第17話「遠い光を掴むために」
「こんばんはアスク、地球に向かう意思を持ってくれて嬉しいよ。」
アスクが扉を開けると、クリキンディーがテーブルの上に腰かけながら足をぶらつかせていた。
彼女を無視し、アスクはレイズの話していた『お菓子』とやらが隠してあるはずのテーブルの裏を覗きこんだが、そこに何かが貼り付けてあったりしている様子は無かった。
「『年上』を無視するのはよくないよ、ほらコレ見て。君の欲しがってるお菓子はコレだよ。」
アスクがテーブルの裏を覗いていた顔を上げると、クリキンディーは彼へ見せつけるかのように、銀色の紙に包まれている『お菓子』を両手に持っていた。
「お前から1番欲しいのは……堕天使の情報だよ!!!!お前はアイツらの手下なんだろ!!」
アスクが素早くクリキンディーに飛びかかり、菓子を持っている彼女の腕に掴みかかった。
「【帰還】!」
クリキンディーが叫んだ瞬間、2人は水面を通した光の差し込んでいるような不思議で真っ暗な空間に転移される。アスクが辺りを見渡すと、上の方に本来は月の都市の地下にあるはずの湖が見えていた。
「っ!?なんだここ……湖の中!?」
下の方へ目をやると、薄暗い袋小路の空間が広がっていた。
湖の中でありながら、2人は溺れることもなくまるで空中にいるかのような速さで落ちていく。
「堕天使の情報か……それじゃあまず1つ教えてあげるよ。」
「……!!」
クリキンディーは空を舞いながらも、器用にアスクに掴まれている方の手でお菓子を2つ持ち、そのまま空いた手の中から、金と銀色の光が溢れ出させた。
「私は堕天使の部下でもなければ仲間でもない。」
「(月鉱……!!金線入りのヤツを、どうしてこいつが持ってる……!?)」
金線をその中に走らせた月鉱が刃の無いハルバードの形となり、クリキンディーはソレで勢いよくアスクを突き飛ばした。
2人の月人が睨み合いながら落下を続け、続いてアスクが首元の死月鉱をちぎり手にとる。
「【マーナガルム】!!」
「なるほど……君は『爆発』なんだね。」
アスクが彼女に向けて投げつけた小さな死月鉱の塊が妖しく輝き始めた瞬間、クリキンディーは死月鉱を落ち着いた様子で手を使い抑え込む。
直後に彼女の手の中から漏れ出ていた紫の光が強くなり、クリキンディーは死月鉱からもう一つの刃の無いハルバードを作り上げた。
「は……!?」
落下を続け、近づいてきた地面にも目を配りながらも、アスクは激しく動揺していた。
自身とレイズ以外に死月鉱を操れる者など、生涯で一度も目にする事は無いと思っていたからだ。
レイズ・ミカエルにしか作れないはずの金線が入った月鉱、スリエルか例外のミカエルにしか操れないはずの死月鉱。
それら2つを同時に手にしているクリキンディーは、天使でなければ一体何者なのであろうか?
今のアスクには想像することもできなかった。
クリキンディーが少しばかり先に接地し、直後に湖の底全体へ月鉱を張り巡らせる。
底の全体へ広がった月鉱から、アスクはあれらが自分を絡め取って捕まえようとしている事を感じ取った。
このまま着地すれば捕まる。
一瞬で『形』と『名』を考え出し、アスクは死月鉱をちぎり取った。
「【反発の死月鉱】!!」
薄く広げた盾の反対側が光を放ち、爆風を生み出す。
爆風はアスクを高く飛ばし、アスクの接地を遅らせ続けた。
「一瞬で……この状況のみに対応できる技の形と名前を考え出すなんて、結構頭が回るみたいだね。さすが……でも。」
少しだけ感嘆してみせた後、クリキンディーが素早く地面に張り巡らせた月鉱達を輝かせた。
月鉱は数多の触手の形をとり、空中のアスクへ容赦なく迫る。
「死月鉱や月鉱は形を操るだけなら無称呼の方が素早くできるし相手にも悟られにくくて良いよ、覚えておいて。」
「……!!」
幾千もの迫り来る触手を目にしたアスクは焦った様子で死月鉱の鎌を作り出し、ソレを振りかざす。
空中で鎌を1振りした直後、いくつかの触手を弾きながらアスクは鎌ごと触手に囲まれ捕縛されてしまった。
触手に両手を縛られ、アスクはクリキンディーの前へ吊り下げられる。
「(堕天使にも、コイツにも……また負けた……!ククソ……!!!!)」
苦虫を噛み潰したような顔で睨みつけてくるアスクを、クリキンディーは月鉱と死月鉱を片付けながらどこか嬉しそうな顔で見つめていた。
「悪くない動きだった。最後も私が話したことを即座に理解して試していたし……想像力に応用力、君は才能に尋常じゃないくらい恵まれているから、きっと歴代最強のスリエルにでもなるだろう。」
「……お前何者なんだよ!!あと何様!!!!」
体を揺らし顔面を蹴ろうとしてくるアスクの足を受け止めながら、
クリキンディーがもう片方の手でフードの中から隠していた菓子を取り出した。
「長く生きてるだけの月人だよ。レイズよりも、この月に暮らす誰よりも。」
「!?」
「はいコレお菓子。」
「――もごっ!?」
驚愕した様子で口を開き何かを言おうとしたアスクの口に、クリキンディーは素早く菓子の入った包みを2つ突っ込んだ。
「また戦いたくなったら……っていうか、絶対また湖まで会いに来てちょうだいね。堕天使を倒したいんでしょ?死月鉱の扱い方とか……また教えてあげるよ。」
アスクがその話し方に少し既視感を覚えた直後、触手に捕まっていた彼は一瞬でどこかへ転送された。
湖の底で1人になったクリキンディーは少しだけズレた包帯を締め直しながら、溜め息をつき呟く。
「予想以上だ、まさかあんな力があったなんて……でも、まだ本人は気づいていないっぽいかな……。」
――――――――
「あれ……?」
テーブルの上で両手にお菓子を持ちながら、アスクが目を覚ました。
ゆっくりと起き上がった後、怪訝な表情でお菓子を持ち帰る。
道中、長い廊下や階段を歩く中でもアスクは不機嫌そうな表情のままでいた。
――――――――
レイズの部屋の扉を開けた直後、アスクはレイズに駆け寄る。
「お菓子とりに行ったら変な包帯の月人に絡まれたんだけど!!」
まだ月鉱を操り続けていたレイズの隣へ座りこみ、アスクが悔しそうに頬を膨らませる。
「あら?戻りが遅いと思ったらそういう事だったの……?」
レイズが片手で月鉱を操りながら彼の頭に手を置き、アスクは近くの机にお菓子を置きながら彼女に尋ねた。
「ミカさんはクリキンディーのこと何か知ってるの?」
「うーん……私も彼女のこと、まだよく分かっていないのよ。」
レイズの部屋の壁一面に月鉱が張り付いていく。
「……これ今何してるの?」
「L.E.R.Iから渡された物を組み立ててるのよ?……あぁ、そっか。もう終わるから、少し待っていてね。」
月鉱が先程よりも少し急いだ様子で壁の中へ溶け込むように消えていく。
アスクが首を傾げながら、月鉱が溶け込んでいく壁を見つめていると、レイズがアスクの頭から手を離して菓子の包みを手に取った。
レイズが少しの間月鉱を操る手を止め、包みの側面にあるノッチから包みを破くと中から黄色のレーションバーが飛び出てきた。
包みを飛び出してゆっくりと落ちるレーションバーをキャッチし、レイズはそれをアスクに差し出した。
「これがお菓子?」
「そうよ、食べてみて。」
レイズがもう1つのお菓子の包みを破きながらアスクに微笑みかけ、アスクはレーションバーにかぶりついた直後、盛大にむせた。
「ごふ……げほげほっ!!?」
粉を飛ばしながらあまりにも勢いよくむせているアスクの背中をレイズが心配そうな様子で見ていた。
「(ミテラフルーツと違って水分がそんなに無いからむせちゃったわね……。)」
「美味しい!!!!」
むせの収まったアスクが開口一番に放った一言に、レイズも安心した様子でレーションバーを食べ始めた。
「気に入ってくれてよかった!これはバターって種類のレーションバーなのよ。私はこのバターのレーションバーが大好きでね、よく木槿に送ってもらってるのよ。」
「へぇ!僕もこのバター?のレーションバーの味好きだけど……ミテラフルーツと一緒に食べたら粉が舞ったりしなくなるかな?」
レイズがレーションバーを飲み込みながら再び月鉱を操っている。
「食感の感想としては固めた美味しい砂か粉って感じだものね、確かにそうすればもっと食べやすくなるかも……?」
レーションバーを齧りながら2人が壁を見つめていると、月鉱はやがて壁の左下から右上へ布をかけるように溶けていった後に一瞬だけ白く光を放った。
「よし!やっと完成したわ!!」
丁度レーションバーを食べ終わったレイズが指についた粉を舐め取った後に腰に手をあてて胸を張った。
「……ただの壁?」
困惑した様子でアスクが壁を観察していると、月鉱の張り付いた壁の隣にある壁に怪しげな銀色のボタンが設置されていることに気づいた。
「それ、押してみてくれる?」
「……?分かった!」
アスクが手の平でボタンを押し込むと壁に隠れていた月鉱が波打ち、壁一面に巨大な液晶が現れた。
アスクが液晶の前を走り回りながらレイズに輝いた目を向ける。
「うぉすごい!!何これ!?」
「L.E.R.Iからのプレゼントはタブレットの上位互換だったみたいね。もっと詳細な連絡ができたりする機能があったり、ここのボタンさえ押されなければ他の皆に隠す事も簡単にできるの。」
「へぇ!タブレットよりもすごいやつ……これで地球のことを色々知れるんだ!」
アスクが目を輝かせていると、レイズが残った緑と金の基盤を手にして月鉱を変形させ始めた。
「はいコレ、耳につけると私達にしかタブレットの出す音が聞こえないんですって。」
レイズからヘッドホンを受け取り、アスクはレイズの所作を真似しながらヘッドホンを耳にかけた。
「ヘッドホンの接続をかっくにーん……しましたぁ!!」
2人がヘッドホンをつけた直後、少し震えた女性の大声がヘッドホン越しに聞こえてきた。
アスクは驚いて飛び上がった直後、壁一面のタブレットにL.E.R.Iの文字が浮かんでいる事に気づく。
「アスク・スーリエル君にレイズ・ミカエル様……!は、初めましてぇへへへ!私は『ロベリア・クレマチス』って言います!木槿君と同じ、L.E.R.Iの職員でーっす!!アハッ!」
緊張した様子の女性の声を聞いて、アスクはヘッドホンを少しだけ耳から遠ざけた。
「(……理由は分からないけどこの人、苦手だ……声だけでも危険な気がする。)」
アスクの内にある『スリエル』としての本能がこの声の主に強い拒否反応を示す。




