第20話「神の形」
「……あら、今回はチョコのレーションバー……?空き部屋に隠してあったのに、クリキンディーったらよく見つけてきたわね。」
袋から飛び出した焦げ茶色のレーションバーをキャッチし、アスクに手渡しながらレイズが微笑む。
「チョコ?」
「少し苦みのある、とろみのついた甘くて茶色い液体の事ね。地球人はチョコを板の形に固めたり、こういう風に他のお菓子に混ぜたりして食べるのよ。」
ある程度匂いや見た目を確かめた後、アスクはレーションバーを長めの八重歯で噛み砕いた。
「わ、本当に少し苦いけど甘いや!面白い味だね……でも、レーションバーに混ぜてるからなのか……トロトロしてたりはしてない……んだねっ!ゲホッゲホ……。」
むせながらも、アスクはレーションバーを頬張って飲み込んでいった。
「ゆっくり食べればむせにくくなるはずだから、気をつけて食べなさい。」
レイズがもう1本のレーションバーを片手に持ちながら、壁の中から隠していたヘッドホンを2つ引き寄せ取り出した。
「もう次の録音聞くの?」
アスクが口のまわりについたレーションバーの粉を指で拭いとって舐めていた。
「そうよ、アスクも……少しでも早く地球に行きたいでしょ?」
「そりゃもちろん。」
レイズがボタンを押しにいく間、アスクはヘッドホンを耳にかけながら地面に跳ねるように座り込んだ。
「やぁやぁこんばんはぁお2人とも!もしお2人だけじゃなかった場合でもこんばんはぁ!!ボタン押してくれてありがとねぇっ!それじゃあ次は……地球人が作り出した力持ちの巨人『ライボット』についてお話していくよぉ……!地球に来たらほぼ確実に毎日見かける事になるだろうから、しっかり聞いててねぇ。」
「ライボットはね……アズノーンが他の能力者と共に社会で活躍できる未来を願う、強力な龍人だった藍風氏とその助手コランバイン氏が共に提唱した理論を元に開発された『能力を再現した機構を搭載した乗り物』の事!……あっ、アズノーンって言うのは彩人について説明する時に言ってた『持っている能力が弱すぎて無いのと一緒の状態な人』の呼び名だよぉ!」
「ランフォン……コランコラン……?あずのおん……。」
首を傾げながら、アスクは必死に多くの事を覚えようとしていた。
「さて、今話したとおりライボットはあくまで色んな物や技術を使って能力を再現した存在であって……世界で初めて再現できた『風を発生させる能力』は最初こそ弱すぎてアズノーンにとっても小さな補助にしかならなかったんだけど……今となってはライボットと能力再現の技術は進化を遂げまくっていて、アズノーンに限らず世界中の人々の暮らしを支える存在になってるんだぁ。移動に使われたり運搬に使われたり攻撃に使われたり防衛に使われたりね……ははははっ。」
「ロベリアって笑う真似をする癖があるわね。」
「確かに……不思議だね。」
ロベリアの咳払いをする音が聞こえた後、壁一面の液晶に1体のライボットの3Dモデルが映し出された。
「とりあえず地球で多く作られて使われてるライボット達を例に挙げながら、2人にライボットの事を教えていくねぇ。」
初めて見るソレは、アスクの目には化け物を象った像にしか見えなかった。
三本の円形の先端を持った足の上に箱のような形の胴体がのっかっていて、そこから三本指がついた二本の太い腕と、赤い宝石がついた頭が生えている。
「これは『トリオレッグ』だねぇ。地球人に最もたくさん作られて使われているライボットといえばコレなんだぁ。トリオレッグにはさっき少しだけ話してた『風を発生させる能力』がのせてあってね?この風の力もまた最も多くのライボットに再現されて使われてる物なんだよ。」
ふと、アスクはトリオレッグの横に月人を模した3Dモデルが置かれている事に気づいた。
「1、2、3、4……僕の5人分くらい高い?もしかしてライボットって僕やミカさんよりも、狼なんかよりも大きいのかな?」
「あの大きめの狼と同じくらいかしらね?」
アスクが自分の横に置かれているトリオレッグの姿を想像しながら部屋の天井を見上げている間にも、ロベリアの音声は流れ続ける。
「風の力もトリオレッグも共に汎用性整備性に優れてて……まぁ色んな事ができて色んな人が扱えるんだよねぇ!簡単に作れちゃうし。さて、トリオレッグについてはもう特段話す事はないかなっ。次のライボットを見ていこう!」
映像が切り替わり、また別のライボットが映し出された。
――――――――
アスクとレイズが映像の視聴を続けている中……地球のとある地にて。
「戦うな!とにかく物資をまとめて逃げろ!!」
「ライボット使える奴も戦いに行くな!!!!無駄死にするぞ!!!!」
真夜中の暗い空の中をいくつかの影が飛び回っている。
影の真下にあった建物の中からは蔦が勢いよく生えてきて、屋内にいた数人の地球人を外へ弾き飛ばしていた。
「なんだよコイツら……何個力持ってやがるんだよ!?」
「遺物コレクターかぁ!?クソ……!!!!」
周辺の惨状を目にして恐れ戦いている2人の人間の前に、剣を手にした長髪の堕天使が降り立つ。
無言で剣を揺らめかす長髪の堕天使へ、2人の地球人は断末魔に近い雄叫びを上げる。
「っ……時間稼ぎだと思ってナメてんじゃねえぞ!!!!死ねやクソアマ――」
「死ねやぁぁぁ!!!!あ?――」
能力を発動させようとした直後、宙を舞う感覚を味わいながら2人の地球人は互いの首が無くなった体を見て絶命した。
「時間稼ぎも何も……君達で最後さ……来世ではイイ子にしてるんだよ?ドブネズミ達。」
長髪の堕天使が指揮棒のように剣を振り回すのに合わせて、土の地面が流動し地球人の死体を飲み込んでいく。
「これでこのリストに載せておいた奴らは全員始末できたのかな?」
ショートボブの堕天使が蔦の上を滑り降りてくると、長髪の堕天使は剣を鞘にしまって軽く伸びをしていた。
「『ここ数ヶ月以内でライボット用の狙撃武装をどこかから提供されていた暗殺者組織』のリストね……そう、リストに残っていたのもここで最後だったワケだ。後はコスモス大陸から狙撃される事だけ気をつければ、アスク・スーリエルはほぼ確実に地球へ無傷で辿り着ける。」
「最大の脅威だけが残ったわけだな。」
鎧を騒がしく鳴らしながら、黒髭の堕天使がライボット用の格納庫の中から何かを引っ張り出してきていた。
「……それが、ライボット。」
黒髭の堕天使が道の中央へ引きずり出してきたトリオレッグを見て、横道からリプラが顔を出す。
「そう、これはライボットの中で最も多く作られている形のトリオレッグって奴。プレイン社っていう企業が作っているんだけどさ、汎用性や量産性、性能面でも優れてるから一般社会にも裏社会にも流通しまくり……連中はこのトリオレッグを持ってる各地の犯罪者集団達にトリオレッグの規格に合わせた狙撃兵装を配りながら『地球に来ようとしている月人の狙撃』を依頼していたんだろうね。」
「……。」
リプラが首を傾げていると、黒髭の堕天使が再び格納庫の奥から何かを引っ張り出し始めた。
「まぁ、何処の馬の骨かも分からないような犯罪者共に連中が任務の遂行を素直に任せるはずはない。」
目の前にある巨大なライフルのような物を端から端まで見つめた後、長髪の堕天使は黒髭の堕天使の大柄な体に寄りかかりながらため息をついた。
「トリオレッグにもつけられるように改造されている、マッル社のライボット用スナイパーライフル……に上手く見た目を偽装している全くの別物だね、コレ。反動や威力は恐らく本物とは桁違いにされていて、撃ったらパイロットはライボットごとおじゃんになる……弾丸には月鉱が少し混ざっているね。落下してくる月人の殺害用、というよりは――」
「ねぇ!」
リプラが長髪の堕天使に呼びかけながら、巨大なライフルに駆け寄った。
「このでかいヤツの事、今見ただけで大体の情報言い当ててたよね……弾丸?に月鉱が入ってる事とか、危険な物を的確に察知できる力……もしかして、あなたって……。」
振り返り、長髪の堕天使を見つめているリプラに、彼女は得意げに微笑んでみせた。
「そう、君の親友とお揃い……あんまり死月鉱は扱えないけどね。」
――――――――
月の都市、ピリナス内の館、レイズの部屋にて。
「それじゃあこのライボット、アイギスについてはここまで!次はぁ……?」
切り替えのためにノイズが走り始める画面を、アスクはじっと見つめていた。
一瞬、細長くてトゲトゲした何かが見えた気がした。
「……あららぁ?ごめんねぇ!これはまだ見せちゃダメなライボットだったかも。」
「まだ見せてはいけなかったライボット……?」
首を傾げるレイズの横で、アスクは一瞬だけ見えた細長いソレの姿を何度も思い返していた。
トリオレッグやアイギスの横にいたものに比べて、あのライボットの横に置かれていた月人はとても小さかった気がする。
少しだけ焦った様子で、ロベリアが早口で話し始める。
「そ、そうだぁ!!トリオレッグとかアイギス……とかさ!?どこか人に似てるな〜って思わなかった?これはね、ライボットの形をある程度人に寄せると能力を再現した仕組みの出力が向上するからなんだって……理由は分からないけど確かに上がってるから、人の形は『神の形』!なんて呼ばれてたりもするんだよねぇ!」
「(『神の形』……クリキンディーとか、ロベリアが前に言ってたこの世界を塗り潰したっていう人間と関係あるのかな。)」




