第16話「知っている?」(非戦闘パート)
「ただいま、手短にお話を終わらせてきたわ……あら、もうそんなに仲良くなったの?」
レイズが扉を開けて部屋に入り、タブレット越しに拳を合わせているアスクと木槿を見てクスクスと微笑んだ。
「しっかりと利害の一致を確認できたんでな、これからよろしくという意味でグータッチしてたのさ。」
「グータッチ?……あぁ!それのこと?とりあえず……アスクが地球に向かうことは決定したのよね。」
タブレットとアスクの横に座りこんだレイズの顔はどこか寂しげであった。
「ねぇ木槿!僕はいつそっちに行けるの!?」
アスクが息巻いてると、木槿が端末を操作してタブレットに何かを映し出す。
「今すぐ来れるわけじゃないな。これから月のこの地点に俺達からとあるプレゼントを送る。まずはその中身を確認してくれ。」
「プレゼント?プレゼントって何!?」
タブレットの画面に映し出された、月の都市から少し離れている場所の光景をアスクはまじまじと見つめた。
「地球や地球に住む生物についての情報、こちらに来るまでに覚えておいてもらいたい分がそのプレゼントって奴だ。」
「それを覚えたら地球に来ていいってこと?」
「そうだ。」
「なるほど……頑張るよ!絶対覚えてくる!!」
――木槿との通信が終了してからしばらくして――
「これが……プレゼント?」
月の都市から少し離れた場所にて、突如月に落下してきた謎の物体を天使達が囲んでいた。
アスクが小声でレイズに話しかけると、レイズは他の天使に気づかれぬようウインクで返した。
「ここの部分は月鉱に似ておるが操れぬ……そして石よりは固いが破壊は容易にできるようじゃ。」
リメイムが怪訝そうな顔で物体の一部の板のような部品を剥がして観察している。
「あれ止めなくていいの……?」
それを見て焦ったアスクが再び小声でレイズに話しかけると、レイズはしゃがみこんで彼の肩に手をおいた。
「あれはポッドというものなの。あくまで入れ物……中身さえ壊されちゃわなければ、アレはいくらでもバラバラにされて構わないのよ……ポッドが落ちてくる瞬間を目撃されていたのは想定外だったけれどね。」
2人がしばらく1枚1枚外板を剥がされていくポッドの様子を見つめていると、チェッカがアスク達の方へ駆け寄ってきた。
「……レイズ様!これは一体何なのかご存じでしょうか……?月では見たことのない様々な物が合わさってできているようなのですが……。」
チェッカが不安そうな様子でレイズに尋ねると、彼女は立ち上がってポッドの方へ近づいていった。
「さぁ……?これが何かは私にも"皆目見当がつかない"わ……でも、確か前の戦いで堕天使がこれと似たような"破片"を落としていっていたわね。」
アスクの頭の中で小さい泡が弾けるような音がこだまする。
「(ミカさん嘘ついて持って帰ろうとしてる……。)」
「リメイム、調査ありがとう。外側と比べて中身は大分複雑そうね……もしかしたら中心には何かあるかもしれない。それは私達にとって"益"となる物かもしれないし、この上なく"危険"な物かもしれないわ……皆、これは私に調査させてほしいのだけれどいいかしら?」
レイズは少し演技に慣れていないのだろうか、彼女の少しぎこちない様子を見つめながら、アスクは脳裏の弾ける音に耳をふさぎたくなっていた。
「構いませぬが……大丈夫なのですか?レイズ様の身に何か起きては困ります故、儂らも共に――」
「大丈夫よ!私は堕天使にも巨人にも……誰にも殺せないのよ?むしろ皆で諸共に何かに巻き込まれてしまったらそれこそ月の都市全体が危機に陥っちゃうと思わない?」
「……確かにそれもそうですね……それではレイズ様、調査をお願いいたします。くれぐれもお気をつけて。」
チェッカの発言を聞いた直後、レイズは一瞬だけアスクの方に視線を送った。
レイズの意図を察したアスクがすかさず手を上げながらポッドを持ち上げたレイズの元へ駆け寄る。
「僕にも手伝わせて!!……えーと!もしもの時は僕が死月鉱で頑張って守るから!!」
「ふむ……少し不安じゃが、もしアレが危険な物であった場合、レイズ様を一番確実に守れるのは死月鉱を操れるアスクじゃろうな……しっかりと守れるか?アスク。」
「もちろんだよ!!」
スリエルの意識は嘘や悪意の無い者への暴力行為、隠し事などを嫌悪し、察知できるように作られている。
レイズと自身が今ついた嘘に反応して、アスクの頭の中ではパチパチと弾ける音が大量に踊っていた。
アスクの身長とほぼ同じ横幅のポッドをレイズは片手で軽々と持ち上げ、もう片方の手でアスクの手を引いた。
「……。」
去り行く2人の背中を"天使"が不満気に見つめている。
――――――――
レイズの部屋へポッドと共に戻って来るや否や、アスクは紙を裂くような勢いでポッドの蓋らしき場所をこじ開ける。
「ん……?これが木槿の言ってたプレゼント?」
ポッドの中にあった、アスクの手と同じほど小さな箱を取り出してアスクは首を傾げた。
「そうみたいね……箱の底がポッドの中に固定されていたみたいだし。アスク、少しそれ貸してもらえる?」
「もちろん!でもこのちっちゃい箱のどこに地球の情報が……あっ!もしかして?」
レイズがアスクにも見えるように箱を床に置きながら開けると、中には折りたたまれた紙と共に金色の部品がくっついているとても小さな緑色の板が何枚も入っていた。
「やっぱりまたタブレットだ!……うわっ……?」
アスクは箱の中に詰まっている大量のパーツを見てまたタブレットを見れることに胸を躍らせたが、その直後にレイズが手にした紙に視線を向けた。
「紙……この薄いやつ、紙っていうの?」
レイズが紙を広げている間、アスクは少し気味悪がりながら紙を見つめていた。
「えぇ、そうよ。地球人達はこれやタブレットに色々な情報を写したりして、他の地球人達と情報をやりとりしてるの。」
「へぇ……知らないのに知っているって感覚、なんか慣れないな……。」
「私も初めて紙や地球の物を見た時は、すごい違和感を感じたわ……あら、これは……?」
紙を広げ終わったレイズは紙に書かれている事を流し読みすると、深呼吸をしてからアスクの方に振り向いた。
「タブレットの時と比べて色んな物が複雑だわ……!完成させるのに結構時間がかかりそう……そうだ!ねぇアスク、もしよかったら下の休憩室の机の裏に隠してる物をとってきてくれないかしら?」
「え……いいけど、何隠してるの?」
「地球人がいつも食べてる『お菓子』っていう物よ。前に木槿から送られてきたんだけど、いつ食べようか迷ってたのよね……せっかくだしコレを作りながら2人で食べちゃいましょう!」
「お菓子……?」
部屋を飛び出していったアスクの足音が遠ざかっていくのを聞きながら、レイズは紙に書かれている複雑な説明図を睨みつけていた。
「……一体何を話すつもりなのかしら?」
――――――――
ピリナス内の長い廊下をアスクが1人駆け抜けていく。
「お菓子……ミテラフルーツとはやっぱり違うのかな?……できればリプラと食べてみたかったな。」
静寂を恐れながらアスクがぶつくさと独り言を言っていると、休憩室の扉が見えてきた。
「それっ!」
扉の取っ手へ飛びつくようにしてアスクがドアを開けようとしたその時、扉の奥に何者かの魂が待ち構えている事に気づいた。
「……クリキンディー……!」
扉越しに見える彼女の魂はテーブルの上に座りながらアスクの事を待っているようだった。
周囲の空気が張り詰めていく。
「(どうやって館に入ったのかは分からないけど……あんな怪しい別れ方しておいてよくノコノコと僕の前に顔を出せる!!)」
アスクの首元の死月鉱が輝き始めたのを察したクリキンディーが扉越しに彼に語りかけた。
「今それをやったら私と一緒にお菓子も粉々になっちゃうよ。」
「……お菓子。」
自分がレイズに何を頼まれていたのか思い出したアスクは、深く息を吸い込んで再び扉に手をかけた。
――――――――
レイズが指で空中をなぞると、月鉱が緑の基盤を飲み込みながら部屋の壁に張り付き始める。
「なるほど……確かにこれなら色々助かるわね。」
紙に書かれている事を理解し始めたレイズが数十本の腕を操るように月鉱を巧みに操り、端末を作り上げていく。
基盤を月鉱の中へ沈めながら内部で位置調整をし、空洞を決められた場所に作る。
一部の月鉱の性質を変え、液晶と基盤達を繋ぐ線を紡ぐ。
「慣れてくると意外と楽しいわね……いつか他の天使の皆にもやらせてみたいわ。」
レイズは笑みを浮かべながら作業を続けていたのだが、ふと、視界の端に映った空のポッドに意識が向いた。
「……他の皆……。」
少しの間ポッドを見つめていたレイズの脳裏に、先ほどまで話していた仲間達の顔が浮かぶ。
レイズはため息をつき、月鉱を操る速度を上げた。
「なるほど……。」
レイズは今まで他の誰にも悟られることも、怪しまれることもなく木槿達L.E.R.Iとの交信を続けられていた。
物資が送られてくる際には他の月人や天使達に気づかれぬよう最適なタイミングを射抜いてきていたのだ。
しかし、今回送られてきたこのポッドは天使に発見されてしまっている。
それは、レイズの定めた巡回の手順を何者かが破っていなければありえないことだった。
「隠し続けていた私も悪いけれど……確実に誰かにバレちゃってるわね……アスクを地球に行かせようとしてること……しかも阻止しようとしてると見てよさそう。月の都三度の大混乱の前触れかしら、困ったわね。」




