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短編集

その婚約破棄、校則違反です!〜貴族学園の風紀委員長は見過ごさない〜

あまり深く考えずに楽しんでいただけると嬉しいです。

「アレクシア! 今この時をもって、お前との婚約を破棄――」



 ピーーーーーーッ!



 賑わう大衆の面前で突如始まろうとした婚約破棄劇場は、虚しくも高らかな笛の音によってかき消されてしまった。


 場所は華の貴族学園の美しき中庭。

 声の主は、ロイ・ヴィールド――この国の第一王子である。彼の前には毅然とした姿勢で佇む婚約者アレクシア・カーロ公爵令嬢の姿がある。



「な、なんだ……? ふん、仕切り直して――アレクシア! 俺はお前との婚約を」



 ピピーーーーーーッ!!



 再び高らかな笛の音が響き渡る。

 周囲はザワザワと音の発生源を探すように辺りを見回している。


 二度も決め台詞を妨げられ、苛立った様子のロイが三度(みたび)声を荒げた。



「アレクシア! 俺は! お前との婚約を破」



 ピッピッピッピッピッピーーーッ!!!



「だああ! なんなんだ! 誰だ!」



 三度目の正直に至らず、怒りに任せて眩いブロンドヘアを掻きむしったロイが叫ぶと同時に、人混みが二つに割れた。


 その中をコツコツと軽やかな靴音を鳴らしながら、笛を片手に持った一人の女子生徒が進み出た。



「エリクシーラ様よ!」

「今日もお美しいわ……!」

「彼女がなぜここに?」



 憧憬の眼差しを一身に受け、バサリと漆黒の艶やかなストレートヘアを靡かせながら現れたのは、エリクシーラ・リリエント侯爵令嬢。その腕に燦然と輝くのは『風紀委員長』と書かれた腕章である。


 コツ、と小気味良い音を鳴らしてロイの前で立ち止まったエリクシーラは、美しいお辞儀を披露した。



「ご機嫌麗しゅう、殿下。わたくし、当学園の風紀委員長を務めておりますエリクシーラ・リリエントですわ。僭越ながら申し上げますが、殿下が今なさろうとしていることは、学園規則第二十三条二項『学園内において不当な婚約破棄を固く禁ずる』に違反しておりますわ。この国の王子殿下であり、生徒の模範となるべきあなたが、校則すら守ることができないのでしょうか?」



 エリクシーラの言葉に、ロイは途端に目を泳がせ始める。



「は……? 校則? そんなもの知らんぞ」


「愚か者!」


「ぶっ!」



 そう言ってエリクシーラがロイの顔面に叩きつけたのは、辞書ほどの分厚さもあろうかという一冊の本。その表紙には『王立サンタマリア学園規則』と達者な字で記されている。



「相手が誰であろうと学園規則の前では皆平等。校則違反は等しく処分を下しますわ! 殿下がしでかそうとしたことは、これだけの生徒が目にしているのです。言い逃れはできませんわよ。ですが、あなたの愚行につきましては幸い未遂で済ませることができましたので、一週間の謹慎で勘弁して差し上げましょう。その間に改めてアレクシア嬢とのご関係をじっくり考え直しなさい」


「ぐう……」



 婚約破棄の証人として大勢の生徒の前を選んで事に及んだことが裏目に出た。

 ロイは奥歯を噛み締めながらエリクシーラに反論できずにいる。

 チラチラと焦りの滲む眼差しで、婚約者のアレクシアに視線を投げている。概ね、()()が水に流れたことに動転しているのだろうが、そもそもロイは手段を誤ったのだ。



「ああ、謹慎明けに『校則に関するテスト』を実施いたしますので、謹慎期間中に先ほどお渡しした本にしっかり目を通してくださいね」


「…………え、この分厚い本に関するテスト、か?」



 テストと聞いて、ロイは慌てて両手で抱える『王立サンタマリア学園規則』に視線を落とした。その顔は真っ青を通り越して真っ白になっている。



「ええ。この学園に通う以上、校則を知らないなんて言語道断ですわ!」



 周囲の生徒たちが一斉にエリクシーラから視線を逸らした。

 実のところ、学園規則は細かすぎて、メジャーな内容しかたいていの生徒は理解していないのだ。

 王国最高峰の教育機関に通う生徒の体たらくに、エリクシーラは気づいていない。彼女は、全生徒が校則全文を暗唱できると思っている。



「殿下には婚約破棄に関する禁止事項が記された第二十三条、そして婚約者の扱いについて述べられた第二十五条から目を通されることをお勧めいたしますわ」


「…………そう、だな」



 エリクシーラに食ってかかるわけでもなく、ロイは肩を落としながらも素直に罰則を受け入れた。

 エリクシーラが、何か言おうとロイに歩み寄り――ピタリと足を止めた。そして両手を耳に当てて、耳を澄ませる。



「――ハッ! 向こうから校則違反の気配を感じますわ! 副委員長、この場は任せましたわ!」


「はい、委員長。いってらっしゃいませ」



 いつの間にかエリクシーラの背後に現れた藍色の髪に丸眼鏡の男子生徒が、眼鏡をクイッと上げて微笑んだ。その腕には『風紀副委員長』の腕章が陽光を反射して輝いている。



「いってまいりますわ!」



 エリクシーラは艶やかな黒髪を翻して、学園の平和を守るべく颯爽と現場へと向かった。



「――さて殿下、こちら謹慎中の暇つぶしにどうぞ」



 エリクシーラの後ろ姿を笑顔で見送った副委員長のミハイル・サランド伯爵令息が差し出されたのは、ファイリングされた資料のようだ。


 受け取り、中を検めたロイの手が震えている。



「殿下が婚約破棄の材料として用意した事象及びその協力者をまとめております。ちなみに殿下に協力した馬鹿たちも、学園規則第二十三条九項『婚約破棄に加担する行為、及びそれに準ずる行為を禁ずる』に違反しましたので、一ヶ月の馬小屋掃除の罰を与えています」


「……そうか」



 すっかり意気消沈しているロイに、ミハイルは溜息を吐いた。



「……まったく、婚約者殿の気を引きたいのでしたら、素直にそう言えばいいものを」


「んなっ!?」


「……え?」



 馬鹿馬鹿しいとでも言いたげにミハイルが吐き出した言葉に、ロイは顔を真っ赤に染め上げ、ずっと側で動向を見守っていたアレクシアは大きく目を見開いた。美しい翡翠色の瞳がこぼれ落ちそうだ。



「ロイ殿下は隣国へ留学されていて戻ったばかり。学年が一つ上の婚約者殿はすっかり学園のマドンナ的存在になっている。素直になれないロイ殿下のことです、幼い頃からの愛する婚約者殿が遠い存在になったかのように感じたのでしょう。婚約破棄を突きつけて、いつも余裕があって気高い婚約者殿のお気持ちを確かめたかった、というところでしょう」


「……本当なのですか? ロイ殿下」


「う、あ……そ、それは……」



 真意を探るようにアレクシアがロイに歩み寄り、その美しい碧眼を覗き込んだ。ロイは頭から湯気が出るほど全身真っ赤だ。



「まったく……本当に婚約が解消となってもおかしくないのですよ?」


「なっ……! それは困る! 俺は、本当は、アレクシアと婚約破棄するつもりなんて……」


「ロイ殿下……」


「……はあ。さ、皆さん、不器用な二人に誤解を解き合う時間を差し上げるとしましょう。はい、散って散って」



 二人の世界に入り始めたロイとアレクシアを校内へと促しながら、ミハイルはパンパンッと両手を打ってその場を収めた。



「――まったく、愛しているのなら素直にそう言えばいいものを。婚約者を悲しませる行動をするなんて考えられませんね」



 終始呆れた顔のミハイルは、丸眼鏡を押し上げながら風紀委員室へと帰って行った。




 ***




「あら、副委員長。お疲れ様ですわ。殿下の件はつつがなく終わりまして?」


「ええ、もちろんです。彼の真っ赤な顔をお見せしたかったです」


「ふふふ。謹慎期間に心を入れ替えていただきたいものですわ」



 ミハイルが風紀委員室に戻ると、そこにはすでにエリクシーラの姿があった。彼女は猛然とペンを動かして書類の山を片付けている。


 この学園の校則は随分と細かい。

 それは、今後国を担う優秀な人材を世に送り出すため、そしてそんな人材が思春期の気の迷いで自らの将来に傷を付けることがないようにするためでもある。


 だからこそ、エリクシーラはこの仕事に誇りを持っているし、少しの校則違反も見逃さない。そのお陰でエリクシーラが風紀委員長に着任してから、大きな事件はすべて未然に防がれている。



「ロイ殿下はアレクシア様のことが大好きなのでしょう。彼の目を見れば一目瞭然でしたわ。気高く聡明な彼女の気持ちを確かめるために、わざわざ協力者を仕込んで婚約破棄を演じようとするなんて……なんとか阻止できましたが、最悪の場合、すれ違ったまま本当に婚約破棄――そしてロイ殿下は国王陛下のお怒りを買って廃嫡、となってもおかしくありませんでしたわ」


「恋は盲目と言いますが、殿下の猪突猛進っぷりにも困ったものですね」



 先ほどの一幕だけを見れば、とんだ愚か者に見えるロイであるが、本来、人望に厚く、外国語や他国の文化にも造詣が深い。成績も優秀で、王子として相応しい人物なのだ。

 そんなロイを血迷わせるほど二人の仲は拗れていたのだろう。何せお互い言葉が足りず見栄っ張り。想い合っているのに素直になれない性格をしているのだ。


 まあ、きっと今頃はお互いに気持ちを確かめ合って収まるところに収まっているのだろうが。


 ミハイルはやれやれ、と小さく肩をすくめた。

 恋は拗らせると途端に厄介なことになる。

 だから、愛する人には真っ直ぐに愛を伝えるべきなのだ――自分のように。


 そんなことを考えていると、目にも止まらぬ速さで動いていたエリクシーラのペンが止まった。



「本当に……どうして簡単に婚約破棄などできるのでしょうか。不当な婚約破棄を禁ずる条項が事細かに記されているということは、過去に同類の事件が起こったということですわ。家のための婚約であれ、お相手がいることです。よき夫婦となるために、互いに歩み寄る心持ちが大切ですのに……」


「……そうだよねえ。本当、理解できないよ」



 ミハイルは、丸眼鏡を外して長めの前髪を掻き上げた。隠されていたアメジストの瞳が煌めき、先ほどまでと打って変わって砕けた口調になる。

 肩を落とすエリクシーラに歩み寄り、美しい黒髪を一房掬い上げる。



「まあ、僕に関しては……子供の頃に一目惚れして、必死のアプローチが実ってようやく掴んだ婚約者の座だからね。ちょっとやそっとじゃ退いてやるつもりはないよ」



 エリクシーラの漆黒の髪を指で遊ばせ、悪戯な笑みを浮かべながら艶やかな毛先にそっと唇を落とした。



「〜〜っ! ちょっ、ちょっと! 学園で過度なスキンシップはよしなさいと再三言っておりますでしょう!? 学園規則第二条『学園内での男女の過度な接触は禁ずる』に違反しますわ!」



 エリクシーラは、ブンッとミハイルを振り返り、鋭く睨みつける。その頬は熟れたリンゴのように真っ赤だ。



「今は二人きりだし大目に見てよ。それに、これぐらいで『過度』とは言わないんだよ。シーラにはもう少しお勉強してもらう必要がありそうだね……よし、今日は君の家に遊びに行くとしよう。その時、『過度なスキンシップ』が何たるかをしっかり教えてあげるから、楽しみにしていて?」


「んなあ〜〜〜っ!?」


「ふふっ、可愛い」



 みんなの憧れの的、風紀委員長であり気高きリリエント侯爵家のエリクシーラは、実は押しが強く腹黒い婚約者に翻弄される日々を送っているのである。



「じゃあ、僕はロイ殿下の一件を報告書にまとめるから、仕事が終わったら一緒に帰ろうね」



 ミハイルは素早くエリクシーラの額に唇を落とすと、鼻歌を歌いながら自分の席に着いた。



 このあとのことを思い、エリクシーラの頭からは湯気が立ち上っていた。


 大好きな婚約者との触れ合いが嫌なわけがない。

 けれど、そんなことは恥ずかしすぎて口にはできない。



(ロイ殿下のことを言えませんわね……)



 ここにも素直になれないご令嬢が一人。

 そんなエリクシーラが秘めた想いを当人に伝えられるのは、まだ先のことである。


 ――もちろん、彼女の想いもすべて知った上で今の関係をも楽しんでいるミハイルなのだが。


 エリクシーラが学園の秩序を守るために奔走しつつ、ミハイルに翻弄される日々はこれからも続きそうだ。

ありがとうございました!

ノリと勢いで書き上げましたが、楽しんでいただけましたでしょうか( ˘ω˘ )

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ちょうど今朝完結した中編作品も併せてよろしくお願いします!5万字弱のお話です。

「元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜」

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