戦ってみたら意外とどうにかなるかもしれんだろ――」
2人が言い争いを始めた瞬間、彼らの上を影が通り過ぎた。
「「!!」」
直径150mはある沼を音も無く跳び越し、堕天使が彼らの背後に降り立つ。
「やる気になりやがったか!!」
「(いつの間に……こんな距離を跳んだんだ……!?)」
2人はそれぞれ武器と拳を構え、目の前の存在を睨みつけた。
堕天使が腰に差していた剣に手をかけた瞬間、地面が少しばかり揺れた。
直後にとても巨大な泡が沼から浮かび上がり、大きく弾ける。
泡の中に閉じ込められていた空気が紫色の雷を発生させて、雷が2人へ襲い掛かった。
沼に背中を向けていた2人は咄嗟に振り向き、それぞれが拳や武器を振って雷を弾き飛ばす。
「(なんだぁ!?闇溜りから何か呼び出したのか?少し触れただけで刺されたみてぇに痛ぇ……いや、それよりコレはまずいな!あの野郎に背中見せちまった……!!)」
雷を振り払った勢いを活かし、インヘリットが堕天使の方へ振り向いた。
既に剣を抜いている堕天使と天使の輪を展開し始めたインヘリットが対峙する。
インヘリットの背後では、チェッカが自身に集中している雷を弾き続けていた。
戦況は動かぬまま、時が過ぎていく。
ふと、堕天使と睨みあっていたインヘリットが何かに気づき、口を開こうとした。
「……!?お前――」
その言葉を聞こうとする事も無く、堕天使が素早く地面を蹴り跳び上がる。
堕天使はインヘリットのいる方向を見つめながら、都市とも湖とも違うどこかへ跳んでいった。
インヘリットは去っていく堕天使の姿が見えなくなるまで彼女を睨み続けていたが、堕天使の姿が見えなくなるとすぐさま振り返って沼を見つめた。
先程よりも沼は更に多く泡を作り出しており、水面で弾けた泡の中からは雷が弾けだしている。
「俺の所まで下がってこい、チェッカ。」
インヘリットの様子は先程とはうってかわってとても冷静そうに見える。
「?こうすればいいんですか……?」
チェッカが不思議そうに後ろへ下がると、今までチェッカだけに襲い掛かってきていた雷が突然襲い掛かってこなくなった。
泡から弾けて生まれた雷は行き場を失い、無に伸びては消滅していく。
チェッカは目を見開いてその様子を見つめていた。
「一定範囲内しか攻撃できないのか、よく気づきましたね……それより、これは……!!」
インヘリットが構えを解き、ただ腕を組んで立っている。
「俺は戦闘以外の事に関しちゃ全く分からん事だらけだからな……これが何なのか考えるのはお前に任せるぜ。俺は今別の事考えるんで頭が限界だ。」
沼から現れ続ける大量の気泡を見つめながら、チェッカは声と体を震わせていた。
「早……すぎる……!!急いで都市に戻らないと!雷とか堕天使とか色々変な箇所はありますが……間違いない、この大量の気泡が上がってくる現象は『月獣の暴走』の前兆現象です!!」
――少し後、月の都市の地下深く。
都市の端あたりに点在している長い階段を降りていった先にある、薄暗く巨大な空洞。
空洞の底には直径200m程の闇溜りがあって、その畔には月人が何人か居た。
「分かりました!分かったから離せ!!」
青年が2人の子供に纏わりつかれながらもがいている。
「もう大きくなるまで戦わないから!いいでしょ?」
「外出禁止になる前に一回だけ散歩したいの!逃げないから!」
「分かったと言ってるだろ!?一旦ピリナスに戻ってレイズ様に色々報告をした後に戻ってきますから、それまでにはこの辺りに戻ってくるんですよ!……いいですね!?」
「「はーい!」」
2人のしつこさに根負けしたロイヤーは早歩きで彼らから離れていった。
ロイヤーが階段を登り始めるとアスク達は彼に向けて振り続けていた手を降ろして、湖の畔に座り込んだ。
「この景色……次見られるのはどれくらい先になるんだろう?」
アスクとリプラはそれぞれ湖の端から端を見渡した。
「意外とすぐまた見れるかもしれないよ!……あっ見てあそこ!浮かんできてる!」
リプラが指差した先の湖の底から1人の月人が浮かんできた。
月人は身をよじらせながら湖面に顔を出し、まるで地面から抜け出すかのようにゆっくりと自らの全身を湖の上に投げ出す。
湖の上に立った月人は周りを見渡すと、何かに呼ばれるかのように階段の方へ走っていった。
最初に浮かんできた彼を皮切りに湖の様々な場所から月人が浮かんできては、湖の上に立ち階段を上がるために走っていく。
リプラはその光景を見つめながら懐かしい気持ちになっている。
「逆さまに浮かんできた子は居なかったね……!懐かしいなぁ、私達もああやって生まれてきたんだよね、アスク!」
アスクから返事が返ってこない。
リプラが恐る恐るアスクの顔を覗き込むと、アスクの視線は湖の底に真っ直ぐと向けられていた。
リプラがアスクの視線を手で遮ると、アスクが驚いた様子でリプラの方に顔を向けた。
「あっ!ごめん……!なんか話してた……?」
慌てた様子のアスクを、何かを察したリプラはそっと抱き寄せた。
「……また浮かべなかった人が見えたの?」
リプラはアスクを心配していた。
少し考え込んでから、アスクは頷いて答えた。
「……うん、今回は2人。」
リプラが再び湖を見渡した。
「……きっと私達が生まれた時にも浮かべなかった人達は何人か居たんだろうね。今思ったんだけれどさ、私達が戦場に飛び出たのはその浮かぶ事ができなかった人達にとって、とっても失礼な事だった気がするの。」
「どうして?」
「……月人って生まれてくる時は湖の底から浮かんできて、湖の上に立つでしょ?他の闇溜りと違って、ここは私達が浮かんできたのにその後上に立つ事が出来て、抜けたらもう二度と中に潜る事も出来ない……コレってすごい変だなって私思ったんだ。なんで浮かんできたのにその上に立てるんだろうって!」
「……?」
「……きっと、今まで何人もいた浮かんでこれなかった人達が私達を上に立たせてくれてるんだ、って。私はそう思ってるんだ……そう考えたら、次に気になる事が生まれてくるの。」
「……なんで浮かんでこれなかった人達は、僕達を上に立たせてくれているのか、って?」
「そう!……それでね、きっとあの人達は自分達がやりたかった事をやってほしい、『自分達の分まで生きてほしい』って思ったから湖に立たせてくれてるんだって、私はそう思ってる。」
リプラの言葉を聞きながら、アスクは俯いてリプラによりかかった。
「ふーん……つまり、リプラは生きて欲しいって思ってくれたこの人達に対して、好奇心で死ぬかもしれない場所に突っ込んだ事が失礼だったって思うって事?」
「そう!そういう事。」
「……貴女はまるで、死者にまだ意思があるみたいに話すんだね。」
座り込みながら湖を見つめるアスクとリプラに、目のまわりに包帯を巻いた月人が近づいてきた。
2人が振り向き服やフードに描かれている模様が、包帯を巻いた月人の方に向けられる。
包帯を巻いた月人は彼らの横に座り込み、どこか怒っているかのような様子で湖を見つめた。
「そっか……あなた達は……死の天使と光の天使、魂が見えるから浮かぶ事が出来ずに、誰にも知られずに溺れ死んだあの子達の魂が消える瞬間が見えてたから、そんな話をしていたんだね。」
少しの間を空けて、アスクが包帯を巻いた月人に尋ねる。
「……えっと、君は?」
「クリキンディー、意味は金の……いや、それよりあなた達の名前は?」
クリキンディーが包帯を触っている。
アスク達は名前を聞かれると、クリキンディーの前に並んで互いを紹介し始めた。
「親友のアスク・スーリエル!」
「親友のリプラ・リュミエール!!」
クリキンディーは2人を交互に見てから、首を傾げた。
「えっと……髪が長い方がリプラでいいの?何故そんなややこしいやり方で紹介を……?」
「「何となくやってみたくなったから!」」
「……そっか。」
困惑するクリキンディーを前に、リプラが咳払いをしてから胸を張った。
「おほん……クリキンディー、私達は『死者にも意思がある』なんて思ってる訳じゃないよ。」
アスクが小さく頷く。
クリキンディーが立ち上がって服のシワを伸ばした。
「なら、どうして死者が私達に生きて欲しいなんて思えるの?」
リプラは顎に手をあてながら少し考えて、自信ありげに口を開いた。
「正確には彼らは『思ってた』のかな。あの人達が死んじゃう前に『皆には自分の分まで生きて欲しい』って思ったから、その願いが私達を湖の上に立たせてるんだと思う!」
クリキンディーはきょとんとした顔でリプラの顔を見つめた後、少し口角を上げた。
「ふーん……えっと、月人達はそれぞれ色んな性格や、個性なんかを持っているよね?私の……包帯とかあなた達の服の模様とか。同じ月人を探す事なんてほとんど不可能なくらいに、色んな月人がココで暮らしてる……浮かんでこれなかった子達もきっと色んな個性や性格を持ってた。そんな中で死ぬ瞬間に皆が『誰かに自分の分まで生きてほしい』なんて願うと思う?」
リプラはそう言われると少し不安になって、考えた後にこう呟いた。
「少なくとも私ならそう願うかな!」
「……長く話しすぎちゃったかも。この後やらなきゃいけない事があるから……またね。」
クリキンディーはそう言うと、アスク達に背を向けて階段の方に向かっていく。
クリキンディーの去りゆく背中を見つめながら、2人は談笑を再開した。
「なんか不思議な人だったね。」
「うん……というか、あの包帯って見た目の割に結構薄いのかな……?僕達の模様が見えてたみたいだけど。」
階段の方向へ突き進みながら、クリキンディーが静かに呟く。
「……ごめんね。」




