第36話「いつか思いつく挨拶を、いつか会う皆様へ。」
「……そういえば僕の存在って大っぴらへ出しちゃダメなんじゃないの?」
会議を終え、廊下を歩く木槿の後についていきながらアスクが腕を組んでいる。
首を傾げながら歩く彼の前で突然開いたドアにアスクが頭をぶつけた。
「うべっ!」
「V……?君も古代語を学んでるノン?悪くない発音ネ!」
「ただの呻き声だろ。」
ドアから現れた褐色肌の女性が、鮮やかな緑色の目を輝かせてアスクの前にしゃがみこんだ。
球状にまとまった紺色の髪についている飾りは異様な雰囲気と微かな風を放っている。
「ドアを当てちゃってたノネ……Perdón!」
「ペルドン……?」
「……紹介しよう、ガーベラ・バスクエダだ。コイツもL.E.R.Iだが俺達とは別働隊でな、主に地球の旧世界について研究している。」
ガーベラの見慣れない容姿を観察しながら、アスクが首を傾げる。
「なんだか不思議な格好だね?」
「コレ全部、旧世界から見つかった文化やアクセサリーの情報を再現した物なんだヨ〜。」
「さっきのペルドンという言葉も旧世界で使われていた古代語の1つでな、謝っていたんだ。」
ガーベラの髪飾りについた青い宝石がそよ風を放っている。
「そうなんだ……!ねぇ、僕さ、今からライバーになりに行くんだ。だから今は時間ないんだけどね、今度旧世界のこと教えて!」
「おぉそーナノ!?じつはネ、私もライバーやってるんダ!旧世界とか古代語と一緒にノウハウも教えてあげるから、また近々会おうネ! Adiós!!」
木槿に手を引かれながら、アスクは遠ざかっていくガーベラへもう片方の手を振っていた。
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「間違いありません、この物質は尋常ではない硬度を有しています。どんな物質をぶつけてもコレは壊せないし変形もさせられない……同じような物をぶつける事ができればその限りではないかもしれませんが。」
ブライツ本部の中に存在する研究区画にて、オーダーに資料を手渡したブライツ所属の研究員が冷や汗をかいている。
「……オーダー。あんな物、どこで見つけてきたんですか?」
「星観寝山付近の高速道路、料金所の電光掲示板に刺さっていた。」
1度切れてから日にちが経って、既に治った自身の指をオーダーが見つめる。
「可能性は少ないですが……あの紫色の隕石の破片でしょうか?」
「こんな硬い物が落下の衝撃ごときで、それに加えてあそこまで綺麗に割れる事は無いだろうな。」
資料を受け取ったオーダーが、彼らが死月鉱へ行った実験の結果を確認してから溜め息をついた。
「やはり硬度だけでなく鋭さも尋常ではないのだな。ミスリル鉱の表面をなぞるだけで削ったとは……。」
「さすが、B.1オーダーに数年ぶりの傷を負わせた物といいますか……。」
沈黙が続いた後、突然オーダーが振り返って勢いよく歩き始めた。
「オーダー?……どこへ行かれるのですか!?」
「政府が昔作っていたA.S.Oという組織を知っているか?」
彼女の後を小走りで追いかける研究員にオーダーが資料を返す。
「え、A.S.Oですよね?宇宙人がいる可能性を求めて月に行った結果、貴重な人材を事故によって無駄に失っただけで終わって、政府に解散させられたあの――」
「ソレを再結成させるよう上層に進言してくる。」
「えっ!?」
拳を握り、オーダーが更に早く歩いて研究員を廊下に置いていき始めた。
「宇宙にいる存在があのような物質を大量に持っているなら、放っておいていいわけがない!!目的の達成にこそ失敗したとはいえ、宇宙に辿り着いた者達の助けを今こそ借りねばならないだろ?」
「え……あっ……ちょっと待って……オーダーさ……。」
息を切らして膝をついた研究員が、廊下を突き進んでいくオーダーの背中を見つめていた。
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アスクのために空けておいた部屋へ、アスクと共に入ってきた木槿が即座に部屋の奥にあるパソコンの前に座りこんだ。
「これからお前は不特定多数の人々の前に映像として現れるわけだが……べつに月人である事は隠さなくていい。」
「ほんとに?」
パソコンを操作する木槿と共に画面を見ていたアスクは、結局よく見ても分からない画面を見ることをやめて部屋を一望し始めた。
ベッドと机と、机の上にあるパソコンと……壁にかけられた時計しかないこの部屋は、今の所とても殺風景だった。
「ライバーの中には異世界人だのなんだのと素性を隠して活動している者も多いからな。お前やココの位置さえ分からなければ月人だと言ってしまって問題ない。」
「そうなんだね……ところで今何してるの?」
部屋を見回す事にも飽きたアスクが再び画面を覗く。
「お前を全世界に見せる準備だ。」
「ふーん……ねぇ僕、何を話せばいいの?」
少しだけ緊張し始めたアスクが部屋を彷徨う。
「まず最初に挨拶と自己紹介をする、挨拶か自己紹介と一緒に印象に残るような事をしてみるといいかもな。代表例だと挨拶をアレンジする奴で、『こんにちは』と『自分の名前』を組み合わせて言うやつがある。」
「そうなんだ……こん……アスク?こん……こんにちアスク……こんエル……?」
首を左右に大きく傾けて揺れるアスクを横目に、木槿がパソコンの前から離れた。
「1分後に配信が始まるようにしておいた。俺は行くから、頑張れよ。」
「は!?」
アスクが慌てふためいている合間に木槿が部屋を去り、静かな部屋の中でアスクは震えていた。
「え、どど……どうしよう……挨拶も決まってないよ……!?」
頭が真っ白になった状態のアスクの周りで、無情にも時が過ぎていく。
1分のカウントダウンが終わり、カメラがライトを光らせた。パソコンの画面に映った黒い四角の中に文字列が流れてくる。
「新しいライバーがキター!!と思ったら物理的に固まってて草。」
「小さくて多分可愛いんだろうけどカメラの画質が悪すぎる。」
「銀髪紫目とかすげぇな、中々見ない色だわ。」
「緊張しまくってて可哀想、親がやらせてるのかな。」
その文字列が誰かの打ち込んだものである事に気づいたアスクが震えながらカメラの前に立つ。
「は……ふ、ふぅ……。」
「(し、深呼吸しろ……この世界のどっかにいる奴らの印象に残らないと強くなれねぇんだぞ!!)」
リプラのため、リプラのため、仲間の皆のため!心の中の騒ぎを押さえつけながら、震える口を開いた。
「は、初めまして!!月からテッペン目指して十万里――」
音質も画質も、使われている技術も良い物ではなかったこの配信は多くの人の目につく事こそなかったが……しかし、アスク・スーリエルはこの時たしかに踏み出したのである。
希望と謎に満ちた、光の方へ伸びている道を突き進むための……その第一歩を。
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深い、深い、山の奥。
人影がおぞましい雰囲気を放つ岩の前に立った。
太いしめ縄と何枚もの札に囲まれた大岩に影が近寄り、その腕を大きく振りかぶった。
人影の繰り出した拳が大岩を砕き、札や縄は炎に焼かれるように消えていく。
「……ボォォォォォォォォォォォォォォォォ……」
大岩の下に隠されていた洞窟の奥から、風切り音にも似た声が聞こえてくる。
「コレがウメキ様か……全く、たまたま上手いこと同じような考えの奴らが纏まっただけの変霊を崇拝するなんておかしいな。」
男が拳を振り切った姿勢から、そのまま指を洞窟の奥へ伸ばした。
指先から放たれた一筋の紫雷が洞窟の中を跳ね返りながら消えていく。
「アンディ、コレは何を……しているの?」
彼の背後にいた竜人が首を傾げて洞窟の奥を覗きこむと、洞窟の奥に溜まっている暗闇の中で何かが歩いている気配がした。
「各地で驚異的な変霊として、殺される事もなく封印されていた『名ありの変霊』達を解放してあげているんだよ。」
「そ……れはっ……優しいと思うけど……解放されただけじゃ変霊は救われないんじゃないかな?」
体を駆け巡る雷のような痛みに竜人が震えていると、アンディは優しい笑みを作りながら彼女の隣に歩み寄った。
「そうだね、生に執着した人と人の成れの果てが混ざった存在と言えど……このままじゃきっとまだ寂しいだろうね。どこかに集めて1つに纏めてあげようか。」
洞窟から這い出て来た"何か"がどこかへ歩いていく様子を見つめながら、アンディが竜人を抱き寄せた。
「『合流場所』はどこにしようかな……?」
スマートフォンを弄るアンディが薄ら笑いを浮かべ続けている。
「……霜月白蛇宮がいいかもね?アイツへの嫌がらせにもなる。」
「恋愛と、と、富のご利益がある場所……?」
アンディにもたれかかりながら竜人がそう呟くと、アンディは笑いながらスマホを投げ捨てた。
近くに転がっていた若い死体の頭部に投げられたスマホが直撃し、死体の頭が少しだけへこむ。
「ほら、死ぬまで命よりも大切そうに握ってたろ?命以外は返却してあげたよ、アハハ……月に消えた想い人を待ち続けながら、最期は百鬼夜行を引き連れて来た『鬼の一武』と戦って死んだ悲劇の巫女『白蛇』のために建てられた宮……か。アハハハハッ!!話がめっちゃ歪みまくってんじゃん、馬鹿みたい~……アホ臭すぎて、笑えるぜ。」
無言で歩く竜人を連れながら、アンディが目の中にある模様を静かに妖しく輝かせていた。
閑話 ["異世界"ライバー失踪事件]
ブライツ機密事案ファイルNo.1
コレはブライツが発足して以降初めて機密事案としてデーターベースに登録された事案である。
2███年、『異世界の勇者を名乗るライバー』が森の中で発信していた最中に未知の生物に襲われ消息を絶った。
ブライツの隊員が発信に使われていたサイトが記録していた位置情報をもとに現場へ急行したものの、そこには森どころか草の1つもなく、都会の中心部でライバーは森にいた事になっていた。
数日後、包帯を巻いた姿でライバーが再び発信を開始。
ブライツの隊員が再び現場へ急行したものの、やはりそこには森もライバーもいなかった。
配信サイトのエラーも確認されていない。
現在でもライバーは以前と変わらぬ姿で定期的な発信を行い続けているが、常に森や草原を歩き回っているライバーと隊員が遭遇を果たせた事は無い。
彼を最初に追い続けていた隊員は今や退役し、悠々自適な老後生活を送っている。
「おかしいとは思わないかい?あのライバーがいる世界と我々がいる世界は明らかに時間の流れも、景観も違う。でも実在していないわけではなさそうだった。だが……それならあのライバーはどこにいて、どうやって発信をしているんだろう?まさか、本当に彼は……?」




