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第23話「思いと共に輝く死月」

 アスクの地球行きが前倒しになった直後、湖の底にある裏空間にて。


「君に質問をしたい……アスク、君は死月鉱を上手く操って戦うためにはどんな事が大切だと思う?」


 湖の底からヘドロのような物をすくい上げるクリキンディーの前で、アスクは首を傾げる。


「うーん……その場その場でしっかり判断しながら、良い感じの物を作り出す事かな?ほら、クリキンディーと戦った時にさ……君が月鉱を地面に張り巡らせた時、僕が咄嗟に何かを作って飛び上がってたでしょ?」


「【反発の死月鉱(ポッピングドーム)】か……そうだね、ソレも正解だった……でも、もう1つあるんだ。そっちは何だと思う?」


「もう1つ?――」

「はい時間切れ。」


「……早いよ!」


 クリキンディーがヘドロを手でこね始める。


「死月鉱を操り戦う上で大切なのはね、()()()()()()()()()()()()()()()なんだ……塗り潰された儚い命達よ、私達に……()せて。」


 球のように固まったヘドロにクリキンディーが小さく囁くと、瞬時にヘドロの球が紫色の閃光を放った。


「わ!……え……!?」


 閃光に目をつむったアスクが次に見たのは、彼にとってはとても新鮮な景色だった。

 光の粒子がまとまって、空を羽ばたく小さな生き物や甲羅を背負った獣達の真似事をしている。


「……地球にいる……あるいは()()生き物達の記憶だよ。」


 アスクが開けた口を閉じるのも忘れながら生き物達を見つめている横で、クリキンディーは指に止まった光の粒子を見つめていた。


「この子達はあまり長く存在できない……今の内に、できる限り覚えて。死月鉱と、彼らが教えてくれる全てを……それと­­­――」



 ――­­­――­­­――­­­――



 一旦思い出す事を止めて、熱いドームの中でアスクは目を見開いた。


「【走行装甲球(アーマーディロ)】!!!!」


 アスクが叫びながらドームの壁に触れると、死月鉱のドームは煌めきながら球状に変形していく。


「(球になった……アスクはあの中か!?)」


 球の中で、アスクが球の中に作られている棒を掴む。


「(装甲をいくら薄くしても死月鉱は破れないし……呼吸で胸を膨らませるように考えたら狼と同じくらいの大きさにできた!重くはないからぶつかったりしても意味はないけど……これなら炎も気にせずロイヤーに近づける!!)」


 ロイヤーよりもはるかに大きい【走行装甲球(アーマーディロ)】が、地面を転がりながら彼に迫る。


「チッ……。」


 青い炎と共にロイヤーが空高く舞い上がり、走行装甲球(アーマーディロ)を見下す。


「そんな戦い方は……誰から教わったんだ!?」


 ロイヤーが腕を振り指揮をとると、ロイヤーの真下で止まっていた走行装甲球(アーマーディロ)を焔蛇達が囲い込んだ。


「空を飛ぶ……走行装甲球(アーマーディロ)の底面で爆発を起こせば!」


 紫の眩しい閃光と共に走行装甲球(アーマーディロ)がロイヤーに急接近する。


 ソレを見つめているロイヤーの目には、葛藤がこもっていた。


 ­­­――こんな奴、とっとと地球に行かせてしまえばいいと……レイズ様は思っているのでは?


 いいや、そんな事あの優しいレイズ様が考えるはずない。


 コイツ(アスク)には才能がある。いつか月を守る大きな力になるはずだ。


 そして何よりコイツとリプラはレイズ様に気に入られ……愛されていたはずなんだ。


 だが、コイツらを手に入れるために攻めてきた月動物の暴走(ゾイカタイギーガ)や堕天使によって月人も都市も多大な被害を受けたのだから……。


 リプラを追いかけさせる形で2人共月の外へ追いやってしまえば確かに月はしばらくの間だけでも平和に……いいや、やはりレイズ様がそんな事を考えるはずはない。

 ……でも、そうだとすると……レイズ様は私よりもコイツの事を信用している事になる。

 ……俺より幼い天使であるアスクの事を信用している可能性も、厄介払いの可能性も、アスク達の事をレイズ様が愛していない可能性も­­­――



「何もかも……納得できるかぁぁぁぁ!!!!」



 口や手、足から青炎を吐きながら、ロイヤーが勢いよく走行装甲球(アーマーディロ)の装甲に手を伸ばした。


「ぐうううう……ああああっ!!!!」


 月人の尋常ではない握力によって走行装甲球(アーマーディロ)が片手で掴み上げられる。


「納得できない……賛美などできるはずがない!!今の今まであなた達は自身の口から何も教えてくれなかった!!!!あなた達の側で助言をするのが、助けるのが私の……『賛美の天使(セラフィエル)』の月人としての存在意義ではなかったか!!」


「……ロイヤー……。」


 どこか絞り出しているような様子のロイヤーの叫びを聞いたレイズが、小さく彼の名を呼ぶ。


「……この戦いが終わったら……あなた達に全部を教えてもらいたい……そして、もう1度……考えましょう。」


 葛藤という風に吹かれた炎が少しだけ弱まり、橙色になり始めていた。


「……嫌だ。」


 走行装甲球(アーマーディロ)の中で、アスクは死月鉱を握りしめる。


 アスクは、リプラと離れ離れになってから酷い孤独感に心の芯を強く蝕まれ続けていた。


 時に仲間と話している間など、孤独から与えられる苦しみの強さに差はあれど、彼の心の奥を孤独から救えるのは唯一無二の親友(リプラ・リュミエール)だけしかいなかったのだ。


 考え直すだと?


 ふざけるな。


 そんな事ができる余裕など、外面だけ元気に振る舞い続けていただけのアスクにはもう残っていなかったのだ。


 この『嫌だ』はその限界に気づいていないはずのアスクの口から出た、無意識の本音の始まりだった。


「僕はリプラに会いに行きたいんだ……。」


 微かに震え始めたアスクの声を聞いたロイヤーが表情を曇らせる。


「……何故だ、そこまでして今すぐお前だけで行く必要は­­­――」


「今まではっきりとは気づけてなかった!!僕はリプラと離れ離れになってから……ずっと壊れそうだったんだ!!!!眠る時、暗闇で手を握ろうとして何も握れなかった時も、僕の分のお菓子を半分に割ろうか考えた瞬間にソレを一番分けたい人がいない事に気づいた時も……一瞬で全部めちゃくちゃにして死にたくなるくらい僕は悲しくなってた!!!!今までそういう事、ミカさんにも誰にも相談してなかったのに、突然今ここで言うなんておかしいと……自分でも思ってるけどさぁ……!!リプラ、僕なんかよりもずっと寂しくて辛いと思ってるんじゃないかな。僕と違って、知らない場所で、知らない奴らに囲まれてるんだもの……。」


 話の着地点が見えないアスクの話し方に、ロイヤーは先程までの葛藤して不安定になっていた自分の事を重ねる。


「……そうだな。お前も……リプラも……きっととても辛いんだろう……少なくとも俺には理解しきれないほどに。」


「そこが分かってるなら……僕だけでも会いに行かせてよ!!」


「……いいや、ダメだ……今のお前じゃ堕天使には勝てない……せめて大きくなってから­­­――」


「そこまで待てるか!!リプラもリプラじゃなくなっちゃうかもしれないのに!!!!」


 普段と全く違う様子で声を荒げるアスクに、ロイヤーは困惑と()()怒りを覚え始めていた。


「1人で堕天使を倒すどころか、堕天使と戦わずにリプラを取り戻せるとでも思っているのか!?奴らは俺達の敵なんだぞ!!」


 レイズが地球に目を向ける。


「そう思ってるならロイヤーも一緒に来てよ!!!!」


「……その間の都市は誰が守るんだ!!お前らを狙った襲撃によって、天使が7人のうち2人も消えたんだぞ!!その他にも大勢の人々が死んだ!!!!リプラを助けに行く余裕など今はない……だが­­­少しすればすぐに――」


「待てないし待たない……耐えられないって言ってるだろ!!僕は……リプラ()に会いに行くんだ!!!!」


 辺りを舞う炎が一瞬で紅く染まる。


「お前らは……我慢を覚えろ!!!!」


 焔蛇が宙を舞い、走行装甲球(アーマーディロ)とアスクを再び取り囲む。


「【ネメシスス(太陽の)ディサーメント(眼光)】!!!!」


 走行装甲球(アーマーディロ)とロイヤーを、巨大な炎の球が包み込む。


「それは我慢じゃない!!諦めるって事なん……だよ…………ぁ……?」


 火球の中で、走行装甲球(アーマーディロ)に守られていたアスクの視界が揺らぐ。


「……そうだな、俺はお前に諦めさせてやるんだよ。馬鹿げた暴走も、リプラとの再会も、馬鹿げた夢を見るのは辞めろよ。」


 再び、ロイヤーの炎が冷酷な青色に染まる。


「天使を殺す方法、いつか教えたな……覚えてるか?月鉱あるいは死月鉱で致命傷を与える事だ、それ以外じゃ殺せないんだ……。でも、お前はまだ完全な天使になれちゃいないからな。普通の月人よりか少し頑丈だが、月鉱や死月鉱以外でも殺す事はできる。建物の角にぶつけても、重さで圧迫しても、そして青い炎で熱して形を保てなくしても。俺はお前を殺せる。」


「……ロイヤー!!」


 チェッカが火球に向けて叫ぶと、ロイヤーは淡々と、即座に返事を返す。


「もちろん殺しはしませんよ、ただしばらくの間動けなくするだけです。親友がいないと動かないのも、怪我で動けないのも……周りから見れば一緒でしょう。暗闇の中で考える事以外の全てを奪えば、少しは目が覚めるはず。」


 死月鉱の球の中にいたアスクに、一連の会話を聞ける余裕は無かった。

 意識と視界が歪む。


 マズイ、コレは……非常に。


 ロイヤーとチェッカの会話を聞けていないアスクからすれば、コレは本当に命の危機であり――


 スリエル(死の天使)の本能にとっては、そのリミッターを全て解除するのに十分な加害であった。




 ――走馬灯のように、何かの答えを確かめるように、アスクの中でいくつもの記憶が錯綜し始める。

次回、月編終結。

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