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掃除のスキルで世界無双!? ~雑用スキルで最強になっちゃった~  作者: わらうクジラ
第五章 天使と堕霊と、お父さん
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☆仄かな優しさ☆

美しい光の木が生えている。暖かい景色なのに心が逃げたいと叫んでいる。そんな違和感を忘れてしまえるように遥か遠くを見続ける。ヴェレーノに違う任務を任せたから彼は居ないが、マラたちと一緒に見たかったな。

 それは本当に『楽園』の如くである。だが、ルーヴァもトルンもヴィーヴルも顔色が暗い。

 ヴィーヴルは元をあまり知らないけど、ほか2人は明らかだ。

 あまり長くいたいところではなさそう。


「戻って良いよ。休んでいて」


私が微笑みながらそう言うと、口々に『大丈夫』だと言った。

 でも、心配だし、別に人手に困っているわけではない。

 だから『青鬼』、『河童』を出してトルンと、ヴィーヴルに戻ってもらった。ルーヴァに関しては強制的に私に憑いてもらう。

 少し進むとすぐに滝の轟音が辺りを占領している場所に着いた。音の発生源まで来てみると弧状の滝の真ん中に大樹が見えた。

 荘厳な景色。

 絵に描かれたような絶景に息を呑む。崖から身を乗り出した水が重力に引き込まれて大岩に自らを叩きつける。

 砕けた水飛沫が辺りの光の葉を濡らす。その葉から滑り落ちて地面に染み込む。

 不思議なほどに視界が晴れ渡り、どんな所にでも注視できる。

 滝の中央に、根も張らずに広い影を落とす大樹。その下に煉瓦でできたガゼボがある。

 よく見ると人がいる。もっと、もっと───。

 

「覗くのやめてもらえる?」


いつの間にか後ろの岩にいた女性。

 天使じゃない、堕霊じゃない。誰だ、見たことあるのに、なのに頭がそれを否定する。

 でも、声が、顔が、仕草が。それらが全部彼女通りで。

 

「イオアン……?」

 

否定してくれ、と思った。

 だけど、彼女はにやりと口角を上げて。


「そうだよ、アタイだ」


杖のようなものを上機嫌にくるくる回しながら、彼女は語り始めた。


「アタイはずうっとここで聖神様に仕えてきた。ああ、アタイは人間だよ? そこで、オリたちにも我が神に忠誠を誓ってほしい。何も悪い話などではない。だってオリたちは聖神様と敵対する必要はないだろう?」


確かにそれは納得できる。まるで私たちを本当に気遣っているようにも聞こえた。

 それに、敵対する必要は一切ない、はずだった。

 杖が回るたびに空を切る音がする。

 できるなら、穏便に妖器を受け取ってここを去りたい。でも、わかっているんだ。

 

「私たちはできないんだ。何れにせよイオアン、君は壊れている。そもそも私たちを殺す気だろう?」


杖の回転が止まった。一瞬、空気が凍った。

 持ち直すこともなく、杖が私の片目を狙って伸びる。

 私はしゃがんでそれを避ける。遅れて光が爆発した。

 遅い、この程度だったか?

 軽い身のこなしで攻撃を避けきった。そして、何かがおかしいと気がついた。その疑問は彼女の次の言葉で、頭から消えた。


「そうか、アタイは壊れているか」


目を細めてそう言った。それは現状を把握しようとしているようにも見えたし、他人事のように受け取っているようにも見えた。

 滝の轟音が聞こえなくなった。


「ふふっ、面白い。良い、冗談よ」


その言葉に怒りはない。優しさ、穏やかさ、そして底知れない不穏さ。


「アタイを殺して、証明して頂戴。オリヴィア・マーサ」


後ろから天使が現れた。水の天使と、氷の天使、そして一人の男。

 一目で気がついた。その男が『聖神』だと。


「私一人でイオアンを殺すよ」


黒い片刃剣を出す。有無を言わせず、私はイオアンを相手することにする。

 勝手に出ようとする天使3人を無理やり止める。


(大丈夫、あなたたちに嫌な思いはさせたくないから)

(でも、オリヴィア様が戦友を────)

(大丈夫。私は、いや、私も、壊れているから)


瞳を瞑る。滝の音が遠のいていって、心音が私を鼓舞してくれる。

 そして心を整えて瞳を開いた。開けた視野の中心でただ構えるイオアンがいた。

 

「私は、オリヴィア。その名において、ここであなたを殺すわ」


愉しそうに唇を歪めた彼女に黒い片刃剣で攻撃を与える。

 神速の一撃を彼女は小ぶりな剣で防いだ。ヴェラ王城に攻め込んだ時に取っていた武器だ。

 今、私が持っているこの黒い片刃剣もその時に入手したものだったな。

 

「戦友に、誓いと別れを」


そしてようやく杖を変形させた。甲高い音が響き、わたしの心を逆なでする。

 直接響くような音とともに彼女の身体が目の前に飛んできた。彼女の握る杖を片刃剣で弾く。

 追撃は控えることにした。それが功を奏して、イオアンの無詠唱スキルを回避できた。

 息を整える。そして見合う。

 

「スキル 掃除屋!!」

睡眠能力(スキル) 神の恵み」


私が起こした風を彼女はあっという間に捌き切り、反撃までしてきた。

 黒い片刃剣でなんとか弾く。スキルはおそらく私のほうが強い。なのに、圧倒的な戦闘経験で私を凌駕している。

 

睡眠能力(スキル) 神の恵み」


再び唱えられたその呪文に警戒を強める。だが、光の鎖は私の腕をほんの一瞬引っ張った。

 上から振り落とされる剣戟に身を低くするしかなかった。そのまま前に回転して鎖から腕を解いた。

 なんとか攻撃を避けることに成功した。油断していたと、自らを戒める。

 後ろに下がったイオアンに攻撃を入れるために走り寄る。無詠唱のスキルが発動し、私の前を斬撃が通過した。

 慌てて下がった。だけど、間に合わなかった。

 ボトッと重いものが落ちる音がした。

 視覚が白いものが弾ける。

 少し遅れて激しい痛みが私にやってくる。声が出ない。息ができない。左手が、見えない。

 距離をとる。何度もスキルを唱えて傷口を塞いだ。油断した。躊躇った。

 イオアンは私の腕を拾ってスキルで潰した。腕に残っていたのであろう血液が飛び散ってイオアンの頬についた。

 猟奇的なイオアンに血の気が引く。

 魔力で腕を補う。そして荒れている息を整える。私の混乱を感じ取ったのか、


(出ますよ!! 気にしないでください!!)


と、天使の皆が口々に言ってくれた。だけどそれを断る。

 集団戦に慣れてしまって突拍子のない攻撃の対処方法を忘れていた。だから、私一人でイオアンを倒さないといけないんだ。

 

「舐めてたみたい。体を二分するつもりだったのに」


無詠唱であれほどの威力。舐めていたのは私の方だったらしい。


睡眠能力(スキル) 神の恵み!」


解き放たれた光の弾を走ることで避けていく。

 

「なぜアタイが『聖のヨハネ』と呼ばれているか分かるかっ!?」


弾数がより増えている。これほどの弾数を同時に操るなんて。

 走ってイオアンの足元まで行き片刃剣を首狙って振った。それなのに彼女はわたしの二の腕を掴んでそれを止めた。

 ニヤリと笑みを浮かべてイオアンは言った。


「"神の恵み"を最前でお受けし、そして足がかりを作るためだ」


イオアンは唱える。


借・聖遺黎(スキル) 黎冥天空の博愛(ザーリャ)


天地が逆になり私の体が宙に浮く。遠く見えなくなっていた滝が微かに見えた。

 スキルで浮遊を始める。奥で赤色の閃光が弾けた。


借・聖遺黎(スキル) 黎冥天空の博愛(ザーリャ)


狂った黄金が私を殺そうと飛び散った。それを何とか避けきった。


「スキル 掃除屋!!」

睡眠能力(スキル) 神の恵み」


重ねて打たれたスキルに相殺されてしまった。


「あなたの恵みはなんなの?」


イオアンに話しかけた。考えて出た言葉ではなくて、突拍子もなく勝手に溢れた言葉。


「アタイにとっての恵みは……」


杖から閃光が弾ける。あまりの眩しさに目を細める。

 その隙をついた攻撃は距離を取ることで回避した。フラフラする。出血しすぎたせいだろうか。


「敵を殺すこと。アタイが生きること」


背中がゾワリとするようなセリフ。そうか、私はもうかつての友ですらなくなったのか。


「だから、死んで」


その言葉の直後にドンッという音が響いた。

 なんの音だろう、とそう思ったがイオアンの続く詠唱で気にすることができなくなった。


睡眠能力(スキル) 神の恵み」


大きな槌が光で出来上がりそれを振り回している。飛びながらそれを避けてイオアンに再度接近する。

 

「スキル 掃除屋!!」


風でより早く振り切る。止められることもなく、ただ彼女の肩を浅く割いた。

 その勢いのまま抜けて彼女の方へ振り向く。逆光の中彼女の殺意に満ちた悍ましい眼光だけを確認できた。


借・聖遺黎(スキル) 黎冥天空の博愛(ザーリャ)


一瞬で空を覆うように展開された光の矢は絶対不可避の超広範囲技だった。

 目線が上にいったその一瞬で喉を狙った攻撃が来る。

 慌てて回避したが浅く斬られた。漏れ出た血を指で拭う。


「スキル 掃除屋」


 傷口なんか気にせず、上からの攻撃に備える。

 だが、光が降り注ぐ速度は想定を遥かに超えた。スキルでは完全に弾ききれずに数発漏れて私の表皮を抉った。

 バランス感覚を一瞬失ってしまい、よろけ、視界が下に落ちた。その時に気がついた。足元に水面があることに。

 ちゃぷ、と音を立ててそこに着地する。すぐに足元の水が血を含んで赤くなっていく。

 止血はできた。でも、何分身体が持つか分からない。

 決めたことだから。誰も聞いていないのにそう呟いた。


「お前を殺す」


ヒューヒューとなる喉から枯れた声を捻り出す。

 足に力を入れて、加速する。そして、黒き炎をエンチャントした黒い片刃剣でイオアンに連撃を与える。

 それでも、捌かれていく。適当な連撃だと技量で負ける。だから、スキルの撃ち合いに出ることが最初の模範解答だった。

 だけど、『借・聖遺黎(スキル) 黎冥天空の博愛(ザーリャ)』という隠し玉を知った今、スキルの撃ち合いはリスクが高いことを理解した。


睡眠能力(スキル) 神の恵み」


イオアンの詠唱を聞いて高く飛び上がる。地面に何かを感じたからだ。

 そしてそれは正しかった。次の瞬間に地面から光の剣が飛び出してきた。

 

「予知……、未来……、妖器……。そう、あなたもやはり『時間』を壊そうとしてるのね。愚かな血は同じものを求める。くだらない」


イオアンの怒りの言葉を私は聞き流す。

 イオアンは後ろに飛びながら叫び続ける。

 

「お前の養父は妖器を鍵として尻尾を巻いて隠れ続けている!! 惨めだ、愚かだ、憎いんだ」


左手で顔を覆うイオアン。冷たい怪獣にもう、人の情は残っていないようだった。


「だから、アタイはお前を殺し、妖器を奪い、呪いを断つ」


交差する斬撃を飛んで避けたり、屈んで避けたりしてイオアンとの距離を詰める。

 無詠唱のスキルは魔力の凝固を確認すればどこでどのタイミングで発動するのかわかりやすい。

 それに置いた場所を変えることはほとんど不可能で、せいぜい爆風に巻き込むくらいしかできないはずだ。

 私も無詠唱で風の刃を放っているが、一切当たらないのはイオアンが無詠唱の仕様を知り尽くしているからなのだろう。


「スキル 掃除屋!!」


竜巻を起こしてイオアンの動きを妨害する。

 

借・聖遺黎(スキル) 黎冥天空の博愛(ザーリャ)


竜巻の中心で生じた光の爆発によってすぐに壊された。

 地面を強く蹴り、斜めに斬り上げる。だが、決定打には至らずイオアンの胴に傷口を作った程度だった。

 それで気がついた。私はまだイオアンを殺すことに躊躇いを持っている。

 

睡眠能力(スキル) 神の恵み!」


イオアンを中心に波紋状の光の刃が喚ばれた。

 それを屈んで避けるが、私の背中を狙った攻撃がやってくる。そして私は横に回転して追撃の後隙を黒い片刃剣で攻撃を加える。


「そうか、この戦闘の中でお前は強くなっていくのか」


イオアンは私の攻撃を大袈裟に避けて言った。

 優しい瞳は見る影もなく、遥かなる存在にとらわれているように見える。


「長引くのは不利、か」


まだ余力を残していたらしい。迅速で私に接近して攻撃をしてきた。なんとか弾いて無効化に成功したものの、それを繰り返しされるといつか重傷を負いそうだ。


借・聖遺黎(スキル) 黎冥天空の博愛(ザーリャ)!」


再び展開された光の矢。でも私はその攻撃を知っている。慈悲の欠片もない、汚れたソレを。

 落とされた光の矢をすべて相殺してみせる。


「スキル 掃除屋」


緑の矢が私の周りに創製される。

 それらはイオアンめがけて飛翔していく。


睡眠能力(スキル) 神の恵み!!」


光の矢がそれらを迎撃したようだが数発漏れた攻撃がイオアンの横腹を吹き飛ばした。


「ゴミ箱が……」


イオアンがそう呟いた。

 イオアンは血を吐いて口を袖で拭った。そしてギョロリと私を睨んだ。でも、今までのような威圧感はなく、驚きとやっと芽生えた少しの恐怖。


「まだ、奪い足りないの……?」


足元に生じた光の槍をダッシュで避けて、そのままイオアンに再接近する。

 するとイオアンの瞳が揺れた。怯えたように、怯んだように、恐れるように。

 

「消えろ、消えろ、消えろ、消えろ消えろ消えろ、きえろ、キエロ!!」


乱雑な言葉と光の球は今までと比べて遥かに避けやすく、単純な思考に支配されていることが戦闘を通じて理解できた。

 イオアンの荒い吐息がこの距離でも感じられた。


「ザーリャ、ザーリャ、ザーリャ!!」


太い光の弓矢を撃つイオアンは玩具を奪われた子供のように、我儘に感じた。

 スキルに縋るように連続で詠唱する姿は見るに堪えない。

 

「しね、しね、しね!」


我儘なんかじゃない、駄々をこねているみたいだ。言葉の割に中身のないスキルは結局当たることすらなかった。


「来るなよ、来るな!」


そこで初めて気がついた。イオアンは泣いていた。枯れかけの草花のようなそれはしぶとい雑草の美学を失っていた。


「スキル 掃除屋」


私は風の刃を喚んだ。それはビュンビュン音を立ててイオアンに向けて飛んでいく。

 短い呼吸の後、イオアンが叫ぶ。


「スキル、ザーリャ!!」


イオアンが使ったスキルは今までのような強さは持ち合わせていないようだ。

 少女を守る様に舞う光の粒が優しさで結合していく。でも、それでは私のスキルを弾くこともできずに、イオアンの皮膚を斬り裂いた。

 私は、今憎しみを強く感じている。戦友を、ただ殺したい。"コレで良いんだ"と誰かに認めてほしい。でも、口から漏れたのは違った。


「幼稚ね」


黒い片刃剣は炎で足跡をくっきりと残しながら空へと昇っていく。

 イオアンが翳した杖は黒い片刃剣に弾き飛ばされる。それと同時に世界の向きが正常に戻る。

 そして上から雨のように水が降り注ぐ。


「やめろ─────」


イオアンが慌てて取り出した小さな武器はイオアンを匿おうとしたようだ。

 だが、おびえたイオアンは隠れることはできずにそれも私が弾き飛ばす。


「イオアン!!」


私はそう叫んで、イオアンと向き合う。恐怖に竦んでいる少女のようなイオアンは呪いが解けたようにも見える。


「今まで、ありがとう」


イオアンの首を掴む。そして、突き立てた片刃剣に押し込んだ。


「知ってる? 妖器は神を殺すんだ」


首を貫通した片刃剣は血を噴き出して、確かにイオアンを殺した。

 最後の表情は安堵なのか、絶望なのか。それでも、仄かな優しさを宿していた。




黒羽の杖



羽のような刃紋のある美しい杖。

 杖を振るたびに音がする。刺すと光を伴う短い破裂音が、鞘を抜くと悲鳴のような音が。

 それは戦場を確かに掻き回した。

 黒羽は愛されぬ音楽の小隊だったという。音楽隊を離れたこの武器たちは人を混乱させることしかできなくなった。

 或いは私だけがそう感じるのかな、なんて。

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